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別離

第1章、本編はこのお話までです。

 陽太は私の方へ来てさっきまで上様が座られていたところへ、よいしょと言って座った。そして、私の顔を覗きこんでから話し出した。


 「あのね、お母さん。僕ね、もうここには来られないと思うんだ」


 「えっ?」


 「本当はね、僕、少し前から入院してるの」


 「どうしたの?」私は、一気に不安になって聞いた。


 「塾に行く途中に、車とぶつかったんだ。僕はあまり覚えてないんだけど・・・」


 「それで?」


 「頭を打ったんだって!足もケガをして、しばらく目を覚まさなかったんだって。それでね、病院で眠っている間にここに来るようになったんだよ」


 「そう・・・」


 「でもね、最近は少しずつ足も動くようになって、リハビリをしているから寝ている時間も少なくなってきたんだ」


 「歩けるようになってきたのね。良かったわ」


 「それで、もうすぐ退院だから・・・きっと、退院して元気になったらお母さんのとこには来られないと思うんだ」


 (病院で寝ている間にこの世界に来る・・・私と同じことを体験しているのかしら。私は死んでしまったから、この世界に留まっているのだわ。この子は、目を覚ましたから、この世界へはもう来れなくなる・・・)


 「お母さん・・・あのね」 私は陽太の顔をしっかり見て聞いた。


 「なあに?」


 「おばあちゃんに聞いたんだけど、お母さんは死んでしまう前に寝言で「愛されたかった」って言っていたんだって」


 「えっ!」


 「それでね、おばあちゃんが時々僕の前で泣くんだよ。お母さんのこと愛していたけれど、もっとやりたいことをやらせてあげれば良かった。って・・・私がもっと聞いてあげればよかった。って言ってる」


 (!!! お母様)


 「お母さんと話が出来る前、僕ここからずっと見てたでしょ?」


 「うん」


 「お母さんが楽しそうに上様とか、き・く?」


 「菊之助様ね」


 「うん。あと、女の人と話しているのを見てたんだあ。お母さん、いっつも笑っていたから楽しいんだなあって思ってたよ」


 「そうね、楽しいよ」


 「お母さんは、ここで愛されているんでしょ?」


 こんなストレートに子供に問いかけられると、少し恥ずかしくなった。でも、


 「うん。愛してもらっているよ」 そう言って、笑顔で返事した。すると、陽太はニッコリ笑って


 「良かったね」 と言った。私も、頷いた。


 「この間ね、お母さんがいなくなってしまって、その後にケガをして寝ていたときにね、みんなお母さんのこと心配してたよ。上様が『お里、お里』って泣きながら言っているのが、襖の向こうから聞こえてたんだ。僕は、襖の向こうは見えないから声だけだったんだけど・・・」


