覚醒
「上様・・・上様・・・」
私は夢の中で何度も上様を呼んだ。上様はその度に、やさしく手を取って「お里。大丈夫だ」と言ってくださった。そして、私は幸せな気分になった。ああ、上様のお傍にいられるのだ。あの大きくて温かい手で私を守ってくださる・・・
「お里! お里!」 そう呼ぶ、上様の声が近くで聞こえた。お優しい声だった。だんだんと、その声が大きくハッキリと聞こえてきた。上様が私を呼んでおられる、早くお傍に行かなくては・・・そう思って、ゆっくりと目を開いた。
「お里!」 上様のお顔が近くにあった。心配そうに私を見ておられた。だいぶ、痩せられているようだった。顔色もあまりよくない。私は手を伸ばして、上様の頬を触った。上様は、その上から私の手を握られた。
「お里! 目が覚めたか?」
「はい! 上様」
「そうか・・・よかった・・・」 上様は涙を流されていた。
「ご心配を・・おかけ・・して申し訳ございま・・せん」 うまく声が出なかった。
「お里が謝ることではないぞ。何か欲しいものはないか?」
「はい・・・お水を・・・」
「わかった。お常、水を用意してやってくれ」
「はい。かしこまりました」
お常さんが、お水をスプーンにすくって飲ませてくれた。お常さんも涙で顔がグショグショになっていた。
「お常さん・・・ありがとうございます」
「お里・・・よかったよ・・・」
少しだけスッキリして、周りを見渡すと菊之助様、おぎんさん、おりんさんも心配そうに、そして泣きながら私を見てくださっていた。
「皆さま、ご心配おかけしました」
「お里殿。こんなときまで、そのように言わなくても良いのですよ」
菊之助様が優しく言ってくださった。
「・・・・・」「・・・・・」 おぎんさんとおりんさんはただ泣かれていただけだった。
「お里、あまり無理をしてはいけない。もう少し休むといい」 上様は私の手をとったままおっしゃった。
「上様、今日はお里殿の横にお布団を敷かせて頂きます。本日のご看病をお願いしてもよろしいですか?」 菊之助様が聞かれた。
「もちろんだ」 上様は大きく頷きながらおっしゃった。そして、私の方をみていつもの優しい笑顔を向けられた。
「ありがとうございます」 私も上様の方をしっかりと見て言った。上様は布団に入られてからも、私の手を離されなかった。
「お里、傍にいるから安心して眠ってよいぞ」
「はい・・・」
「どうした?」
「みなさんがいらっしゃっる時は、恥ずかしくて言えなかったのですが・・・」
「今は二人だけだ。何でも言えばよい」
「はい・・・上様? 抱きしめてくださいませんか?」
「!! 大丈夫か?」
「はい」
そう言うと、上様は私の方へ近づかれゆっくりと私を抱きしめてくださった。私は、その体温をとても懐かしく感じた。上様のお傍に戻ってくることが出来たと実感できた。上様は少し顔を離され、優しいお声で話された。
「お里、よくここへ戻ってきてくれたな。私は、お里が自分から離れていったのかもしれないと不安に思ったこともあった・・・どうしていいかわからず、ただこの部屋で待つことしか出来なかった・・・本当に、良かった」
「上様、ありがとうございます。私が戻るところはここしかありませんよ」
「ありがとう。おさと・・・」
そう言って、上様はいつもよりもずっと優しくキスをされた。そして、また抱きしめられた。私は、その温かさが心地よくそのまま眠りについた。上様は朝まで、私を抱きしめていてくださった。
朝は私の方が早く目が覚めた。上様は私のすぐ横で眠っておられたので、その頬に手を当てた。
「ん? お里、起きたのか?」
「はい、上様。おはようございます。起こしてしまって申し訳ございません。昨日は私のせいで、よく眠れなかったのではないですか?」
「おはよう、お里。お里のおかげでよく眠れたよ。起きてすぐ傍にいてくれるなんて、幸せだよ」
「私もです」
上様は、何度もキスをして抱きしめてくださった。しばらくすると、襖の向こうで咳払いが聞こえた。
「上様? 入ってもよろしいでしょうか?」
上様と私は顔を見合わせて笑った。いつもは私が上様から少し離れるのですが、今日は私が動けないので上様が体を起こされ、座られた。
「ああ、はいれ」 上様が言われた。
「失礼いたします」 菊之助様は、平然とした顔をして入ってこられた。そして、私の方を見て挨拶をしてくださった。
「お里殿、おはようございます。少し顔色も良くなられたようですね。何かあればすぐに言ってくださいね」
私は失礼だけど、寝たまま挨拶をした。
「おはようございます、菊之助様。このままで申し訳ございません。色々とありがとうございます」
「もうすぐ、お常が朝餉を持ってまいりますので、少しずつ食べれるものから食べていきましょう。無理は絶対にいけませんよ」
「はい。ありがとうございます」そう言ってから、菊之助様は上様の方を向かれた。
「上様、例の件ですが・・・」
「お里のいるところでする話ではない!」 上様は、一瞬で威厳のあるお顔をされた。
「はっ。申し訳ございません」 菊之助様が、一歩下がって頭を下げられた。
少し緊張した様子を私は察してしまったので、口を挟んだ。
「上様、私を連れ去った方の処分の件ですか?」
上様はチラッと菊之助様を睨まれてから、言われた。菊之助様はバツが悪そうな顔をされていた。
「ああ、だが今回の件はお里の言うことは聞けない。お里には悪いがこれだけは私が決める」
私は、ここは口を挟めないことはわかっていた。今回は、前回のお糸さんの件と違いすぎることは私にもわかっている。
「はい。上様にお任せいたします」
私はそう言った。上様も私の顔をみて頷かれた。いつもの優しいお顔に戻られていた。
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