誘拐
その後のことを、私は知らない・・・
「上様、お里はこちらにおりますでしょうか?」
お常が、血相を変えて部屋へ入ってきた。
「お常、どうした? お里はまだここへは来ておらん。私も珍しいと思っておったところだ」
この部屋へお常が来るのは2度目だ。しかも、何の連絡もなしにここへ来るような無礼はしないはず・・・上様が少し緊張した顔をした。
「何かありましたか?」菊之助も緊張した顔でお常に聞いた。
「はい。朝、御膳所でも見かけなかったもので・・・普段こちらのお部屋へ向かう時も、必ず私に声をかけてから向かっています。不思議に思って、他の女中たちにお里を見たか聞いたのですが、みな今日は見かけていないと・・・布団はきちんとたたまれており、着替えをした後があるので、朝御膳所には向かったはずです」
みるみるうちに、上様の顔が青くなっていった。
「他に何か変わったことは?」 菊之助が早口で聞いた。
「はい。井戸の水を汲む作業が中途半端で終わっていました。朝はバタバタしておりましたので、誰かがやりかけたのだろうと、続きをほかの女中にやらせましたが・・・」
お常も、動揺し手が震えだしていた。菊之助がお常に指示した。
「お常、とりあえずお前は仕事に戻れ。あとは、こちらで探ってみる。それから・・・お里は、しばらくお夕の方様の看病のため部屋に詰めるということにしておけ」
「は、はい。わかりました。お里を見つけてくださいませ。よろしくお願いいたします」
「わかっておる。心配するな。何かわかれば、こちらから連絡をする」
「はい。よろしくお願いいたします」
そう言って、お常は部屋からさがった。
お常が部屋からさがったあと、すぐに隠密の二人が現れた。
「上様・・・」
「お里をすぐに探せ。何としても見つけてくれ! 早く!」
「はい」 二人はすぐに、姿を消した。
菊之助と二人になった上様は
「おさと・・・どこにいったのだ・・・」
そう言って、頭を抱えられた。菊之助はその様子をみて、わざとゆっくり話した。
「上様、お里殿がここからいなくなられるのはご自分で出ていかれるか、誰かに攫われたかどちらかです」
「お里が何も言わず、私の前からいなくなるはずがない」
「はい。お常に状況を聞いた限りでは後者でしょう・・・私も尽力して、お探しします。でも、もし最悪の場合のことは覚悟していてください。上様はそういうお立場です」
「わかっておる」
「申し訳ございません。私も言いたくないことを口に致しました」
「ああ・・・」
上様は、それから何も話さなかった。菊之助もただただ過ぎていく時間をとても長く感じていた。
その日だけは、菊之助も上様の状態をみて中奥に戻るのは無理だと、すべての予定を調整した。夕方になって、隠密の2人が部屋に戻ってきた。
「どうであった?」
上様が待ちかねたように、急いで聞いた。
「はい。私たち二人で女中になり、各方面に探りを入れたのですが、今日お里殿を見かけたものは誰もおらず、怪しい動きをしているものも見当たりませんでした」
「そうか・・・」
上様は俯いたまま、そう呟いた。
「御膳所の女中が関わっていないとなると、側室方面か? でも、側室でお里殿に会ったことがあるのは、宴席で同席した二人だけだ」
菊之助が考えながら話した。
「とにかく、今から側室方のお部屋を探ってみます」
「そうしてくれ」
菊之助がそういうと、二人はまたあっという間にいなくなった。
次の朝になっても、お里は見つからないままだった。
お常が、部屋に入ってきた。お常は元気の全くない上様を心配しながら言った。
「上様、何か少しでもお腹に入れられないと・・・」
と、食べやすいようにとおにぎりと漬物を運んできた。同じものを菊之助の前にも置いた。
「ああ・・・」 上様は、返事だけをされた。
「上様、さすがに今日は表の仕事をしていただかないとなりません」
菊之助が辛そうに言った。
「ああ・・・」
それから3日・・・上様は憔悴しきっていた・・・
上様、菊之助、おぎん、おりんで状況を報告し合った。
「上様、側室方の方も怪しいものはいないようでした」 おぎんが言った。
「城からここ3日、女中が出て行ったということもないようです。また、お清殿に確認したところ、無断で休んでいるものなどもいないようでした」菊之助も報告した。
「だったら、お里はどこへ行ったのだ!!」上様はイラついた様子でそう言った。言ったあと、深いため息をついて「おさと・・・無事でいてくれよ」と呟いた。
「とにかく・・・まだ、城の中におられる可能性は高い! 小屋や納戸など可能性があるところは全て探せ」
菊之助が隠密に指示をした。
・・・・・・・・・・・・・・・
私は、目を覚ましてもまた暗闇だった。いったい、昼か夜かもわからない。何日経っているのだろう。そして、なぜこんなところにいるのか・・・
その時、戸が開いて光が漏れた。
「やっと目を覚ましたか?」
(男の人の声・・・誰?)
「なかなか目を覚まさないから心配したよ」
そう言って近づいてきた顔が、漏れた光が照らして見えた。
(!!!!!)
「あっ!」
私は、口を手ぬぐいで塞がれていたので、こもった声を出した。
「お里、やっとだよ。お前は、なかなか一人にならなかったからな。毎日、朝に井戸に来るのはわかっていたから、私も毎日あそこで見張っていたんだよ」
私が見た顔は見覚えのある・・・書物係のお役人様だった。
本日も、読んでくださりありがとうございます。
お盆休みの間は、ちょっとしたエピソードを加えて2回投稿させて頂きました。少しずつ、読んで頂いている方が増えていくのは本当に嬉しいです。
また、ブックマークや評価での応援を頂き本当に感謝いたします。
そろそろ完結しようかと思っていたのですが、もう少し頑張りたいと思いますので応援して頂ける方は今後もよろしくお願いします。