気配
最近、上様のお部屋にいるとき誰かに見られている気がする・・・私の前には、上様と菊之助様・・・時々、おぎんさんとおりんさんがおられたりもするけれど、それ以外に視線を感じるときがある。夏になって、縁側の襖を開けておくことが多いのでそう感じるだけだろうか・・・もちろん、甘い時間のときには襖は閉めています。
「上様、今日も暑いですね」
と、言いながら扇子で私の膝の上に頭を乗せられている上様に風を送っていた。
「ああ、このまま動きたくないな」
それを、見られていた菊之助様が
「上様は、いつもそこから動きたがられませんがね」
とおっしゃった。
「菊之助、うるさい。もう下がっていてもよいぞ」
「はいはい。では、またお昼過ぎにまいります」
そう言ってから、部屋を出て行かれた。
「お里も暑いであろう。今度は私に扇子を貸してみよ」
上様が私から扇子を取ろうとされた。
「いえ、私は大丈夫でございますよ」
笑顔で、扇子を後ろに隠した。すると、上様は前から抱き付かれ私が後ろに隠した扇子を私の手と一緒に取られた。
「ああ、可愛いなあ」
「そんなことを言ってくださるのは、上様だけでございます」
「いや、お里がわかっていないだけだ」
「???」
私が不思議そうな顔をしていると上様は、クスッと笑ってそっとキスされた。
「わからなくていい・・・」
そう言って、頬にもう一度キスをされた。
やっぱり恥ずかしくなり、顔が赤くなるのはどうしても治らない。だけど、そうなることが可愛いといつも上様は言ってくださる。
昼を過ぎて少しすると菊之助様が来られた。菊之助様が来られるといつも、少し不機嫌になられる。
「上様、そのようなお顔をされても私もお役目がありますので」
菊之助様が、呆れたように言われる。これはいつものことです。さらに・・・
「菊之助は、わざと早くきているだろう。邪魔をするために」
そう言われるのもいつものことです。このやりとりが終わると、上様は観念されたように、中奥へお戻りになられる。
私は、一人になると途中までしか出来ていなかった掃除にとりかかった。襖を開けて、風を取り込んだ。庭の方から視線を感じたので、ふと振り返ったけれどそこには誰もいなかった。
(突然現れる隠密のお二人なら、お声をかけられるはずよね。やっぱり、気のせいかしら)
そう思って、掃除を済ませ御膳所へと戻っていった。
日照りが続き、いよいよ暑さでバテそうなある日、上様の為にお庭に水を入れたたらいを用意した。
「上様。今日は縁側で涼みませんか? 菊之助様には、事情を説明しておぎんさん達に見張りにたってもらってますので・・・」
「そうか! そうしよう」
そう言って、嬉しそうに縁側に座られた。私は庭におり、たらいを丁度上様の足元へ来るように移動させた。
「上様、足袋を脱がさせて頂いてよろしいですか?」
「?? 何をするのだ?」
「足をお水につけるのです。少しでも、涼しくなりますよ」
「おお、それはいいなあ」
そう言って、上様の足を取り足袋を脱がさせて頂いてゆっくり水につけた。
「ああ、冷たくて気持ちがいい」
「そうですか。喜んでくださってよかったです。暑さで体がまいってしまうといけませんから、少しは涼しくなってもらおうと思いました」
「お里、ありがとう」
上様が笑顔でおっしゃったので、私も笑顔でかえした。そして、別で用意をしておいた水に手ぬぐいを浸し、絞ってから首や腕の汗を拭かせてもらった。一通り、拭き終えると
「そうだ、お里もこっちに座って一緒に足をつければよい」 と、おっしゃった。
「いえ、私は大丈夫でございます」
と言ってる間に、上様が私を横に座らせ足を取って足袋に手をかけられたので、私は急いで
「わかりました。自分でやりますので・・・」 と言った。
それほど大きなたらいではなかったので、上様はもう少し近くに来るようにと私を抱き寄せられた。私も素直に従い、少しの間《涼》を楽しんだ。
「上様、ここに冷たいスイカがあるといいですね」
私は、思いついたかのように言った。
「ああ、スイカか・・・いいなあ」
上様もそうおっしゃったので、私は、次は用意しておきますね。と上様に笑顔で言った。
その日は、上様も満足されたのか菊之助様のお迎えに素直に従われ中奥へ戻られた。
私は、たらいなどの後片付けをしていると、後ろにやっぱり気配を感じる・・・
そして、振り返ってみても誰もいない・・・いったい何なのだろう、と不思議に思っても、また御膳所に戻ると忙しさで忘れてしまっていた。
次の朝、私は朝一番に井戸で水汲みをしていた。少しでも涼しい間に終わらせようと思い、早めに起きたのです。
(今日も暑くなりそうだわ。そうだ、今日はスイカを冷やして上様にお持ちしていいか、あとでお常さんに確認してみましょう)
そんなことを考えていたとき、急に後ろから誰かに抱き付かれた。私は、声をあげようとしたけれど、その前に口も押えられて声が出せなかった。動けば動くほど、押さえつける力が強くなり、私はだんだんと意識が遠のいていった・・・
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。




