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覚悟

 御膳所へ戻ると、夕餉の支度はほとんど済んでいた。お常さんが近付いてこられ、


 「大丈夫だったかい? あんたも色々あったんだね。さすがに相談に乗ることは出来なさそうだけど、何かあれば言うんだよ」


 優しい顔でそう言ってくださった。


 「お常さんには、いつも助けてもらっています。細かいご相談は出来なかったですけど、私をいつも見守って頂いて感謝しています」


 と言うと、お常さんは黙って頷かれた。



 お常さんと話終わると、今度は先輩たちです。


 「お里、上様とお会いしているの?」

 

 「いえ・・・私がお会いしているわけではありません」


 「で? 上様って本当に素敵なお姿なの」


 「はい・・・それは・・・」


 質問攻めである。私は、当たり障りのない返事をしてやり過ごすことしかできなかった。


 (今考えると、以前の世界の私は噂の的になったり、こういうふうにいい意味でも悪い意味でも囲まれることなんてなかったな・・・影が薄いというか・・・そんなかんじだった)


 その場はとりあえずやり過ごして、仕事に戻った。先輩たちも、ひと通りの質問をした後、私が大した情報を持っていないことに興味をなくしたのか、すぐにいつものかんじに戻った。



 私は次の日の午後、お常さんにお清様とお会いさせて頂くようお願いした。お常さんは何も聞かず、お部屋を用意してお清様と会えるように取り計らってくれた。


 「お清の方様、お呼び出しをして申し訳ございません。お夕の方様より、お返事を頂きましたので、お伝えしたくお常さんへ連絡をお願いした次第にございます」


 「お里、お夕の方様に話してくれたのだね」


 「はい。お話いたしました」


 「それで?」


 「はい。お夕の方様は、上様とご隠居様の関係がこれ以上悪くならないため、今回の宴席にはご出席されるとのことです」


 「そうですか」


 お清様は、少しホッとしたように肩の力を抜かれた。


 「ただ、当日まで上様には内密にしておきたいと申されました」


 「内密に?」


 「はい。もし上様がこのことを知られれば、必ず出席を許されることはないと・・・」


 「今まで、頑なに否と申されていたからね」


 「お夕の方様でも、上様を説き伏せるのは難しいかと・・・ですから、当日出席されるまで、上様には秘密にしておいてほしいとのことです。もちろん、お清の方様にもご迷惑はおかけしません。とのことでございます」


 お清様は、あごに手を当ててしばらく考えられていた。


 「わかりました。この件は内密とし、準備を進めさせてもらいます。詳細は、お里を通してお知らせするゆえ、あなたも何かあればお常に取り次いでもらいなさい。」


 「はい。わかりました。よろしくお願いいたします」


 「お夕の方様のことを、まだ認めるつもりはありませんが、上様が惹かれておいでの理由が少しだけわかった気がします。くれぐれも、よろしくたのみますと伝えておきなさい」


 「はい」


 そう言って、私は頭を下げると、お清様はいつものように颯爽と部屋を出て行かれた。


 (さあ、これからが大変ですね。私にはまだまだやらないといけないことがあります)



 次の朝、上様といつものように過ごし、上様は夕方には中奥へ戻られた。私は一人になってから、声を出してみた。


 「おぎんさん、おりんさん、いらっしゃいませんか?」


 すると、庭にお二人の姿が現れた。


 「お里様? どうされましたか?」


 (漫画で見たみたいに呼んでみたら本当に現れた!!もし来られなければ、手紙を置いておこうと思っていたのに)


 「どうして?」


 私は驚きながら聞いた。


 「呼ばれたのは、お里様ですよ。ちょうど、上様が中奥に戻られたのを見届けてから、私たちは、この小屋へ一度戻ったところだったのです」


 「偶然だったのですね。驚きました」


 「それで? そうしてまで私たちにお話があるということですね」


 (さすが空気が読めるお二人です)


 「はい。ご相談がありあまして・・・」


 おぎんさんとおりんさんは、部屋の中に入ってこられ、襖を閉められた。


 「先日、お清様がお里の私に会いに来られました。年に一度の、中奥での宴席に側室を伴うのだが、ご隠居様がお夕の方様を呼ぶようにとのことだと・・・それを上様が反対されているので、私に口利きをしてほしいと・・・」


 おぎんさんが少し驚かれた顔をされて


 「そのことですか・・・お里様は何も心配されることはございませんよ」


 「はい。きっと、上様も私のことを気遣って何も言われないのだろうと思います」


 お二人が優しい顔で私の方を見られた。


 「でも、上様とご隠居様の関係がもっと悪くなるのではと教えて頂きました」


 「それは・・・でも、上様はそれでもお断りになっているのです」


 「はい。それもわかっております。上様は、まだお若いですから、この先家臣の方たちとも、うまくやって頂かなければなりません。私のことで、家臣の方が離れていかれるのはつらいのでございます」


 「お里様・・・」


 「私は・・・お清様にお夕の方様は出席致します。とお伝えしました」


 「えっ?」 お二人が声を揃えて、驚かれた。


 「条件として、上様には当日まで内密にしてくださいと・・・」


 「お里様が嫌な思いをされるかもしれないのですよ。上様は、それを心配して・・・」


 「はい。でも、いつも上様に甘えてばかりでは・・・私も上様のお役に立ちたいのです。ですが、お夕の方様になるには、お二人のお力なくては・・・それで、お二人に当日のお着替えをお手伝い頂きたいのです。お二人に、迷惑がかかることはないようにします。もし、上様がお怒りになれば、私が一人で責任を負います。よろしくお願いします」

 

 私は、ドキドキしながら頭を下げた。もし断られれば、自分でやるしかないとも覚悟をしていた。すると、おりんさんが静かに言われた。

 

 「お里様? 私たちは上様の隠密です」


 (そうですよね。上様に内密になんて・・・私が甘かった・・・)


 続けて・・・


 「でも、今はお里様の隠密でもあります」


 「えっ?」


 私は口を開けたまま、しばらく放心していたようで、お二人が笑い出された。


 「お里様のお気持ちはよくわかりました。そのお気持ちに私たちも協力したいと思います。女が3人で力を合わせれば、上様のお怒りなど消し去ることができるでしょう」


 「あ、ありがとうございます」


 私は、頭を下げた途端、それまでの緊張がほぐれ涙が出てきた。


 「お里様、泣くのは早いですよ。当日はどんなご側室にも負けないようとびっきり綺麗に仕上げさせて頂きます。それと・・・当日は、私たち二人がお夕の方様のお付きとして傍にいれるよう、お清様にお伝えください。くれぐれも侍女としてですよ」


 おりんさんは、隠密であることは内緒だというように、鼻の前に人差し指をあてられた。


 「はい。ありがとうございます」

 

 おぎんさんとおりんさんは、私が泣き止むまで背中をさすって、そばについていてくださった。私は、お二人の優しさが身に染みて、なかなか泣き止むことが出来なかった。

 その後、お清様と何度かお会いして、詳細を打ち合わせし、当日に備えた。


いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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