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上様の思い ②

 その後も、もしお里が誰かの差し金であの場所にいたのだとしたらという心配もあり、菊之助や隠密達が順番に見張りをしていた。ある晩、おぎんが急いで部屋へ入ってきた。


 「お里が夜中に部屋を抜け出しました」


 「なにっ!?」 私と菊之助は確かめるために、おぎんが案内する井戸の方へついて行った。井戸へ着くと茂みの中に身を隠した。お里が丁度お(たか)に向かい話始めたところだった。どうやら、お高がお加代に何か罪を着せようとした証拠をお里が握っていたらしい。


 「お高を懲らしめるようですね」 菊之助が小声で私に耳打ちした。私は、こうやってこの大奥へ来た女中たちは、人の弱みを握り一人ずつ蹴落としてのし上がっていくのだな・・・と女に対して改めて嫌気がさし、その様子をみていた。

 だが、お里はこのことをお常に報告しないという。また、弱みであった証拠をお高に返してしまった。私は、その様子から目が離せなかった。お加代を守るために、力強い目でお高を攻撃したかと思うと打ちのめすわけではない温情をみせた。気持ちのいいくらいの差配の仕方。そして、その後の爽やかな笑顔に釘付けになってしまった。


 「少し、変わった娘でございますね」 菊之助も不思議に思ったようだ。


 「ああ あんな女子を見たのは初めてかもしれぬな」 私たちも何故かスッキリしたような気分になり部屋へ戻った。

 

 その後、菊之助がお里に声をかけられてしまったとあわてて部屋へ戻ってきた。私は、あの夜の一件からお里に興味を持ち、もう少し話してみたいと思っていたのでこれを機会に部屋の雑用係をさせようと菊之助に言った。


 「上様、それはあまりに近くに置き過ぎにございます」 菊之助は最初、反対した。


 「だが、私はあのお里がどうしても悪いものには見えぬ・・・もう少し近くで接してみたいのだ」 私は、菊之助に本心を話した。


 「わかりました。ですが、お夕の方様としてお会いください。上様がこちらにおられるなどと知られては大変でございます。毎日、私たちが交代で見張りをしておりますが、今のところ一生懸命お常の元で働いているという報告しか受けておりませんので、私も悪い者ではないと思いますが、念の為ご注意はしてくださいよ」 菊之助が厳しく言った。


 「ああ わかった」


 その後、私の部屋へ来るお里は控えめで気が利き、仕事も素早くこなした。私が茶を飲みたいと思う頃に、お茶を用意し、少し冷えてくるとすぐに羽織を持ってくる・・・いつも自分のことを見てくれているようで嬉しかった。外の風が気持ちいいから縁側の方へ来てみてはどうかと言ったり、庭にこんな花が咲いていると見せてくれたり・・・時々する失敗を私が笑うと、とても恥ずかしそうに下を向いた。いつも、感情を隠すことなく私に見せてくれていたようだった。私は、この部屋へ来るのが楽しみになり、以前よりも長い時間過ごすようになった。


 ある時、ツバメが巣を作っているのを見つけ子供のようにはしゃぐ姿を見たときは、とても可愛いと思った。だが、その巣がカラスに襲われ、一人で涙を流しているお里を見た時、私は知らない間に後ろから抱きしめていた。この女子を守りたい・・・そして傍にいてほしいと心から思った。菊之助には咎められたが、私はお里を自分のものにしたい衝動にかられた。こんな風に誰かを自分のものにしたいと思う感情は久しぶりだった。半ば強制的に菊之助からお里に寝間へ来るよう話をしてもらうことにした。


 当日は、嬉しさと緊張で一日中落ち着かなかった。夜になるといつもより早く、自分の寝所でまだかまだかと時間が過ぎるのを待った。お清から準備が整ったと連絡が来たときには、心臓が飛び出そうなほどだった。とにかく、お里に自分の緊張がばれてしまわないようにとだけ気を付けようと思った。廊下をいつもより早足であるき、寝間の襖を開けるとお里は頭を下げていた。頭を上げるように言ったあと、お里の姿を見た私は気を抜くと見惚れて動けなくなってしまうのではないかと思った。白い肌に、白い寝間着を着たお里は美しかった。出来るだけ平静を装ってはいたが、早く自分のものにしたいと口づけをしたとき、頭の中でこのままでいいのか?と問いかける自分がいた。咄嗟に、何も知らないお里を自分が思うままに動かしていることが恥ずかしくなった。この生活に慣れるため、沢山のことを受け入れているお里に私は無理を強いているのではないかと・・・今までは、そんなことを考えず早く抱いてしまえば良かった。相手は私の子を宿し、この大奥で地位を得たいと思っており、私もその役目を果たすことが仕事だと思っていたからだ。だけど、私はお里の心も欲しいと思った。だから、その夜は手を出さずに自分の寝所で夜を明かすことにした。


 次の日、お清に言われた。


 「上様、ご自分で寝間に呼んでおいて手を出されないとは・・・あの子は今頃いい笑いものになっておりますよ」


 私は、平気な顔をしながら実際は真っ青になっていた。お里に恥をかかせてしまった。このままでは、会わす顔がない・・・どんな顔をして会えば良いのかもわからなくなり、しばらくはお夕の部屋へ行くことが出来なくなった。元気がない私を菊之助が見かねて言った。


 「上様、このままではお里も思いつめたままでございます。上様もそうでしょう? 正直にお話されてもよろしいのではないですか? 私も最初は、お里が怪しいものではないかと疑っておりましたが、どうやら何か事情はあっても上様に危害を加える可能性はないのではと思っています」


 「そうだな。でも、私は怖いのだ。以前、本気で愛しいと思ったものに裏切られたことがあっただろう?そんな思いをもうしたくない」 菊之助に自分の今の気持ちを打ち明けた。


 「でも、お夕の方様として上様が接してこられたお里がどういう女であるか、一番御存知なのは上様ではないですか? よくお考えになられればよろしいかと思います」 菊之助はそれだけ言って、その後はお里のことを口に出すことはなかった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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