上様の思い ⑥
その後、いつもより張り切っているお里の姿を見たので聞いてみると新人の面倒をみているという。どのようにお里が新人を教えているのか見てみたくなった私はお夕の部屋に連れて来てもいいと許しをだした。そのことを、喜んでいるお里がとても可愛かった。
部屋へ来た二人は、お里が指導しながら仕事をこなした。一生懸命教えているお里の姿を見て、私は1年前にお里に触れたいと思いながら直接話せないもどかしさと戦っていたことを思い出した。そう思うと、お里に触れたい気持ちが抑えきれなくなり新人が見ていないすきにお里の手を握った。お里も同じ思いでいてくれたのか、その手を握り返してきた。だが、そこを菊之助に邪魔されてしまった。その後、二人はすぐに下がっていったので、その日お里に会うことが出来ず、私は菊之助に八つ当たりする一日となった。
新人であるお糸の企みによって、私はお里を悲しませることとなった。あれだけ可愛がっていた新人に裏切られたお里の気持ちを思うと腹立たしかったと同時に、その企みにあっさりのせられてしまった自分が情けなかった。お里が私の話を聞きたいと思うまで、部屋で時間の許す限り待ったが、お里はしばらく部屋へ来ることを控えたいと菊之助に伝えたそうだった。それでも、いつか部屋に来てくれるのではないかと時間を見つけては部屋に行った。何か少しでも食べないとと心配する菊之助達だったが、食欲などわかなかった。お里に会いたい・・・それしか考えられなかった。
「上様、だから私がお里殿に何もなかったと、これはお糸の企みであったと伝えてまいります。そうすれば、お里殿もわかって頂けるでしょう?」 と、何度も言ってきた。
「ダメだ。それでは、お里は私のために菊之助が嘘をついていると思うかもしれない。お里の顔を見て、私の口から話をしないとダメなのだ」 私は頑なに菊之助の申し出を断った。
そんな会話をしていると、急に襖が開いておぎんが姿を見せた。その後ろにお里がいた・・・お里は慌てた様子で私に近付いてきたが、何を言っているのか意味がわからなかった。その後の様子を黙って聞いていると、どうやらおぎんが私の具合が悪いといい、ここまで連れてきたようだった。顔を見てしまうと抱き付いてしまいそうだったので、菊之助とおぎんとお里の3人が会話をしている間は下を向いていた。お里は急に頭を下げ、私に詫びた。お里が詫びることなど何もないと思っている私は、頭を上げるよう必死に頼んだ。
それでもお里は、頭を上げずただただ泣いているばかりだった。私はこうなったら、無理やりにでもお里と話をせねばと思い、下げている頭を自分の方へ向かせようと力ずくで抱き寄せた。それを見ていた菊之助とおぎんが部屋から出て行ったのを確認してから、お里の顔を見た。お里は泣いている顔を必死で伏せようとしていた。その姿を見た途端私は愛しい気持ちが溢れ、唇を重ねた。お里の抵抗も押さえつけ、ひたすら自分の気持ちをぶつけた。しばらくすると、お里も自然に受け入れてくれていた。私は少しホッとしたが、自分の口からお里に話をせねばならないと思いゆっくりと状況を話した。途中お里が辛そうにした時には、抱きしめて謝った。だけど、話終わるとお里はこうなったのは結局自分のせいだと言い出した。私は、そんなことはないとそれを否定した。お里は、胸が痛くてこんな思いをしたのは初めてだと言った。私は、それを少し嬉しく思ってしまった。だけど、こんな思いをさせたくないと改めて心に誓った。
私たちはお互いを大切に思いすぎて、少しすれ違ってしまうときがある。だけど、それは愛情があるからこそで素直に気持ちが通じ合えば何のこともなく乗り越えていけるのだと思っていた。
だが、大名家への訪問が決まったときお里は私の誘いをはっきりと断った。私は何かの間違いかと思った。何も心配することはないという私の言葉を聞かず、それでも一緒には行かないと言う・・・私は、少し拗ねてみればお里は仕方ないと同行してくれるのではと軽く考え、部屋を出て行く振りをするつもりだったが、お里が引き留める様子はなかった。私も意地になってしまい、そのまま中奥へ戻るしかなかった。あとから、戻って来た菊之助に聞いたところお里はそのまま会えなくてもいいと言ったらしい。私は、拗ねてしまい話をしなかったことを後悔することとなった。そのまま訪問の支度の為、忙しい日々を過ごして出立した。
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