上様の思い ③
ある日、お里からもらったツバメの根付が手元にないことに気が付いた。私は、菊之助に探すよう頼んだ。自分が、その日行った場所や時間を伝え隈なく探すように言った。そのときに、気が付いた。根付一つで自分が必死になっていることに・・・お里がこれをくれた時、お夕が少しでも慰められるようにと渡してくれたのだ。あの時のお里の顔を思い出し、私は決心した。
「湯浴みのところに落ちておりました」 根付を届けに来た菊之助に私は言った。
「お里と会う」と・・・
久しぶりに会ったお里は、緊張した顔で部屋に入ってきた。無理もない、私はお夕の姿ではなく将軍の姿だったのだから・・・菊之助が、お夕と私が同一人物だと言ったときのとぼけようと驚きようはとても可愛かった。菊之助が部屋から出て行き、私はいざ本当のことを話そうとしたが緊張してしまいうまく言葉が出てこなかった。それを察したお里は、お茶を用意してくれた。本当にこういう私のことを気遣ってくれるところが嬉しかった。席に着くと、私が話をしやすいように、うまく相槌をうち、微笑んで聞いてくれた。
こんな風に自分の気持ちを女子に話すのは、正妻であるただ子を除いては初めてだった。お里は全て受け入れてくれて、今まで通り雑用係として部屋に来てくれると言った。私は、落ち着いたかんじに振舞っていたが、内心飛び上がりたいほど嬉しかった。菊之助が迎えに来てくれなければ、そのままお里を押し倒してしまっていたかもしれない。その日は、残念だが中奥へ戻ることにした。
その夜は、明日からお里に自分が男の格好で会い、正直に気持ちを伝えられることを思うと心臓がドキドキとして眠れなかった。菊之助には、将軍の姿で会うことを反対されるだろうが、これからはお里には一人の男として接したいと思っていた。
次の日から私はお里に会うことが嬉しくて、お里が部屋に来ることが待ち遠しかった。お里は雑用係の仕事は自分の仕事だからとなかなか私にかまってくれなかったが、仕事をしている姿を見ているだけで幸せだった。仕事の合間にも私を気遣ってくれた。そして二人になると、顔を真っ赤にするところなど可愛くて仕方がなかった。
私は初めてしてもらう膝枕がとても心地よく、落ち着いたのでお里の仕事が一段落するとすぐにお里の膝に寝ころんだ。お里はいつもそれを受け入れてくれ頬を撫でてくれたりした。部屋の中にいることが、この上ない楽しみと幸せだった。
ただ、迎えにくる菊之助が少々不満だった。
「菊之助、少し時間が早いのではないか?」 私は菊之助に聞いた。
「私は毎日時間通りに伺っています。上様が浮かれ過ぎてお時間がわかられないのではないでしょうか」
「・・・・・」冷めた様子で言われるだけだった。
将軍になり、初めて京都へ訪問することとなった。正式な行事ではないことと、1ケ月の長い行程であったため、私はお里を絶対に伴っていきたいと菊之助に言った。
「上様、雑用係のお里殿を正式な訪問ではないとはいえ、伴って行かれるなど絶対に出来ません」 菊之助は断固として反対した。
「だが、1ケ月の間にお里の気持ちが離れてしまったらどうするのだ? まず、私がそんなに離れるなど無理だ」 私も断固として抗議した。
しばらくは、その押し問答で過ごす日々が続いたが、私が諦めないことに菊之助は観念したのか、ある日菊之助はしばらく考えてから言った。
「方法が一つだけありますが、お里殿にもご協力をして頂かないといけません」と、菊之助がその内容について話始めた。
「それはいいな。私から、お里に話をしよう」 私は上機嫌で菊之助の提案を受け入れた。あとは、お里を説得するだけである。
お里は思っていた通り、初めは無理だと言った。お夕の姿になることや作法についても不安であったようだが、菊之助や初めて会わせたおぎんとおりんの後押しもあり承諾してくれた。(少々強引ではあったが・・・)
お里は、おぎんやおりん達の教えをとても早く習得した。着飾った着物がとても似合い、一段と美しかったが、それでも時々見せる失敗が可愛かった。一生懸命に練習をしている姿は、ずっと見ていたいくらいだった。私がことあるごとに感心して、お里を褒めるとおぎんに集中できないと怒られることが何度もあった。
京都へ行く前には、菊之助、おぎん、おりんにお里が不便な思いをしないよう重々言い聞かせた。菊之助には、お里が転んだりしないよう必ず横に付いていること。おぎんとおりんには、私が客人と会っているときお里が一人になってしまうので寂しい思いをさせないこと。3人ともには、お里に異変があった場合はすぐに私に知らせることと・・・私がお里といる時は、出来るだけ早く下がり二人きりにすることなどを話した。最後の方は、3人ともただただ呆れたような顔をして聞いていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。上様の思い、まだまだ続く予定です。