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救出

 ここからは、また私が知らない間の話・・・


 前から大きな荷物を持って歩いている男がいた。男は、止まって菊之助に挨拶をした。菊之助も挨拶を返した。その瞬間、荷物のバランスが崩れて、箱を落としてしまったらしい。


 「重そうな荷物だな」


 菊之助は男に言った。


 「はい。古い書物や、いらない書物を整理するようにとのことでございます」


 「そうか、暑い中ご苦労であるな」


 「はい。ありがとうございます」


 男は、そう言って荷物を抱え直し歩き始めた。菊之助も男が来た方向に向かって歩き出した。


 (そういえば・・・あの男、お里殿と暑気払いの宴で話していた男だったな)


 思い出しながら、菊之助が歩いていると足元にキラリと光るものが落ちているのに気が付いた。


 (!!! これは・・・!! お里殿の根付!)


 菊之助は急いで振り返り、来た道を戻った。男は大汗をかきながら、荷物を運んでいた。


 「おい!」


 「はい。なんでございましょう」 男は振り返った。


 「その荷物だが・・・どちらに?」 菊之助が聞いた。


 「はい。庭にて焼却するつもりですが・・・」


 男は、さらに汗をかいているようだった。


 「申し訳ないのだが、私も焼却したい書物があってな、一緒に持っていってもらえないだろうか」


 菊之助は平静を装って言った。ここで騒ぎ立てると後々面倒なことになり、上様にも迷惑がかかる。男は明らかに嫌そうな顔をした後、「承知しました」と言った。


 「そうか。では、私の部屋まで来てくれ。良ければ、その荷物を一緒に持とう」


 「いえ。一緒に持って頂く程、重いものではありませんので」


 男はそう言った。部屋まで一緒に歩き男を部屋に招き入れたあと、襖を閉めた。そこには、おぎんとおりんが先回りして待っていた。


 「悪いが、中を改めさせてもらう」


 「何故ですか?」男は、慌ててそう言った。そして、箱をもう一度抱えようとした。


 「控えよ!!!」


 菊之助の顔は、鬼のようになっていた。おりんとおぎんが男を押さえつけている間に、菊之助は小刀をうまく使い釘をはずし蓋を取った。

 

 中には、手ぬぐいを口に巻かれ、手足を縛られたお里がいた。


 (!!!!)


 「この者は?」 菊之助は、お里の名前を出さなかった。お里を知っていることがバレてはならない。


 「いえ、あの・・・」 


 「箱の中に女子を入れて、どうするつもりだった? 後で沙汰を致す。この男を縛っておけ!」隠密の2人にそう言いつけ、菊之助はそっと木箱からお里を抱きかかえた。まず、手ぬぐいをはずし、手足のひもをとった。


 意識を失っているお里に、顔を近付けた。息はしているようだった。そのとき、お里が何か言おうとしたので、今度は耳を近付けた。「上様・・・」菊之助は、その場で泣きそうになったのをグッとこらえ、小声でお里に言った。


 「お里殿、もうすぐ会えますよ」


 そう言って、お里をしっかりと抱きかかえ廊下を走った。幸い、廊下を歩いている他の者はいなかった。中奥から、庭をぬけ、隠し通路を通り上様が待っているお夕の部屋へとお里に負担をかけないギリギリの早さで走った。


 襖が閉まっていたので、両腕でお里を抱えている菊之助は外から声を出した。


 「上様!」 少し、声を絞って呼んだ。


 「なんだ、菊之助」 上様は、ずっとこんなかんじだ。感情がなくなってしまっている。


 「お里殿でございます。襖をお開けください」


 そう言うと、すごい勢いで走ってくる音がして襖が勢いよく開いた。


 「お里!!」


 上様が、その場で抱き付こうとしたので菊之助は先に言った。


 「とにかく、中へ」


 そう言って、中に入り、襖を閉めた。


 畳の上にそっとお里をおいた。上様は、「お里! お里!」と何度も呼びかけた。すると、お里が薄っすらと目を開き、「う、うえさま・・・」と言って手を伸ばした。上様が、その手を取り「大丈夫だ。ここにいるぞ!」というと、またゆっくりお里は目を閉じた。


 「お里!」上様は、もう一度名前を呼んだ。


 「上様、まず匙を呼びましょう。大丈夫、しっかり息はされているようです」


 「ああ、頼む」 上様はお里から一時も目を離さないで言った。


 そうしている間に、おぎんとおりんが部屋に入ってきた。


 「とりあえず、男を隠し牢に入れてまいりました。まず、布団を用意いたしますね」おりんが言うと、


 「お常さんに、手当に必要なものを揃えてもらえるように言ってまいります」おぎんがそう言って、すぐに部屋を出て行った。


 布団を用意してそこにお里を寝かせた。


 「お里・・・かわいそうに・・・」


 上様は、お里の手をずっと取ったままだった。もう一方の手で、縛られて赤くなった部分をさすりながら呟いた。


 「失礼いたします」


 お常が部屋に入ってきて、お里をみた瞬間泣き出してしまった。


 「お里・・・見つかってよかった・・・」その後、桶で手ぬぐいを濡らし、お里の顔や手を拭いてやった。


  おりんが匙の到着を知らせた。上様専属の匙が別にいるので、お里を診る匙はここにいるのが上様だとは思いもしていなかった。お常以外は、縁側で待つこととなった。その間も上様は、気が気でないらしく、廊下を行ったり来たりしていた。


 診察が終わり、匙の話を聞くために、みな部屋の中へと入った。


 「まず、食事と水分をまともに取っていなかったため衰弱が激しい。2、3日はこのままの状態が続くだろう・・・頭を打っているため、熱が出ることがあるかもしれないが、大事には至らないであろう。とにかく安静にしておくことだ」


 全員、とりあえず胸をなでおろした。

 

 それから、お常、おぎん、おりんが交代でお里の看病をした。上様は、表の仕事が終わるとすぐに部屋に戻ってきて、お里の傍についていた。


 「お里が目を覚ましたときに、私が近くにいてやらないと不安になってしまうだろう」


 菊之助が、何度少しお休みくださいと言っても、そう言うのだった。

 

 2日目くらいから、お里は時々目を薄っすらと開けることが増えた。その度に上様の名を呼び、上様が手を取って答えると安心したかのようにまた眠る・・・その繰り返しだった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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