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 ある日の夕方、御膳所にお清様が来られた。お常さんから呼ばれ、


 「お里に話があるそうだよ。奥の座敷にお通ししたから、今から行っておいで」心配そうな顔をして言われた。


 「はい。行ってきます」 私も、少し不安そうな顔をして言った。


 部屋に行くと、お清様がお一人で座っておられた。


 「失礼いたします」


 私はそう言ってから、お清様の前に座った。


 「お里、ご苦労だね」


 お清様へのこわさは、ほとんど感じなくなっていたけれど、やっぱり何を言われるのかドキドキしながら、話を待った。


 「お里、先ほど上様とお話をしていてね」 お清様が話始められた。


 「はい」


 「今度、ある大名の家に訪問されることとなりました。京都とは違い、1週間ほどの行程とのことです。今回は、正式なご訪問なので普通、伴うなら御台所様か正式な側室の中から選ばれる。しかし、上様はお夕の方様を同行されるとおっしゃられている」


 「そうでございますか」


 「おそらく、明日、お夕の方様に同行の件のお話があることでしょう」


 「・・・・」


 「それをお断りしてほしいのです」 お清様は、ハッキリとした口調で言われた。


 「はい・・・お夕の方様にお伝えいたします・・・」すると、お清様は私の顔をジッと見て言われた。


 「あなたに言っているのですよ。お里」


 (!!!!!)


 「えっ?」


 私は、どうすればよいかわからず、固まってしまった。


 「お里、私は一度目は見事に騙されました。が、二度目のあの宴席では騙されませんでしたよ。何人の女子(おなご)を見てきていると思っているのか」


 「・・・」


 「上様は、最近変わられました。もちろん、年齢に応じてということもあるかと思いますが、今まで表の仕事は老中任せだったのに、少しずつ携わろうとされているそうです。今回の大名家へのご訪問もその一つです。それは、あなたという信頼できるお方を見つけられたからでしょう」


 「いえ・・・そんな・・・」


 「隠しても無駄ですよ。お二人が今のままの生活が良いというのであれば、私はしばらく黙っていようと思っているのです。世の中、もちろん大奥も変わらねばならない時がきっと来ます。そのときまでは、と・・・」


 「お清の方様・・・」


 お清様は、少しだけ優しい目をされて、頷かれた。


 「でも、今回は正式な行事です。そこにお夕の方様が同行されれば、今後も行事には参加して頂かないといけないことになります。もし、あなたが同行することになれば、私も無理やりにでもお里として側室になることを進めなければなりません」


 「それは・・・」


 「上様は、私があなたに酷いことをすると思われ、最近は特に私の話を聞こうともされません」


 「・・・」


 「ですから、あなたからお断りして頂きたいのです。もちろん、あなたが側室になられるというなら、私はその準備を進めてまいりますが・・・」


 「側室になんて・・・」


 「だったら、お断りしなさい」


 お清様は、上様と私のことを考えて言ってくださっていると思った。初めてお会いした時は、とても冷たい目をされていたが、今はちがう・・・


 「わかりました」


 そう言って、頭を下げた。


 「そうですか。私も今はこの状況を黙認していますが、事と次第によっては、あなたを縛り付けてでも側室にあがらせないといけない時が来るかもしれないですね」


 「えっ?」


 私は、一瞬凍り付いた。


 「それは、今は冗談です。上様が穏やかに過ごされるよう、精一杯つとめてくださいね。頼みましたよ」


 「はい」


 私は、もう一度頭を下げてお清様を見送った。



 次の日の朝、やはり上様からその話があった。


 「お里、今度は一週間ほどの行程で、大名の家に行くことになった」


 「はい・・・」


 「急だが、三日後には出立する」


 「そうでございますか」


 「もちろん、お里も一緒に同行するのだよ」


 そのとき、「上様!」と菊之助様が割って入られた。


 「菊之助は黙っておれ!」 上様は一瞬で菊之助様の言葉を制された。


 (あっ、この件は菊之助様もお清様と同じお考えなのだわ)


 「お里、またおぎん達に世話を頼んでおくから、準備をするのだぞ」


 「上様?」


 「なんだ?」


 「あの・・・今回のご訪問は正式なものなのでしょうか?」


 「ああ、そうだが、お里は何も気にすることはない」


 「いえ、私は側室になった訳でもございません。そのような正式な場に出ることはできません」


 「何を言っている?」


 上様はまさか私がお断りするなんて、思ってもおられなかったのだろう。驚かれたお顔をされた。


 「ですから、今回はご同行できないと申しました」


 「私は、京都に行ったときのようにお里と一緒にいたいのだ」


 「お気持ちはとても嬉しいです」


 「なぜだ!!!」 上様が立ち上がられた。私は少しビックリして、固まった。


 「私は一緒にいたいと思っておるのに、お前はそうではないのか?」


 「上様・・・そういうことではございません。正式なご訪問に同行することができないと申しているだけでございます」


 私は、頭を下げた。上様は、立ったまま私を見られ、怒っているのか悲しいのかわからないようなお顔をされた。


 「上様?」


 私は、わかっていただけかと問うように声をかけた。すると、上様が後ろを向かれた。


 「もうよい!」


 と言って、そのまま部屋を出ていかれた。私は、その後姿をただただ見送ることしか出来なかった。


 部屋には、私と菊之助様の二人になった。菊之助様は私たちのやりとりに口を挟まず黙って聞いておられた。


 「お里殿? 今回の事、先に御存知でしたか?」


 「はい。昨日の夕方にお清様が御膳所へこられました」


 「そうですか。で、なんと?」


 「私が今回の訪問に同行すれば、正式に側室にあがらなくてはならなくなると・・・」


 「そうですね。私もそれを危惧しておりました。お里殿はどうされたいのですか?」


 「私は・・・このお部屋で上様とお会いし、御膳所でも働けることが幸せでございます」


 「わかりました。上様は、あなたを大事に思っていらっしゃいます。先ほども、あなたに拒絶されたと思い、拗ねておられるだけです。ただ、訪問の準備があるため、今から会えないまま、出立されることとなります。もしよろしければ、今から上様を連れ戻してまいりますが・・・」


 「菊之助様? 私はわがままを言っているのでしょうか?」


 「私はわがままだとは思いませんよ。お里殿の正直な気持ちを話されるところに、上様は惹かれておられるのです。その上で、どう判断されるかは、お二人のお気持ち次第です」


 「ありがとうございます」 私は、菊之助様に頭を下げた。


 「で、どうされますか? 上様を連れ戻しますか?」


 「いえ、このままで大丈夫です。今、上様ともう一度お話したところで、上様も意地になられるでしょうから」


 私は、苦笑いを菊之助様に向けた。


 「そうかもしれませんね。たった一週間のことです。上様にも少し頭を冷やしてもらいましょう」

と、菊之助様も苦笑いをされた。


 「そんなふうには思っておりません」 私は少し焦って言った。 

 

 「わかっていますよ」と菊之助様が笑われた。



ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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