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脱出

 私は、呆然としていた。その人は、近付いてきて話始めた。


 「お里、私はお前を初めて見て話した時から好いていたのだよ。しばらくして、お役目が変わって、お里 と会えなくなった。とても寂しかったよ。大奥内に入ることは決して出来ないからな。私は諦めようと思った。だが、この間の暑気払いの宴でもう一度お前に会ったとき、どうしても自分の傍におきたいと思った。

 だから、宴の中話しかけてきた女中たちに御膳所ではどのような仕事をしているのかなど質問した。誰かが、朝の水汲みはいつもお里がやっていると教えてくれた。

 なかなか、奥の中へ入ることは困難だったけれど、朝一番ならなんとかなった。私は、毎日毎日お前が一人で水汲みをする日を待った・・・そして、昨日その場に居合わせられたのだ。やっとこの時が来たのだと、天にも昇る気持ちだった。嬉しすぎて、お前を連れ去るときに力が入り過ぎてしまった。痛いところはないか?」


「・・・・・」


「今はしばらくの間ここでやり過ごして、ほとぼりが冷めた頃にここから連れ出してやるから心配するな。私の傍にいてくれればいいからな」


「・・・・・」


(この人、おかしい・・・私の気持ちは聞いてもくれない。それより、きっと、上様や皆さんが心配されているはず。どうしたらいいのかしら)


「お里、大丈夫だよ。女中が一人いなくなったくらいで騒ぐのはせいぜい3日ほどだ。きっと、奉公がつらくて逃げだしたと思われるだけだから」


 私は、縛られた手足をバタバタと動かしてみた。


「お里、騒いでも無駄だ。ここは、書物などが置いてある小屋だが、その中でも必要のないものをしまっておく小屋だから、ここに近付くものはほとんどいない」


「・・・・・」


(何とかしてここから逃げ出さなくては・・・上様!)


「お里、頼むから騒がないでくれ。私はお前に乱暴をしたくないのだ」


「・・・・・」


(ここは、騒いでもどうにもならなそうだわ。落ち着いて、ゆっくり考えよう・・・まずは、言うことを聞いておいた方がよさそう)


私は、うんうんと頷いた。


「そうか。わかってくれたんだね。いい子だ」


そう言って、私の髪をなでた。私は、目を伏せて顔を見ないようにした。しばらくすると男は、また来るからと言って、小屋から出て行った。


 私は必死で考えた。


(きっと、このまま外に連れ出されたら2度とここへは戻れない・・・何より、私のことを案じてくださっているであろう上様が心配だわ。おぎんさんもおりんさんもきっと私を探してくれているはず・・・なのに、見つけてもらえないならここは本当に誰も来ない場所なんだわ)


何時間経ったかわからないけれど、次に男がやってきたときは蠟燭を灯しながらやってきた。夜なのだということがわかった。水と小さなおにぎりを差し出して言った。


「少しは食べておかないといけないな。今から、手ぬぐいをはずすけれど、絶対に声は出すんじゃないよ」


私は、頷いた。食欲があるわけじゃなかったけど、このまま倒れるわけにはいかない・・・手や足は縛られたままだったので、男が口に運んだおにぎりと水を無理やり飲み込んだ。


「もうすぐここから出られるから、それまでおとなしく待っているんだよ。ああ、楽しみだな、お里」そう言って、また男は小屋から出て行った。


昼間の蒸し暑さが和らぎ、夜は少し涼しく感じた。そのことが、ここは日の当たらない人気のない場所だと知らせているようだった。

 

 次の日も次の日も、同じようにたぶん朝と夜に男は様子を見にやってきた。そして、男は帰り際に言った。


「明日は、お前をここから連れ出そうと思う。もう少しの辛抱だ。私の傍で可愛がってやれると思うと嬉しいよ」


(明日には、城から出される・・・それまでに、何とか私の居場所を知らせないと・・・)



次の日に男が小屋に入って来たとき、大きな木箱のようなものを運んできた。私は、緊張していた。


「お里、待たせたな。やっと、ここから出してやれるよ」


「・・・・・」


「さあ、しばらくの間この箱に入ってもらうからね。お里一人くらいなら、この箱ごと持てるからね。大人しくしていておくれ」


私は、観念して頷いた。


「念のために、箱の蓋は釘で打たせてもらうよ。息ができるように少し穴を開けておくから心配いらないよ」


(!!!)


男が向こうを向いて、箱の準備をしている間に私は縛られた手をなんとか帯の方へ持ってきて、上様とお揃いの根付を握りしめた。


「さあ、お里。しばらくの我慢だよ」


男は、私をひょいと持ち上げやっていることとは反対にやさしく箱の中においた。見かけは小さな箱で、こんなところに入るのかしら?と思っていたけれど、中は少し余裕があった。私は箱の中の穴を確認しておいた。


(チャンスは1回だけ・・・)


私が、箱に収まったのを確認すると、男は蓋を閉めてから釘を打ち始めた。カン!カン!とすごい音が耳元でして、気を失いそうだったけれどここで気を失う訳にはいかないと思い、必死に耐えた。


「さあ、出立だ」


そう言って、男は箱を抱えた。私は、少し揺れたがそれよりも集中して耳を澄まし、外の様子を伺った。しばらく、戸を開けたり閉めたりしながら廊下を歩いているようだった。周りの音は全く聞こえなかった。一度砂利を歩く音が聞こえたが、またどこかの廊下を歩き出したみたいだった。


「ご苦労様です」などと、声をかけたりする声が聞こえてきた。


(今だ!!)


私は、根付を穴に押し込んだ。だが、根付と穴の大きさがほぼピッタリだったため、なかなか向こう側に落ちない。私は、焦りと戦い出る限りの力を集中させた。


コトン!!根付が廊下に落ちた音がした。


(バレてしまったかしら)


私はドキドキした。でも、揺れは止まることなく歩を進めているようだった。


(誰か! 気付いて!)


そのとき、男は止まって「ご苦労様です」と、挨拶をした。


「ああ、大きな荷物だな」


(!!!! 菊之助様のお声だわ!!)


私は、全身の力を振り絞って体を揺すった。急に動いたので、男は箱のバランスが取れなくなり私ごと箱を落としてしまった。その時、私は頭を打ったのだろうか、また意識が遠のいてしまった。



ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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