息子
最近は、上様も昼からのお仕事に行かれることが増えて私は夕方まで一人で部屋で過ごすことが増えた。 でも、時間を見つけては少しの時間でも部屋へやってこられる。だから、上様がお部屋に来られるときは、出来るだけ上様のお傍にいて一人の時間に掃除などを片付けるようにしていた。
上様に許可を頂いて、お庭に花を植えたり、ちょっとした家庭菜園にも挑戦してみたりしている。
(以前も、ベランダで野菜を少しだけ作ったり、花を植えたりするのが好きだったから)
その日も、花に水やりをしたり雑草を抜いたりして庭仕事をしていた。すると、後ろから視線を感じた。 気になって、振り返ってみると誰もいなかった。
(以前に気配を感じていたことはあったけれど、その後に誘拐騒ぎがあったので原因はその男なのだと思っていた・・・でも、あの男は上様と私がこの部屋で過ごしていることは知らないはず。いや、そこまで調べていたのかしら・・・それとも、あの時の恐怖で私が気配を気にし過ぎているのかしら・・・)
そう考えて、もう一度振り返ってみた。
・・・・・そこにいたのは・・・・息子の陽太だった・・・
「よ、ようた?」
私は、驚きと困惑で足が震えだした。そこにいた子は、私をジッと見つめていた。その姿は、私がこの世界に来る前よりも、一回りも二回りも大きくなっていた。でも、間違うはずがない・・・私の息子だ。
「お か あ さ ん?」 確かめるように、ゆっくりと聞いてきた。
「陽太?陽太なのよね?」 私も確かめるように聞いた。
「うん、陽太だよ」
そう言った息子に私は抱き付いた。そして、頭や頬を確かめるようになでた。
「どうして?どうしてここに?」
「最近ね、寝ている間にここに来ることがあったんだよ。僕は夢をみているのだと思ってたんだ。でも、この庭の中からは出れないんだ」
(こんなことって、あるのかしら? 親子揃って、この世界へなんて・・・いったいどういうことなの?)
私は冷静に話を聞こうと思った。
「それで、陽太は起きている間はどうしているの?」
「・・・普通に学校に行ったり、友達と遊んだりしてるよ」
(前の世界で普通に生活をしてるってことね・・・)
「そう・・・」
「今はね、おじいちゃんの家にお父さんと一緒に住んでいるんだよ」
(ということは・・・私は?)
「あの・・・陽太? お母さんは、マンションの屋上から救急車で運ばれた?」
「うん」
「それで・・・どうなったのかな?」
「お母さんはね・・・」
そのとき、小屋の方で足音がした。私は、急いで小屋の方を見た。
(上様だわ)
私は、陽太を隠すように立ちあがって小屋の方を見た。
「おお、お里。少し時間があったので、ゆっくりしようと思ってな。また、花を触っておったのか?」
「はい・・・上様・・・」
「ん? どうした?」
私は、後ろにいる息子をそっと見た。
(いない!!)
「お里、まだまだ暑いなあ。茶でも淹れてくれるか?」
(どこにいったのかしら)
「はい。ただいま」と言って、私は部屋に戻った。
(今のは何だったのかしら? 私は、庭で居眠りをして夢を見ていたの?)
「お里? どうした? 体調があまり良くないのか? それなら、匙を呼ぼう」
「上様。大丈夫でございます。お庭が暑かったので、すこしバテてしまったようです」
「そうか。無理をしてはいけないよ」
「はい。ありがとうございます」
(上様に心配をかけてはいけない。本当にさっきのは夢だったのかもしれない)
そう思って、考え事をしないように気を付けることにした。
それから、2、3日は何事も起きなかったので私はやっぱり夢だったのだと思うようになっていた。
でも、その次の日の午後、私が庭にいるときにまた陽太は現れた。
「お母さん?」
「陽太!」
私は陽太に駆け寄った。やっぱり、夢ではなかった。どういうわけかわからないけれど、陽太はここに来ることができるのだ。
「陽太? また来てくれたのね」 私は素直に嬉しかった。
「うん、僕、いつここに来ることができるのかはわからないんだ」
「そう・・・」 私は今日こそ聞かねばならないと決心した。
「陽太、今日はお母さんが色々質問してもいいかなあ?」
「うん、いいよ」
庭にある、少し大きめの石に二人で並んで腰をかけた。そして、私は質問をすることにした。
「お母さんは、今・・・どうしているのかな?」
「お母さんは、死んでしまったよ」
「!!!」
(そうだったんだ) ショックではあったけど、なぜかやっぱりという納得した気持ちもあった。
「陽太、つらかったよね・・・」
「うん」 陽太は俯いて頷いた。そして、話してくれた。
「お母さんは、病院に運ばれてからしばらく入院していたんだよ。機械がいっぱいある部屋でずっと寝てたんだ。僕も毎日は行けなかったけれど、おばあちゃんに連れて行ってもらったよ。でも、お母さんはずっと寝たままだった・・・」
私は、陽太が話している間抱き寄せて背中をさすった。
「そうだったのね」
「お母さんは、僕が小学校に入学して少ししたときに、死んじゃった」
(ということは、あの日はまだ寒かったら、3、4ケ月は意識不明のままだったのね)
「陽太は、いつからここに来れるようになったの?」
「んーと・・・お母さんがケガをする少し前くらい」
(あの誘拐事件の前ね。私が気配を感じ出した頃だわ。やっぱり、あの気配は陽太だったのね)
「寝てるとね、急にここにいるんだ。で、服もちゃんと着替えてるんだ」
(そう、今横にいる陽太は子供用の浴衣のような着物のようなものを着て、ぞうりを履いている)
「僕が初めてここに来たときにね、お母さんをみつけたんだ。でも、僕が知っているお母さんとは違って、お化粧もしていないし、着物を着ているし、名前もお里って呼ばれていたから違う人だと思ったんだよ」
「そうね。お母さん、ここでは陽太を産んだときよりもずっと若い姿になっているの」
「でもね、声がお母さんだったんだよ。話し方もいつもの優しいお母さんだった」
私は、堪えていたものが一気にあふれて少しの間話すことが出来なかった。
「お母さんに近付こうと、あの廊下まで行くと壁があるみたいに進めないんだ」
「そうだったのね」
「ここへ来ても、襖の開いていないときはお母さんを見ることが出来なかった」
「・・・・・」
(襖は閉めていて良かったのかもしれない・・・)
「またお母さんと話すことが出来て僕はすごく嬉しいよ。もうお母さんと2度と会えないって思っていたから」
「お母さんも、陽太に会えてとても嬉しいわ」
私は陽太を思い切り抱きしめた。陽太も少し大きくなった腕で私に抱き付いてきた。
それから、何日かに1度陽太が来たときは一緒に庭で花に水をやったり、座って学校の様子を聞いたり楽しい時間を過ごした。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。