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遭遇

 初めて入る離れの廊下はなんだかとても静かで、奥に行くほど少し寒く感じるようだった。一番奥の部屋の前で大きく息を吸って、吐いてから

 「お、お里にございます」と、少し声が裏がえってしまった。

 「おはいりなさい」少し低い声が聞こえてきた。

 「失礼いたします」

 そっと両手で襖を開けて頭を下げた。

 「早く、中へ」


 「はい」


 と、一旦顔を上げたところ


 !!!!!!


 (あれ? 男の方がお1人?)


 頭がハテナでいっぱいのまま、中に入らないのも失礼なので、平静を装って部屋の中へ足を踏み入れた。そして、中から襖を閉めて男性の方へ向き直った。


 「お里だな?」


 「はい」


 (なんか、この声聞いたことがあるような…)


 「私はお夕の方様付きの菊之助というものである」


 (菊之助様……ん? あっ!)


 「以前お菊として、あなたと話したことがある」


 (お菊さんが菊之助様?? お夕の方様付きで…男性で女性??)


 頭がパニックである。菊之助様は少し恥ずかしそうに笑われた。


 「まあ、そうなるでしょう。訳は言えないが、私だけはこの部屋へ伺うことを許されている。しかし、御膳所などへ顔を出すときは男の姿では目立ってしまうため、女の姿をしているのだ」


 「はあ…」


 「それでだ! あなたが私が女の姿をしないと出来ないことを代わりにやってくれるよう頼みたいのだ。格好はごまかせても、声はごまかせない…あなたもそれで気付いたであろう?」


 「はい…」


 (私はちゃんと返事出来ているのだろうか)


 「お夕の方様は、いつもおいでとは限らない。よって、私が指示した時間、指示したことだけしてくれればよい。普段は、今までと同じ持ち場で働いてくれればよい。このことは、私からお常にも言っておく。

 ただ、誰に聞かれても私の指示はお菊からの指示といたせ。決して菊之助の存在を明かすことはないように」


 (なんか、いっぱい指示されているけれど、どこまで覚えていられるだろう…とりあえず、指示されたことをやればいいってことであってる? そして、菊之助様の存在は絶対に人に言ってはいけないということね…うん…そこまでは大丈夫)


 「承知しました」


 「そんなに緊張することはない」


 (といわれましても…)


 「それと、もうひとつ…」


 (もう覚えられません)


 「お夕の方様は、お言葉をあまり話されない。何かお話があっても、まず私を通されるので覚えておいてくれ」


 「はい…承知しました」


 「まあ今日はゆっくりお茶でも飲んでいけばいい。うまそうな菓子もあるぞ」


 「はい…いえ…あの そんな」


 「緊張しなくてもよいと言っただろう」


 (それは無理です…しかもこんなきれいなお菓子、この世界にきてからは初めてなんですけど)


 私はどうしていいかわからず、出されたお茶をいただこうと湯飲みを手に取った。


 そのとき…


 ドタドタドタ…

 廊下を歩く音が聞こえたかと思うと、私がいる部屋の前で止まり、バン!と襖が開いた。


 私は飛び上がるかと思うほど驚いたが、何とか湯飲みとお茶は死守できた。

 すると、菊之助様が目を開き


 「う、上様…」と言った。


 (えっ!! 上様? いやいや一生お会いできるわけないって、前にお加代さんが…でも、上様って菊之助様が呼ぶのだから…)


 急いで湯飲みを元に戻し、畳がえぐれるほど頭を下げることしか出来なかった。


 「上様…本日、お夕の方様はご不在でございます」


 「そうか、ならよい…そなたは?」


 「お里にございます」


 (声が出ない…聞こえたでしょうか)


 「お里か…菊之助に聞いている…お夕のことをよろしく頼むぞ」


 「はい。精一杯つとめさせて頂きます」


 「ああ…では菊之助、また来ることにする」


 「承知しました」


 襖を開けて外へ出られた上様は、さっきより静かに廊下を歩いていかれた。


 (頭を下げたままだったのでほとんど見えなかったけど…)


 足音が聞こえなくなると


 「ビックリしたであろう。今日はもう戻ってよい。先ほどのことも他言無用だ」

 と、菊之助様が言われたので、「はい」と言って頭を下げたまま帰る方向へ向こうとした。


 「ちょっと待て」と言って、菊之助様は手さえつけられなかったお茶菓子を紙に包んで持たせてくれた。


 「では、またこちらから連絡がいくので頼んだよ」

 「はい。失礼いたします」


 襖を開けて、廊下に出るとなぜか小走りになった。

 御膳所に通じる戸の前までくると、一気に力が抜けてしまった。


 (手も震えて腰が抜けてくる。このまま戻ったら、何を口走るかわからない)


 何度か大きく息をして、ゆっくり立ち上がった。

 (よくわからないことばかりだけど、とりあえずは秘密にしなければいけないことを私が仰せつかったってことだよね。まずは、この大役をしっかりやらねば! クビにならないように…この場合…クビではすまないかも)


ブルッと一瞬身震いをした。手に持たされたお茶菓子を懐にしまい、両手を握りしめてヨシ!!と一声かけてから、御膳所に戻った。


 その夜、布団に入ってから今日の出来事を振り返っていた。

 (菊之助様はお夕の方様付き…何故かはわからないけど、この男子禁制の大奥の中で女装をしてまでお付きをされている…そして…結構イケメン!! ここは関係ないか…

 そして、お夕の方様のお部屋に上様がいらっしゃった…見放されたと噂されていたのに…そして上様も一瞬しか見れなかったけど、驚くほどのイケメン様だった…だって、歴史の教科書に載っている肖像画ってみんな下膨れで目が細いイメージだったから、この時代にあんなイケメン様を一度に2人も拝めるなんて、テンションあがっても仕方ないよね!

 話はそれてしまったけど…本当はお夕の方様は上様に寵愛されておられるんだわ! 菊之助様の存在も気になるし…だって、四六時中お二人は一緒ってことでしょ?…三角関係とか!? それは妄想が過ぎるか)

 妄想を楽しみながら私は眠りについた。


《その頃…上様のお部屋では…


 「上様、あのように突然奥へ来られては困ります。」

 

 「お前こそ、今日人が来るのなら言っておけ!」


 「今日は表の仕事の予定が沢山入っていたので、奥には来られないと思ってましたので…」


 「私もそのつもりだったが、やっぱり退屈でなあ…」


 「とにかく…明日よりお里がお夕の方様の雑用係となりますので、ご報告しておきます」


 「ああ、わかった」


 「くれぐれも気を付けてくださいね」


 「わかったと言ってるだろう」


 そんな会話がされていた。》

ここまで読んで頂きありがとうございます。

また、続きを読んで頂けると嬉しいです。

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