真相
上様は、私の手を握りながら話された。
「あの日、私はこの部屋で昼間はゆっくり過ごしていた。菊之助は中奥で用事があったので、それが終わるまで本でも読もうと思ってな。その時、お糸が入ってきたのだ。私は、お夕の格好ではなかったから少し焦った。一瞬菊之助の振りをしようかと思ったが、以前お里と来た時に、菊之助には会っていたからな。
あいつは、私を見て『上様でございますね』と聞いてきた。私がお夕の部屋へ通っているのは、今ではみなが知っていることだから、そうだと言った。お夕も、お里もいないから下がるように言ったのだが・・・お里から忘れ物をしたから取ってくるように言われたと部屋の中へ入ってきた」
「私は、そのようなこと・・・」
「今から考えるとそうだな。お前が人に自分の忘れ物を取りに行かすなど・・・まして、この部屋に一人で行くようになんて言うはずがなかった」
「はい・・・」
「お糸は、忘れ物を探すと部屋のあちこちを見て回っていた。私は、放っておいて本を読むことにした。すると、棚の上の方を指してここにあったと言うのだ。お前がそんなところに何を忘れたのだろうと少し気になって、棚を見た。お糸は、届かないから取ってくれというので、私は立ち上がり棚を覗こうとしたとき・・・お糸が抱きついてきたのだ。私が振り払おうとしたとき、お糸が足を滑らせ・・・その時に、お里が入ってきたのだ・・・お前が入って来なかったら、その場で怒り、お里に二度と近づくなと言って済むだけだった・・・でも、お里のあの顔を見た時、咄嗟に動けなかった。だけど、あの時にお前を追いかけて、無理にでも話をするべきだった。一瞬、自分が情けなくて、お前に合わせる顔がないと思ってしまった」
私は、その光景をまた思い出し、思い切り目を瞑ってしまった。すると、上様がすぐに抱き寄せて「すまない」と言われた。
「上様は、何も悪くございません」
「だが・・・お前を傷つけてしまった。私はそれが一番つらいのだ。
菊之助やおぎんたちをお前のところにやって、真実を話さすのは簡単なことだった。でも、自分で話すことも出来ない私を、お里が信じられなくなり離れていってしまうのでは・・・と・・・だから、お里が私の話を聞こうと思ってくれるまで、待つことにした。」
「私もつらいです。上様が私を信用して、お夕の方様の格好までしてくださったのに。このような形で裏切ることとなってしまいました。もとはといえば、私がお糸さんをこの部屋まで連れてきたことが原因だったんですね。申し訳ございません」
「お里が謝るな」
「でも・・・」
また涙が出てきた。
(お糸さん、どうしてこんなことを・・・私はどうしてこう裏切られるのだろう・・・お糸さんのことを妹のように思っていたのに・・・お糸さんも私の事を慕ってくれていると思っていた。なのに、どうして? 私の事が、憎かったの? それとも他に何かあったのかしら)
私は、しばらく考え込んでいたらしい。上様が、心配そうに私の目を覗かれた。
「お里?」
「はい」
「私が、お里が菊之助に手を取られて、嫉妬して機嫌が悪くなったりしたときがあっただろう?」
「はい」
「でも、それらは始めからわかっていたことだ。あの状況で菊之助がそうすると私と打ち合わせていたからな。しかも、菊之助は私とお前のことを知っている。それでも私は耐えられず、機嫌が悪くなったのだ」
「そうでございましたね」
私はそのときのことを思い出し、フッと笑ってしまった。
「もし、これが反対だったなら・・・私は理由も聞かず、お糸に殴りかかっていただろう」
「そんな・・・」
「まあ、それは言い過ぎかもしれないが、お里の気持ちが痛いほどわかるということだ」
「・・・」
「どうした?」
「あの後、お糸さんは御膳所から違う場所へ、移動されました」
「ああ」
「私はご側室になられたのかと・・・」
「そんなこと、あるわけがない。お里のことを騙したヤツが!」 吐き捨てるように言われた。
「では?」
「ああ きっと、本当のことがわかったとしても優しいお里のことだから、自分が辛い思いをしても一緒に仕事をしたであろう・・・私はそこまで器が大きくないからな、そんなことは許さない。だから、お里とは絶対に会うことがないところへ移動させただけだ」
「えっ?」
「大丈夫! 斬ったり、牢屋に入れたりするわけではないから」
「そうですか」
(上様のことだから、少し怖くなったけど、良かった。これ以上お糸さんのことを考えるのはやめよう。私には心から信用できる上様が傍にいてくださるのだから・・・)
今度は私から話すことにした。
「上様?」
「ん?」
「私はここまで、嫉妬深い人間だとは思いませんでした。胸が締め付けられてあんなに苦しいなんて、初めてです。お糸さんのことも、一生許せないです。上様が思われるような、そんな器の大きい人間ではありません。」
「そうか」
上様が私の方を向かれて笑いながらそう言われた。私は続けた。
「でもこれは、上様にだけの気持ちのようです」
「そうでなくては困るな」
そう言われて、私たちは同時に抱き合った。お互い寂しかった気持ちを埋めるように・・・
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