奥内
当日は、上様はお部屋へ来られないとの連絡が菊之助様よりあったので、お常さんにはお夕の方様の準備がある旨伝え、朝から一日お部屋へ行かせてもらうことになった。
お部屋へ入ると、おぎんさんとおりんさんが待っていてくれた。
「おはようございます。本日はよろしくお願いします」
私はお二人に頭を下げた。
「お里様。いよいよですね。私たちも精一杯勤めますので、安心してくださいね。これまで、お一人でお清様と渡り合ってこられたのでしょう? 大変でしたね」
優しくおぎんさんが言ってくれた。
「今日は、上様の驚く顔が見られるかと思うと、すこし胸が弾みますね」
いたずらっ子のように笑いながら、おりんさんが言われた。私は、お二人の顔を見て、勇気がでた。
「さっそく準備いたしましょう」
そう言われて、お着替えとお化粧を慣れた手つきでしてもらった。私も、以前の特訓で慣れてきていたので、体を自分で動かし着替えさせてもらいやすいようにした。
「やっぱり、お夕の方様のお姿もお綺麗ですねえ」
「ありがとうございます」
「さっ! まいりましょうか」
「はい!」
3人で、廊下を歩き始めた。途中、いつも一緒に仕事をしている先輩に会ったが、向こうが頭を下げられたためバレることはなかった。
以前、寝間に案内されたときに通ったであろう廊下を進み、さらに奥へ行くとご側室方のお部屋があるという・・・廊下のさきでお清様が、待たれていた。
「お夕の方様、本日はご出席ありがとうございます」
お清様が言われたので
「本日はよろしくお願いいたします。また、内密の件を聞いて頂きありがとうございます」
と、頭を下げた。お清様は、何も言わずただ頷かれた。
「こちらのお部屋でお待ち頂けますか? お時間になり次第、お呼びいたしますので」
「はい。わかりました」
そう言って、部屋の中へ案内された。私たち3人は、部屋の中でしばらく時間を過ごした。ジッとしていると少しずつ緊張してくる・・・
その時、襖の外で声がした。
「お夕の方様、側室のお仲にございます。本日は、こちらへお越しだとお聞きし、ご挨拶に伺わせて頂きました」
(挨拶になんてこられるの? これは、お断りするわけにはいかないわよね)
おぎんさんの方をみて頷くと、おぎんさんが襖を開けてくれた。お仲様は軽く頭を下げられてから中に入ってこられ、私の前に座られた。
「お夕にございます。お初にお目にかかります。本日は、御同席させて頂きますので、よろしくお願いいたします」
そう言って、頭を下げた。
「同じ側室なのですから、堅苦しいことはよしませんか? 私は、お夕様と仲良くしたいのでございます」
「はい。ありがとうございます」
私は頭を上げて、お仲様をみた。
(やっぱりご側室は綺麗な方なんですね)
目が合うと、お仲様はニッコリ笑われた。私もつられて、笑い返した。
(なぜか、目の奥が笑っておられない気がする・・・)
おりんさんが、お茶を淹れてくれたので、しばらく当たり障りのない会話をした。そろそろ、宴席が始まり呼びにこられる時間がせまってきた頃
「お夕様、私今日はお花を活けてまいりましたの。少しでも、こちらのお部屋でお慰めになればと・・・」
(だったら先に渡されればいいのに・・・)
後ろの侍女に合図をすると、侍女が花瓶に活けられた花をお仲様に渡した。それを受け取られて、私の方へ近寄られ渡そうとされた。
「ありが・・・・・」
ザーーーー!!
私の上から、花瓶の水と花が降ってきた。
「あら、どうしましょう?」
何も悪びれることなく、感情のない言葉だった。
「お方様!」
急いでおりんさんが、拭いてくださった。
「上様に可愛がられているからって、調子に乗らないでくださいね。よく見れば、こんな女のどこがいいんだか・・・」
吐き捨てるように言われた。私はただ黙っていた。
「あらあ もうお呼びに来られるお時間ですわ! そんな水浸しでは、本日はご欠席された方がよろしいんじゃなくて? それでは、私は失礼いたします」
そういって、サッサと部屋から出て行かれた。
私は意外に冷静だった。大奥あるあるだな・・・というかんじに。
「お里様!大丈夫でございますか?」
「あのおんなー!!」
(おりんさんは、お口が悪くなっておられます)
「はい。大丈夫です。こういうのは慣れているので・・・」
「慣れている?」
(あっ! しまった! ママ友たちにいじめられていた時に似たような経験があったから・・・花瓶の水をぶっかけられたのは初めてだけど・・・)
「いえ、こちらのことです。それよりどうしましょう。もうすぐ、呼びにこられますよね」
「大丈夫ですよ。何のために私たちが付いていると思っているんですか! さあ、先ほどよりも綺麗に仕上げますよ」
そう言って、おりんさんが張り切りだされた。
「お里様、そろそろ・・・」
「はい。すぐに・・・」
宴席の手前のお部屋に、側室と侍女が集まっていた。
「お待たせ致しました」
私は部屋に入って、挨拶をした。
「えっ?」と、お仲様が声を出された。
「どうされましたか? お仲の方様?」
そうお清様が聞かれたので、お仲様は
「いえ。何も・・・」
と言われた。でも、下を向きながら悔しそうな顔をしておられる。横をみると、おりんさんが笑いをこらえていた。
(お仲様が部屋を出て行かれた後、私はただ突っ立っているだけだった・・・おぎんさんとおりんさんが、私の周りをグルグル回られ、あっという間に新しい着物に着替えさせてくれた。お二人は、本当になんでもお出来になるんだなあ)
私は、関心しながらもう一度お二人を見た。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。