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上様の思い ⑦

 毎日毎日、お里のことを考え何故断ったのか、私のことを嫌になってしまったのか不安で仕方がなかった。また、帰ったとしてもお里にどのような顔をして会えばいいのかわからなかった。子どもみたいに拗ねてしまった私を、もうやってられないと思われているのではないか・・・でも、ずっと私の傍にいてくれると言ったお里を信じている。お里とお揃いで持っている根付を握りながら、同じことを頭の中で繰り返し考えていた。


 ある夜、今日は宿で大事な用事があるので、落ち着かれましたらこちらの部屋へ来てほしいと菊之助に言われた。私は、心当たりもなく一体何の用事があるのだと少々不機嫌のまま宿へ向かい、番頭に部屋まで案内された。襖を開けると、横に女子が頭を下げて待っていた。


 !!! 間違いない!お里だ。


 普段なら、すぐに抱き寄せるのだがこの間のこともあり、また急に顔を合わせても何を話していいかわからなかった。どうしたのかと聞くと、お清から手紙を預かってきたという。まずはその手紙を読み、心を落ち着けようとした。

 手紙の中には、お里にお清が正式な訪問に同行するとなると、お里を側室として顔を覚えるものも多く、今後も側室となってもらわねばならなくなること。今の上様との時間を大切にするのなら、今回のご訪問をお断りするように助言したという内容が書いてあった。私が、お清と直接話すことを避け、今回の訪問もお夕を同行するの一点張りだったから、お里に直接話をしたのだということを理解した。私は拗ねてしまい、お里と話をしなかったことを素直に謝った。そして、どんなにこの期間お里に会いたかったのかを伝えた。お里は自分も私に会いたかったと言ってくれた。私は、お里の気持ちが変わっていなかったことに安堵したのだった。


 お清から命を受けて、お里が中奥へ所用を取り次ぐ仕事をしていると菊之助に聞いたときは驚いた。可愛い女中がいると、噂になっているという。そらそうであろう、父上の時といい、お里からは優しさが溢れ、さらに美しく・・・誰もが虜になってしまう。お里はそのことに気が付かず、誰とも対等に話をする・・・そこが良いとこなのだが、他の男に好かれてもらっては困る。菊之助に言って、内々にその役を解かした。


 そのことが後々大変なことになるなど考えてもみなかった。ある日突然お里が姿を消してしまったのだ。どこに行ったのか全く見当もつかなかった。菊之助には、最悪のことも覚悟しておくよう言われたけれど、そんなことを考えるだけで頭がおかしくなりそうだった。日だけが過ぎていったが、お里の手がかりは全くつかめなかった。早くこの手でお里を抱きしめたかった。みなが私の体のことを心配したが、自分のことなどどうでも良かった。とにかくお里の無事を確認したかった。


 その夜も、私はお夕の部屋でお里のことを考えていた。外から、菊之助が私の名を呼んだが返事だけをした。すると、お里がいるから襖を開けるように言った。私は、夢中で襖まで走りだし中から開けた。そこには、お里を抱えて半泣きになっている菊之助が立っていた。お里は、手足を縛られていたであろう所に赤紫の跡を作り、菊之助の腕の中でグッタリとしていた。その痛々しい姿を見て、私は気を失いそうになったが自分を奮い立たせた。畳の上に寝かされたお里が私を呼んだ。私は、手を取り大丈夫だと言うとお里はまた目を閉じた。それからはしばらく、時々私の名前を呼んではまた目を閉じるの繰り返しだった。私はいつ目を開けてもお里の傍にいてやりたいと、出来るだけ部屋にいるようにした。私の名を意識が朦朧とした状態で呼ぶお里が愛おしかった。

 そしてやっと目を覚ましたのだった。私は安堵で涙が出てきた。お里は心配をかけたことを謝ったが、お里らしいと思いつつ抱きしめたい衝動を抑えた。まずは、お里の体に負担をかけてはならないと・・・菊之助が気をきかせ、その日は部屋でお里と一緒に休むことにした。お里は眠る前に私に抱きしめてほしいと言ったが、私は体が痛くないかどうか心配だった。慎重に抱きしめるとお里は安心したように体の力を抜いた。私の腕の中で安心してくれているお里を感じ、抱きしめるだけじゃ物足らず負担にならないようにキスをした。お里が私の腕の中に帰ってきてくれたことが夢のようだった。明日起きて、またお里がいなくなってしまうのではないかという不安を消すために、お里を抱きしめたまま眠った。


 それからも、私はお里が心配で心配でたまらなかった。もう一人で起き上がれると言っても無理をしているのではないかと思ってしまう。中奥に行くときにも、その間に何かあってはと心配だった。ゆっくりではあるが、順調に回復するお里を自分の元から一時も離したくなかった。

 働き者のお里は、甘えず自分が出来ることは自分でし始め一旦回復すると、私に甘えることも少なくなった。それが私にはとても残念だった。もっと、私の傍で私だけを頼りにしていてくれても良かったのに・・・


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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