遭遇
その日も、陽太が来てくれたので庭で花に水をやり、その水が少しかかって気持ちいいねなどと言いながら、二人で遊んでいた。
だから、小屋から来られた上様に気付かなかった・・・
「お里?」
「あっ! 上様・・・」
(以前はこの瞬間に、陽太は消えていたのだけど・・・)
そう思って、私は陽太の方を見た。・・・消えていなかった。陽太は私の手を握ったままだった。
「その子は?」
「あっ・・・あの・・・」
私はどう言っていいのかわからず、言葉が出なかった。きっと、顔の色も悪くなっていた。
すると、上様が陽太に話しかけられた。
「おい、名前は?」 陽太は私の手を握りしめて、「陽太です」と言った。
「陽太か・・・水で遊んでいたのか? よし、私もまぜてくれ」
そう言って、上様は庭に降りて来られた。陽太も最初は緊張していたようだが、上様と一緒に水やりをしながら、水を掛け合ったりして遊んでいるうちに、いつもの元気な陽太に戻り、笑顔で楽しんでいるようだった。私はその姿を、複雑な気持ちで見ていた。
(上様になんて言えばいいのだろう・・・この場では何も聞かれなかったけれど。きっと、こんなところになんで子供がいるのだろうと思われているはず・・・私の息子だということも分かられたかしら・・・でも、陽太のことを聞かれたら正直に話そう)
一通り、遊び終わると上様が
「お里、前にスイカを食べようと言っていただろ?」
「はい」
「今から、スイカを用意してくれ。陽太も一緒に食べよう」
「スイカ?」 陽太が嬉しそうに繰り返した。
「おお、スイカが好きなのか?」 上様は陽太に聞かれた。
「うん、大好き!!」 その笑顔につられて上様も笑顔になられた。
「ほら、お里! はやく!」
「かしこまりました」 私は急いで御膳所へ向かった。
たらいの中に氷を浮かせ、その中でしばらくスイカを冷やした。その間も上様は一切、私と陽太のことについて触れられなかった。
そのとき、菊之助様がいらっしゃった。陽太をみつけて、しばらく固まられたあと
「その子は?」 と、お聞きになった。私が声を出す前に上様がおっしゃった。
「おお、陽太といってな、お里の知り合いだ」
「そうですか・・・」 菊之助様もそれ以上は何も聞かれなかった。
「さあ、そろそろスイカが冷えたのではないか? 陽太、こちらへこい」
そう言って、庭の石に腰をかけられていた上様の膝の上に陽太を乗せられた。
「上様! そんなことをされては・・・陽太、降りなさい」 私は焦って言った。
「よいよい。早くスイカを切ってくれ。 なあ、陽太」
「早く切って!」
(陽太、調子に乗りすぎです)
私は、気になりながらもスイカを切りそれぞれに配った。すると、菊之助様が食べながらスイカの種を口からプッと吹き出された。陽太はそれを不思議そうに見ていた。
(そういえば、いつもスイカを切るときは種を取ってフォークで食べさせていたのだったわ)
陽太は菊之助様の様子をみて
「すごい!!」と言った。菊之助様は何がすごいのかわからない様子で
「これがか?」と言って少し笑われた後、「お前もやってみるか?」と言って、陽太を手招きされた。
陽太も「うん!」と言って、上様の膝からおりて菊之助様の方に走り出した。 上様が私の方をみて、
「お里?ここへ座らぬか?」と、ご自分が座られている場所を少しずれてくださった。
「はい」 と私はそこへ座らせて頂いた。
「ああ、子供はかわいいものだな。私にも子供がいるが、こんなふうに接したことはない」
「そうなのでございますね」
私は、ずっと気まずかったので話し出そうと思った。
「上様・・・」 そう言うとすぐに
「お里、何も言わなくてもいい。この小屋でお里を見つけたときから、何かあるのはわかっている。それでも、私はお里を必要とし、大事にすると決めたのだ。こんな形で、無理矢理お里が話す必要はない。本当に、話したくなったときは私もしっかりと聞くからな!」それだけ言われて、上様は「私もやろう!」と種飛ばしの仲間に入っていかれた。
しばらくすると、菊之助様が
「上様、そろそろ・・・」と声をかけられた。上様は「そうか」と言い立ち上がられた。
「陽太、では私たちは仕事に戻らなければならないからな」と言って、頭をなでられた。
陽太は、3日に1度、7日に1度と段々とこちらに来る回数は少なくなったが、ここへ来ると楽しそうに庭で仕事をする私を見ながら、お手伝いをしてくれた。時々、上様や菊之助様が来られた時には、木で作られた刀を振り回して遊んでくださったり、一緒に冷たい氷を食べてくださったりした。その日も、上様はお仕事に戻るからなと陽太の頭を撫でておっしゃった。すると陽太は、もじもじしながら何か言いたそうにした。
「どうした?」 上様はもう一度しゃがまれて、陽太を覗き込まれた。
「上様は・・・おか、お里さんのこと愛してるの? それで、大事にしてるの?」
大人全員が、きょとんとした顔になった。すると、上様はニッコリと笑って
「ああ、愛しているから大事にしているよ」 と言われた。
陽太は、笑顔で「そっかあ」と言った。
そして、もう一度陽太の頭を撫でられて、「じゃあな」と言ってから小屋の方へ戻られた。
小屋の方へ帰っていかれる上様が見えなくなるまで、陽太は手を振っていた。
いつも読んでくださりありがとうございます。