決意
寒さで朝早く目が覚めた。一瞬、頭の中で昨日のことを思い出し、ゆっくりと周りを見渡してみると、やっぱり古い家屋の天井である。横には、女中達が布団を並べ、ぐっすり眠っている。
(あーあ やっぱり昨日の状況が続くのか…これっていつまで続くのかしら…夢だったらそろそろ覚めてくれてもいいんだけど…)
そう思いながら寝返りをうつと、1人の女中と目が合った。
(今の私と同じくらいの歳かなあ…)
女中はニコッと微笑んで
「おはようございます」と言ったので、私も小声で返した。
襖の方を指差して、外に出ようと合図されたので、私も見よう見まねで身支度をして部屋を出た。
二人で底冷えする廊下を手もみして歩きながら挨拶をした。
「昨日から奉公にあがられた、お里さんですよね? 私はここにきて2年になるお加代と申します」
「お加代さんね。何だかわからないことばかりで…よろしくお願いします」
お加代はニコッと笑って頷いた。
(とても笑顔が似合う可愛い子だなあ…あっ…お加代さんになら、今の状況少しは聞いてみれるかも?)
「あの…お加代さん? 今って西暦何年ですか?」
「西暦? 私は学がないのでちょっとわからないんですけど…昨年、元号が変わって今は寛政2年かと…」
(寛政っていつ? 令和、平成、昭和、大正、明治…明治の前って江戸だよね…ってことは江戸時代!?)
「それで、今の将軍様は?」
「徳川 家斉公でございます。私たちは、その大奥にお仕えしているのですよ。ご存知ありませんでしたか?」
「あ…はい…なんとなくしか…世間のことはわからないので…」
「そうですか。私にわかることは、何でも聞いてくださいね」
(あーよかった。お加代さんに色々聞けそう…やっぱり、徳川ってことは江戸時代よね…家斉って誰だっけ? テストには出てこない名前よね…歴史はあまり好きじゃなかったからよくわからない…ん? 家斉って側室がいっぱいいて、子供が1番多かった将軍かなあ…先生が面白そうに話していて、みんなで盛り上がった記憶があるんだけど…)
「私たちが将軍様にお会いすることって…」
「とんでもないです。私たちがお目通り出来るなんて一生ないです」
(ですよね…了解です。この時代に私がいるってことは、転生ではない? だって、自分が死んだ歳より前に転生なんて…おかしいよね…ってことは転移? 私はまだ前の世界に存在しているのかしら…まったくわからない)
それからは御膳所に行き、お加代さんに朝の準備を教わりながら、皆が起きてくるのを待った。
お常さんは私たちが一緒にいるのを見て
「ちょうどいいわ。お加代がお里の面倒をみておやり」
と言ったので、私としてはお加代さんに教われるならラッキーだった。
大奥女中、雑用の雑用係としての仕事はとてもハードで、私の中では整理しきれていない頭の中のことを考える余裕はないほどだった。
少し時間が空いたときには、お加代さんに今の世の中のことを話してもらったりした。その時間がとても楽しかった。
でも寝る前には、ここにくる以前のことを考えると寂しい気持ちになった。
(子供はどうしているだろう…生活は稼ぎがある実家と主人のおかげで大丈夫だと思うけれど…父は私には見せないくらいの笑顔で孫は可愛がっていたから…主人もパパとしては申し分なかった…けど…)
大奥で暮らす日々が続けば続くほど、今の生活に満足し始めている自分がいた。形だけの就職しかしなかった私が、仕事をし、わずかだけどお給金をもらい、また新しい仕事を教えてもらう。
家族とはまったく関係のない友達ができ、自分の素直な気持ちで接することができる。
今までで一番自分らしくいられた。
(どうしてここにいるかはまだわからないけど、この生活の中で自分らしく頑張ってみよう。そうすれば、もし前の世界に戻っても私の環境が変わるかもしれない…)
そう思い始めていた…