看病
お常さんがお膳を持ってきてくれた。上様は私が起きられるか確認して、私が起きてみますと言うと、ゆっくり手を添えて起こしてくださった。まだ、体勢を変えたりして頭を動かすとズキズキする・・・上様が私の後ろに回ってくださり、後ろから支えてくださった。
「上様、それでは上様がお食事できません」
「私は後でいいから、お里が先に食べなさい。後ろにもたれると楽であろう?」
「はい・・・それはそうでございますが・・・」
「なら、それでよい」
上様は、そう言ってしっかりと後ろから支えてくださった。私は、上様に甘えることにした。
「はい。ありがとうございます」
そう言って、食事を始めた。お常さんが、食べやすいように食器を動かしたり、お茶を淹れてくれたりしたので、全部は食べられなかったけれど、久しぶりの食事をおいしくいただくことができた。食べ終わってからも、少しの間上様は後ろで私を支えてくださった。すぐに、横になるのはしんどいのではないかと・・・
食後しばらく休むと、また私をゆっくり横に寝かせてくださりご自分の食事を始められた。
そして、表の仕事に行かれるときは
「外に、おぎんかおりんがいるから何かあればすぐに言うんだぞ。私はすぐに帰ってくるから、それまでしっかり目を閉じて寝ておくようにな」
そう何度も言ってから、仕事へ向かわれた。
何回目かになると、菊之助様が「上様、お里殿はもうわかっておいでです」と言って、話の途中で遮られることもあった。私はその姿を少し笑いながら「いってらっしゃいませ」と見送った。
お常さんは毎日食事を運んだり掃除をしたり、私の世話をやきに来てくれた。
「お里、本当に良かった・・・お里が戻って来たから、上様もお元気になられたようだね。あんたがいない間の上様は見てられなかったよ」
「そうですか・・・私も目を覚ましたときの上様のお顔の色が悪く心配しました」
「お互いに、一緒にいないといられないんだね・・・」 お常さんはしみじみと言った。
「はい。私も上様がいてくださらないと、何も出来なくなるかもしれません」 お常さんは、私をみてニッコリと笑われた。私は少しだけ赤くなって下を向いた。
「それは、困ったな。何も出来なくなっては困る!」
「上様!!」
私は突然現れた上様に話を聞かれていたのかと思うと、恥ずかしくてさらに下を向いてしまった。
(お常さんと話しているとき、襖が開いていたことを気にもしていなかった。お常さんにはと思って素直にお話していたのに、まさか聞かれてしまうなんて)
お常さんは、また夕方にまいります。と、上様に頭を下げてクスクス笑いながら部屋を出て行ってしまった。
(お常さん! ちょっと待って!)
上様はそのまま、寝ている私の横に座られた。そして、私の手をサッと取って
「お里は、私がいないと何も出来なくなるのか?」
「・・・」
私が下を向いたまま何も言わなかったので、手に唇を当てられ、もう一度私を見て
「ん?」 と、いたずらっぽく尋ねられた。
私は全面降伏した。
「はい」 下を向いて答えた。すると、上様は両頬を触られて私をご自分の方を見るように促された。
「お里、うれしいよ。私もそうだからね」
そう言って、顔を近付けられた。
「ん・・・」 私も、素直に応じた。
「お里・・・あんなにつらい思いは今までにしたことがなかった。もちろん、お里にもあんな思いをさせたくない。私は傍にいるよ」 とおっしゃった。私は、上様の目を見て頷いた。
私の体調も日に日に良くなって、起き上がれる時間も増えてきた。食事や着替えなど、自分のことは自分で出来るようになったのだが・・・
「お里、まだ無理をしてはいけない。寝ていた方がいいのではないか?」 と、上様は心配症を発揮しています。少し起き上がろうとするだけで、横に来て支えてくださります。
「上様、もう自分で起きたりできますので大丈夫ですよ」
「無理をして、また倒れたらどうするのだ。いいから、私につかまりなさい」 と、この調子です。他の方も、いつも呆れて私たちを眺められています。大丈夫だと言っても寝かしつけられてしまうので、上様が表でお仕事をされている間に私は体を動かすことも兼ねて、部屋の掃除をしたりしています。
上様、菊之助様、お常さんと私の4人で今後について話すこととなった。まず、上様が話された。
「もうしばらくすれば、御膳所での仕事も出来るようになるとは思うのだが、毎日御膳所へ戻るのは、私としても心配だ。今回は、犯人が見つかったけれど、お里に何かあればと思うと・・・」
「しかし、今回は誰も予想出来ないことだったので、またこんなことが起こるとは考えにくいです。御膳所へ戻らないとなると・・・ここで、お里殿に生活をしてもらうこととなりますが・・・」 菊之助様がおっしゃった。上様が私の方をみて聞かれた。
「お里は、どうしたい? 正直に言えばいいぞ」
「はい。ありがとうございます。私は・・・お仕事をしていたいです。上様や皆様にご心配をおかけしたことは、心苦しく思いますが・・・お部屋で、何もせずジッとしているのは・・・性に合わないようです」
黙っていたお常さんが、続けて話してくれた。
「御膳所で仕事をしていた方が、常に誰かの目があります。今回、偶然にお里が朝に一人で水汲みをしているところを狙われたわけですが、普段は必ず誰かがおりますので、一人でお部屋にいるよりも安心な面もあるかと思います。もちろん、お里が一人にならないよう、私も注意いたします」
「それはそうかもしれないな。お里も仕事をしていたいと言うのなら、私はそれでかまわない。でも、もし何かお前にとってつらいことがあるようなら、すぐに言うことだ。だが、私はお里が仕事に戻ってしまうと、最近のように仕事の合間に会えないのはつらい」
「・・・・」 (全員、無言)
「今までは私が来る時間に合わせて、お里がここへ来ていたが夕方まではお里が一人でもこの部屋にいるということにしようと思う」
「・・・・」
「いいな!」
誰も返事をしなかったので、上様が念を押された。3人とも黙って頭を下げた・・・
というわけで、私は朝の準備と夕方の片づけの時間は御膳所で過ごし、その間の時間は今まで通りお部屋で過ごすこととなった。上様も徐々に、表の仕事を普段通りにこなされるようになり、全てが以前のように戻ろうとしていた。上様に大事にして頂き、幸せであったが、私の中に一歩踏み込めないわだかまりのようなものは、心の隅にずっとあった。
(私はこの世界で、今まで味わったことのないような幸せな日々を送っている・・・でも、ここに来る前の私はいったいどうなっているのか? もし、前の私が存在するのなら、私はこの世界から突然消えるかもしれない・・・上様が、今回私がいなくなってあれだけ心を痛められたのだから、もし私が消えてしまったら・・・そう考えると、ここまで上様と慣れ合ってしまったことを後悔することが時々ある。でも、上様を愛しく思う気持ちは止められない・・・)
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。