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 その日も午後からは、御膳所で忙しく働いていた。お常さんから呼び出されたのは、夕餉のお膳が全て運ばれた後のことだった。


 「お里、ちょっといいかい?」


 「はい。大丈夫です」


 お常さんと、御膳所の端の座敷で向かい合って座った。お茶を用意してくれたので、二人で少し世間話をしたりした。


 「それはそうと、少し前に入ってきたお糸という子は知っているかい?」


 「はい。知っています。あまり、話をしたことはないですが・・・」


 (お糸さんは、2ケ月ほど前に入ってきた、今の私よりも少し若そうな大人しい子だという印象だ。その頃、私は例の宴席の件でバタバタしていたので、きちんと初めの挨拶はできていないような・・・)


 「お糸がね、お里に付いて仕事を習いたいと言っているんだよ」


 「私に付いてですか?」


 「確かに、あんたは今では何でも任せられるし、私はいいと思うんだけどね。それに、入って少ししたら

お夕の方様の部屋へ行ったから、教える係を受けてこなかっただろう。人を教えることも、この先ここでは必要になるから、やってみないかい?」


 「はい。わかりました」


 私は、素直にお受けすることにした。自分がお加代さんに、御膳所の仕事を教えてもらった時のことを思い出し、すこし懐かしい気もした。


 「もちろん、お夕の方様のお部屋へ行くときなどは、お糸はこっちでみるからね」


 「はい。ありがとうございます」


 「もう1年以上経つんだねえ・・・」


 「そうですね。私は、少し変わった子だったので・・・」


 と、二人で笑いあった。あの時は自分が上様と・・・なんて考えてもいなかった。そもそも、この大奥の世界にくるなんて・・・



 次の朝、お常さんにお糸さんを紹介された。


 「お里さん、よろしくお願いします。まだ、慣れないことばかりで・・・お里さんに教えてもらうことになって、とても嬉しいです」


 「私の方こそ、よろしくお願いします。私にわかることならなんでも聞いてください」


 上様や菊之助様や隠密のお二人以外に、楽しく会話ができる人が増えたことが嬉しかった。しかも、同年代だし・・・(今のですけど)


 お糸さんは、大人しそうだけど仕事はしっかりとでき、私が教えたこともすぐに理解できた。


 「お糸さん、そういうときは、こっちの器を使うといいのよ」


 「わかりました。本当ですね」


 と、いうふうに私のいうことを素直に受け取ってくれた。休憩時間も一緒に過ごすようになり、お糸さんが実家は魚屋さんであること、自分の意志で奉公にあがったことなどを話してくれた。私は、あまり細かいことは話せなかったけれど、自分もお加代さんという方に色々教えてもらったこと。その日々が、とても楽しかったことなどを話した。



 上様のお部屋にいるとき、上様がおっしゃった。


 「お里、最近は一段と張り切っているようだな」


 「はい。今、お糸さんという新しく奉公にあがった方に、御膳所のお仕事を教えるお役目をいただいたのです。ですから、私が見本となれるように、もっと頑張らなくてはなりません」


 「そうか。仕事に励むお里は素敵だが・・・少し寂しいな」


 そう言いながら、上様が私を抱き寄せられたので、そのまま私は動かなかった。


 「上様・・・」


 「おさと・・・」


 甘い時間が始まろうとしたとき、私は思い出した。


 「上様。私、本日はお昼一番のお仕事をお糸さんに教えることになっておりますので、今日は失礼いたします」


 「そうか・・・わかった・・・頑張るがよい」


 「はい。ありがとうございます」


 そう言って頭を下げて、私は急いで部屋を出た。

 

 (その後、上様が寂しいとぼやいておられたことは、後で菊之助様に教えてもらった)


 それからも、上様のお部屋に行くことと、お糸さんの教育係をこなすこととなった。


 (正直、少し上様にはお寂しい思いをさせてしまっているかも・・・今度は、上様のご都合に合わせて一日お部屋にいられるよう、菊之助様に取り計らってもらおう)


 そう考えていた。



 お糸さんと一緒に、休憩をとっていたとき


 「お里さんは、お夕の方様の雑用係もされているんですよね」


 「はい。そうですよ」


 「私もいつか、お方様のお部屋付きになりたいと思っているんです」


 「そうなんですか」


 「御膳所のお仕事ももちろん、奥に住まわれている皆さんの役に立っていると思うんですが、目の前にいるお方のために尽くせることはとても幸せなことですよね」


 「はい。お糸さんほど、気が付いてお仕事もこなせる方ならきっとお声がかかるかもしれませんね」


 「お方様のお部屋というものがどのようなものなのか、想像しただけで胸が弾みます。一度でいいから、見てみたいなあ・・・きっと素敵なんでしょうね」


 「確かに、私たちが暮らしているところより広くて、調度品なんかも綺麗に飾られています」


 「そうだ、一度でいいのでお夕の方様のお部屋に私を連れて行ってくださいませんか?そこでどんな風にお里さんがお仕事をされているのか、見てみたいんです」


 (それは、見せられないです)


 「一度、聞いてみますね」


 (たぶん・・・無理ですが・・・でも、お仕事に目標を持っている姿はすてきだな)



 次の日、上様に昨日の話をしてみた。


 「上様? 私と一緒に仕事をしているお糸さんが、お夕の方様のお部屋を一度見てみたいと・・・私がそこでどんな仕事をしているかお勉強したいと言われまして・・・」


 「ここでこうやっていることを・・・か?」


 そう言って、頬に手を当てられた。


 「いえ・・・そういうことではありません! 申し訳ございません。ここへ来られる方は、上様のお許しがなくてはいけませんものね。お清様だってあれから来られないのに・・・出過ぎたことを申しました」

と、頭を下げた。


 「お里は、本当にそのお糸というものがかわいいのだな」


 「はい。私には最近妹のように思えてまいりました」


 「そうか・・・では、私も久しぶりにお夕になろうかのう?」


 「えっ?」


 「私もお里がお糸に仕事を教えているところがみてみたい」


 「上様。本当によろしいのですか?」


 「ああ だが、一度きりだぞ」


 「はい。もちろんでございます。きっとお糸さんも喜ぶでしょう。ありがとうございます」


 私は、上様に抱きついた。


 「そんなに喜んでくれるのなら、私もうれしいよ」


 そこへ、おぎんさんが現れた。


 「上様、久しぶりにお着物を着られるのですね? 最近は、お里様もお着物を着られる機会がなかったので、腕がなります」


 と言われた。


 「おぎんさん!」


 (本当に急に現れるので、ビックリします)


 「今日は上様に御用があって、まいりました」


 そう言って、ニコッと笑われた。


 「そうでございますか」私も笑い返した。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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