再会
「それでは、皆様まいりましょうか」
お清様が言われた。今日の側室は3人で、私は3番目に控えた。宴席が行われているお座敷の前まで行き、お清様が襖の前で
「失礼いたします。ご側室方をお連れいたしました」
「はいれ」
(上様のお声だわ。こんなところで、上様のお声を聞くと緊張してきた。でも、やると決めたのだから!)
襖が開き、それぞれ名乗ってから部屋へと入っていく。2番目のお仲様が、「お仲にございます」と言って中に入られたのを確認したあと、私も手を付いて頭を下げた。
「お夕にございます」
そう言って、部屋の中へと入っていった。一瞬、上様とその後ろに控えておられる菊之助様が目を見開かれているのが見えた。
「おお、お夕はこちらへきなさい」
そう言われたのはご隠居様だった。
「はい」
といって、ご隠居様の隣に座った。
「お夕、ひさしいのう。元気であったか?」
「はい。お久しぶりでございます」
そう言って、私の手をとられた。
(これは、想定内のこと・・・)
私は黙って素直にしたがった。その時、上様が立ち上がろうとされたのが見えた。私は、上様と目を合わせ、頷いた。上様は苦い顔をされて、座り直された。ご隠居様は、上機嫌だった。
「お夕、今日はよくきてくれたなあ。家斉が許さぬと思っておったが、あいつも器の大きいことだ」
「はい。そうでございます」
私は、ニコリとご隠居様の方を見て笑った。すると、ご隠居様が耳元に口を寄せて小声でおっしゃった。
「お夕、前にも言ったが、ワシのとこに来ぬか?」
私も、小声で返すことにした。
「ご隠居様? それは出来かねます」
「ワシのことが、そんなに嫌いか?」
「いいえ、ご隠居様は上様にとってお父上様です。ですから、恐れ多いことですが、私にとってもお父上様だと思っております。とても素敵なお父上様です」
そう言った。すると、ご隠居様はフッと笑われてから大声で言われた。
「お夕は、私の娘になってくれるそうだ。こんなかわいい娘ができるとは、家斉、でかしたぞ!」
そう言って、豪快に笑われた。
「ありがとうございます」
そこでそっとご隠居様の手を放して頭を下げた。そして、
「ご隠居様? お仲様がご挨拶されたそうにしておられます。私は一度失礼いたします」 と言った。
「そうか そうか。お仲、こちらへこい」
「はい。失礼いたします」
お仲様はそう言って、一瞬私を睨まれた。そこへ、おぎんさんが私に近付いて
「お方様こちらへ」
と手を取ってくれた。そのまま、上様の隣まで案内された。上様のお顔を見るのは少し怖かったけど・・・そっと、横をみた。上様は下を向かれていた。
(きっと、怒っていらっしゃる)
そのまま、家臣の方やご隠居様とお話されることはあっても、私の方は一度も見られることがなかった。
(どんな結果になったとしても、私が決めたことだから・・・覚悟はしていよう)
宴席が終わり、おぎんさんとおりんさんと一緒にお夕の方様の部屋で着替えをした。
「お里様が、お仲様をご隠居様の隣へお勧めしたときのあのお顔、私は胸がスッとしました」と、おりんさんが言われた。
「意地悪をしてしまい、あとから反省しました」
私は、あのとき咄嗟にしてしまった意地悪に、今更ながら恥ずかしく思った。
「あれでも足りないくらいです。お里様はお優しすぎます」
と、おりんさんはまだ怒っておられた。話が一段落したところで、私はお二人に向き直り姿勢を正してから言った。
「おぎんさん、おりんさん、今日は本当にありがとうございました。上様は・・・きっと怒っていらっしゃいましたね。でも、私が決めて実行したことですから、全て責任は私が取ります」
「お里様。よく頑張られましたね。とても頼もしかったですよ」おぎんさんがそう言ってくれた。
「上様がお里様を怒られることなんてあるのかしら?」 おりんさんがそう呟かれたのが聞こえた。
(でも、顔も合わせてくださらなかった)
「お里様、今日はこちらでゆっくりできるのでしょう?」
「はい。何があるかわからなかったので、お常さんには一日戻らないと言ってあります」
「でしたら、今日はここでゆっくりお過ごしください。気を張っていらしたから、心の整理も必要ですよ」
(確かに・・・一人で色々考えたいかもしれない)
「ありがとうございます。そうさせて頂きます」
「では、私たちはこれで失礼いたしますね」
「本当にありがとうございました」
そう言うと、忍者の格好をしたお二人は部屋から出て行かれた。
私は部屋で一人になった。途端に涙が出てきた。
