上様の思い ⑧
私は、お里を御膳所へ戻すのが惜しくなり、せめて夕方までは部屋にいるようにということにした。そうすれば、私が少し空いた時間にでもお里に会いにいけるからである。お里は、私がいつ行っても、優しく迎えてくれた。そのときは、仕事を後回しにして、私の傍にいてくれる。毎日が幸せだった。
ある日、仕事の合間に部屋へ行くと庭で遊んでいるお里と・・・子供がいた。私がその子を見た瞬間お里の顔色が悪くなった。私は驚いたが、そういう素振りはみせずにその子に名前を聞いた。陽太といった。一緒に遊ぼうとすると、初めは緊張していたようだが次第に子供らしい笑顔で笑い出した。私には子供がいるが、産まれた後はその生母と乳母が世話をしており、特に私とも会わせたいという要望もないので、こんな風に遊んだことがなかった。
陽太はとても素直ないい子で、笑った顔が少しお里に似ていた。お里は何か言いたそうにしていたが、私は自分からは問いかけなかった。一度、お里から話を始めた時には私は無理に話す必要はないと言った。お里が何故小屋で気を失っていたのか、謎のままだったがお里は私のことを愛してくれている。私も今のお里を大事にしている・・・もし、本当のことを聞いてしまってお里が私の目の前からまたいなくなってしまったらと思うと、怖かった。どんな過去があろうと、今とこれからのお里を必要としているので、正直過去などどうでも良かった。お里が自分から話そうと思わない限り、私からはこれからも話を切り出さないだろうと思う。
陽太と遊んでから部屋へ戻るとき、陽太がお里を愛しているのかと聞いてきた。子どもにそんなことを聞かれるのはもちろん初めてだったのでとまどったが、陽太の真剣な顔を見ると私も正直に答えるべきだと思った。だから、お里のことを愛していると言った。陽太は嬉しそうな笑顔を向けてくれた。そのときの陽太の様子が気になり、夕方にもう一度部屋へ顔を出した。すると、お里が縁側で庭を見ながら座っていた。一目見ただけで何かあったのだろうとわかったから、黙って横に座った。陽太のことを話すと、お里は遊んでくれたことの感謝を述べた。それから、もう陽太はここへは来ないと・・・私は、深く聞く必要もないだろうとそうかとだけ相槌を打った。しかし、横でお里が肩を震わせていた。私は、お里を抱きしめ今日は一晩中ついていてやろうと思った。布団に横になってからも、お里は急に泣き出したり、泣き止んで謝ったりを繰り返していた。私は、何も言わずお里を抱きしめてやった。そうしているうちに、お里が眠りについた。きっと、泣き疲れたのだろう・・・どんな事情があるかはわからないが、お里にとって陽太と会えなくなることは悲しいことなのだと思った。だから、私はお里から離れることなく、ずっと傍についていてやろうと改めて思った。お里の安心しきった寝顔をみていると、私を信用してくれているのが伝わってくる。私はどうしようもなく愛しいと思う気持ちが込み上げてきた。何があってもお里を離したくない、傍にいたいし、傍にいてほしい。私だけのお里であってほしい・・・ぐっすり眠っているお里の頬を撫でながら言った。
「愛しているよ」
これで上様の思いも第1章分が終了です。
また第2章が始まりましたら、よろしくお願いします。