 「そうだったのね。陽太も心配してくれてたのね?」


 「うん。・・・でも、病院で泣いているのは僕とおばあちゃんだけだった・・・おじいちゃんもお父さんも、お仕事忙しそうだったから・・・」


 「それは、仕方がないことなのよ」 私は、そう言って陽太の頭を撫でた。


 「うん・・・でも、ここではみんながお母さんのことが大事なんだなって思ったんだあ」


 「そうだったら、お母さん嬉しいな」 私はしみじみと思った。


 「うん。ちょっとうらやましかったけれど、僕も嬉しかったんだ」そう言って、陽太はニッコリと笑った。


 「僕ね、おばあちゃんに教えてあげるよ。お母さんは、今は愛されてるから大丈夫だよって!」


 「陽太・・・陽太はおばあちゃんやおじいちゃんに言いたいことは言ってる?」


 「うん! おばあちゃんはいつも『陽ちゃんはどうしたいの?』って聞いてくれるよ」


 「そう・・・良かった」


 「僕ね、お母さんが救急車で運ばれる前、ずっと悲しい顔をしてたから・・・でも、お母さんが笑ってる顔が見れたからここにこれてよかった! それとね・・・」


 「なあに?」


 「幼稚園のとき、みんながお母さんのことキレイでうらやましいって言ってたんだよ」


 「まあっ」


 「今のお母さんの方がもっとキレイでみんなに自慢したいよ」


 「ありがとう」そう言って、陽太を抱きしめた。手を緩めると陽太は立ち上がった。


 「お母さん、もうすぐ目が覚めそうだから僕帰るね」


 「そう・・・陽太、頑張ってね。お母さんはずっと陽太のことを愛してるよ」 


 最後まで笑顔でいたいと思って、涙を我慢していたけれど止まることなく溢れてきた。


 「うん、お母さん。僕もだよ。バイバイ」そう言って手をふった。私が、もう一度駆け寄って抱き寄せようとしたとき、陽太の姿は消えてしまったので空振りをするような形になってしまった。


 私は縁側に座り、庭を見ながら陽太の笑顔を思い出していた。

 

 (私は、どこかでいつか元の世界に戻るのではないかと思っていたけれど・・・もうそれはないのだわ。陽太は、私にそれを知らせるために会いにきてくれたのかしら。あの子がこの世界に来られなくなったということは、あの子は元の世界で元気で生きるということだもの。これで良かったのよね)


 涙が渇いては、また泣いて・・・を繰り返していると、すっかり外も暗くなっていた。


 (そろそろ御膳所にもどらなくては・・・) 


 そう思っていると、「お里?」 上様が、小屋の方から来られていた。


 「上様? どうされたのですか?」 こんな時間に来られることはめったにないので、驚いて聞いた。


 上様は私の横に座られて


 「お里がまだいるんじゃないかと思ってな・・・ちょっとだけ、覗きにきてみたんだが、やっぱりいたか。私はお里のことがわかるらしいな」


 「御膳所へ戻ろうとしていたところです」


 「もう少しここにいればいい」そう言って肩を抱いてくださった。


 「今日も陽太と遊べて楽しかったなあ・・・」


 「はい。上様、あの子と遊んでくださりありがとうございました」


 「ああ、また一緒に遊べるといいな」 優しいお顔でそう言ってくださった。


 「上様・・・あの子はもうここに来ることはありません」


 そういうと、一瞬私の顔を見られてから「そうか」とだけおっしゃった。


 上様と一緒に楽しく遊んでいた陽太の姿を思い出し、また涙が出てきてしまった。肩を震わせている私に気付いた上様が、やさしく抱きしめてくださった。


 「お里、今日は一緒に夕餉をとらないか?」


 「でも・・・」


 「私がそうしたいんだ」


 「はい。ありがとうございます」


 「では、おぎんかおりんに言ってお常に伝言を頼んで、夕餉の用意をしてもらおう」


 上様は、私を抱きしめたままそうおっしゃった。私は、上様の胸で泣いたまま頷いた。その夜は、上様は私の傍にずっとついていてくださり、私が泣き出すと訳を聞かずに抱きしめて慰めてくださった。私は、泣き疲れたのか上様の胸で眠ってしまったようだった。


 上様が、寝てしまった私の頬をさすり、


「お里。愛しているよ」 と言ってくださったのが、聞こえたような気がした。


 (もう私が前の世界に戻ることはないのだわ。私が存在するのは、この世界だけ・・・私を大事にしてくださる上様を、私もこの世界から消えてしまうまで大事にしたい。前世の記憶は残ったままだけど、今思えば悪いことばかりじゃなかったはず。だって、陽太という宝物を手に入れた。

 もし、上様が私をご側室にと望まれるならば・・・そのとき、覚悟を決めよう。後悔しないように、やれることはやってみる!側室にだってなってやる!)


 そんな覚悟をする夢をみながら上様の温もりに包まれていた・・・


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

第1章はここまでとなります。(本編はです)

このあとお里と上様は…側室になるの?ならないの?…また、第2章を投稿の際は読んでくだされば嬉しいです。


しばらくは、上様からのここまでの気持ちを振り返って…を不定期で投稿するので、よろしかったらそちらもお楽しみ頂ければと思います。


少しずつ読んでくださる方が増え、ブックマークをして頂いたり、評価を頂いたり本当にありがとうございます。


上様みたいな人いいなあっと、少しでも思ってもらえればと思い今後も書いていければなあと思っています。

今後もよろしくお願い致します。

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