(上様のお役に立ちたいと、私が勝手にやったことだった。上様が怒って愛想を尽かされるのも覚悟していた。でも、実際上様がお顔も合わせられず、私のことを見てもくださらなかったことがショックだった・・・ああ このお部屋にもう来させて頂くこともできなくなるのかもしれない)
そう考えると、涙が止まらなくなってしまった。
(おぎんさんに言われた通り、すぐに御膳所に戻らなくて良かった。こんなに悲しくなるなんて・・・)
涙を吹いたところで、次々溢れてくるのでそのまま思い切り泣くことにした。
(泣くだけ泣いたら、また明日から頑張らなくては・・・)
そのとき、廊下から走ってくる足音が聞こえてきた。
(誰かくる・・・)
私は身構えた。襖が開くと・・・上様だった。
「おさと!」と呼び終わるより先に私を、しっかりと抱き締められた。
「上様!」私も、上様の首にしっかりと抱きついた。
「おさと? なんで泣いているのだ? やっぱり、宴席のことが嫌だったのか?」
「いいえ。上様が・・・怒られているのだと・・・もうわたしに・・・愛想を尽かされて・・・この部屋にも・・・もうこれないのかと・・・思ったら・・・涙がとまらなく・・・」
私は、しゃくりあげながら話した。
「お里、落ち着け」
上様は、私の背中をさすってくださった。
(この大きな手、暖かい体温、私をいつも落ち着かせてくださる)
上様は、私の顔をしっかりと見て話された。
「お里、なぜ私がお里のことを怒っているのだ?」
話し方がいつもより優しく甘かった。
「上様は、宴席で私の方を見ることもされず、お顔も合わされませんでした」
「そ、それは・・・お里の意志を目の当たりにして、私は自分が恥ずかしくなっただけだ」
上様は一度、下を向かれてからもう一度私の顔を見られた。
「私は、お前を守ることだけを考えていた。嫌なことがあれば、そこから遠ざけることが守ることだと思っていた。でも、お前はそんな私を逆に守ろうと、あえて辛い道に飛び込んでくれた。おかげで、父上は上機嫌であの後も、私のことを頼むぞと家臣たちに言って回っていた」
「そうなのでございますね。私は少しでもお役に立てたのでしょうか?」
「ああ、少しどころではない。ここに来る前、おぎん達から、どうしてこのようなことをしたのか、お前の気持ちを聞いた」
「勝手なことをして申し訳ございません」
「いや。私はお里に遠慮をされたくないし、思っていることは全て打ち明けてほしいと思っている。それは、お里も思ってくれていたのだな」
上様は私の手を取られ、続けられた。
「これからは、お里に相談しようと思う・・・一緒に悩んで考えてくれるか?」
「はい。もちろんでございます」
「ありがとう」
上様が、優しくキスをしてくださった。少しだけ顔が離れたとき、私は
「涙でしょっぱいですね」と言った。
「いや、お里は涙も甘いぞ」
そう言われたので、私はまた顔が赤くなる。
「また、かわいい顔をする」
そう言ってもう一度キスをされた。しばらく、二人だけの甘い時間を過ごした。
上様は、私の片手を取り両手でギュッと包まれた。
「上様?」
「この手を父上が取ったとき、私は怒りで頭が沸騰しそうだった。その時、お前は私の目を見て頷いただろう?」
「はい。あそこで上様が出てこられれば、場の空気も悪くなりましたでしょう?」
「その通りだ。私は、お前の目の強さに怯んだのだ。とても、強い決意をもってあの場に来たのだと・・・ああ お里は、私を理解し導いてくれるのだと改めて思ったよ」
「上様・・・」
上様は、私の方をみて嬉しそうに笑われた。そして、私の手に優しく唇をつけられた。
「この手も私のものだからな」
「はい」
私は、しばらく上様を眺めていた。すると、上様が思い出されたように
「そうだ。お仲とかいうやつが、お前に水をぶっかけたとおりんがすごい剣幕で怒りながら報告していたぞ」
(とかいうやつ・・・)
私は、おりんさんの顔を想像しながら笑ってしまった。
「はい。でも、女同士ではよくあることです。上様は、知らなかったことにしてくださいませ」
「女は怖いな。 お里がそう言うなら、そうしておこう」
「はい。ありがとうございます」
「お里、今日は二人でこの部屋でゆっくりしよう」
「はい。そうさせて頂きます」
私は、上様が怒られていなかったという安堵と、認めてくださった嬉しさを噛みしめながらその夜を過ごした。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。