温泉
色々あった京都の旅ももうすぐ終わろうとしていた。朝晩は少し肌寒く感じ、昼も爽やかな風が吹いてくる季節となった。
(もうすぐしたら、紅葉の季節だな。京都の紅葉を見てみたかったけど・・・まだ先ね)
最近は上様のお昼の用事も落ち着かれ、私と一緒に過ごす時間が多くなった。
「お里、今回の旅では色々と怖い思いをさせて申し訳なかった。それでも、お前を同行させて私は良かったと思っているよ。こんなに楽しい時間を過ごせるとは思ってもいなかったからな」
「上様、確かに怖い思いをしましたが、その度に上様や菊之助様、おぎんさんやおりんさんに助けて頂きました。私も上様と一緒の時間を過ごした楽しさの方が思い出に残りました」
「そうか・・そう言ってくれると、なおうれしい」
そう言って、私の両頬に手を当てられ優しく顔を近付けられた。
(何度、このシチュエーションになっても慣れない・・・上様とこの時間が過ごせなくなるのは少し寂しいけど・・・江戸に帰れば、また雑用係として上様のお傍にいられる。それで充分だわ)
それから数日間は、また上様は昼から夜までお忙しくされていた。
(座敷にお客様が次々来られているみたいだわ)
帰る前日には、おぎんさんとおりんさんと3人で、もう一度京都の町中を散策して、お土産を買ったり、お団子を食べたりした。上様は、自分も行きたかったと随分拗ねられましたけど・・・
江戸へ帰る道中のある日、まだ夕方になる前の早い時間に宿へ到着する旨、菊之助様から報告があった。
(何かの都合で、今日の行程はここまでなのかしら)
そう思い、籠を降りる準備をした。戸が開くと、菊之助様が待っていてくださった。
「さあ、お夕の方様」と手を差し伸べて下さった。
(そう、私は今はお夕の方様・・・)
「ありがとうございます」
と言って、宿の方へ歩き出した。
「お里殿、今日は上様の計らいで温泉のお宿にお泊りして頂きますよ」
菊之助様は、周りに人がおられないのを確認して、小声でおっしゃった。
「えっ?」
「今回の旅でのお里殿の頑張りを褒めたいと、一日日程をとってこの宿でゆっくり過ごして頂きたいと・・・時間を工面されました」
「そうなのですね。とてもうれしいですが・・・菊之助様達にはご迷惑をおかけいたしますね」
「いえ、私たちもゆっくりさせていただきます」
そう言って、にっこりと笑われた。部屋へ入ると上様は、お座りになっていた。
「上様、こんなに素敵なお宿を・・・ありがとうございます」
「お里、気に入ったか?」
「もちろんでございます」
(だって、このお宿・・・テレビで紹介されている老舗の旅館です。一泊何十万で、私には手の届かないような・・・いつかこんなところで、ゆっくりと癒されてみたいと憧れていたんです)
「そうか・・・よかった。ところで菊之助、いつまでお里の手を握っている」
「・・・」
菊之助様が、ため息をつかれ、私を上様の横へ案内してくださろうとしたとき、おぎんさんとおりんさんが現れた。
「お里様、今日は先にお着替えをしてしまいましょうね」
そう言って、おぎんさんに連行された。着替えながら
「今日は温泉旅館なので、かわいい浴衣をお持ちしましたよ。髪もおろしておきましょうね」
見ると、かわいらしい朝顔の絵が描かれた浴衣だった。
「わあ 素敵ですね」
おぎんさんは、ニコリと笑いながら「上様もお喜びでしょう」と言われた。
「・・・」
(だから、その言い方は恥ずかしいです)
「おぎんさん? 髪の毛は自分でさせて頂いてもよろしいですか?」
「はい。もちろんです」
私は、浴衣と言えば・・・お団子ヘアと思い自分で三つ編みをしてからそれを後ろでまとめた。
「まあ、お里様。なんだかとても色っぽいですよ」
(張り切ってるように思われたかな・・・)
着替えが終わり、上様が待たれているお部屋へ入ると、上様も渋い紺色に細かく白い縞が入った浴衣に着替えておられた。
「上様、とても素敵ですね」
私が言うと、上様は少し照れられて
「お里の方が、かわいくて見とれてしまうな」と言われた。
「はいはい。それでは、お二人でごゆっくりお過ごしください。この離れはお二人きりでございます。警護のものが外におりますので、何かございましたらすぐに伺います。夕食は・・・」
「菊之助、もうわかった」
「そうですか・・・では、私たちはまた明日の朝に」
3人は、ニヤニヤ?しながら、お部屋を出て行かれた。
「さあ、お里。近くにおいで」
「はい」
私は、上様の隣へ座った。そして、上様の肩へ頭を乗せた。
「お里から甘えてくれるとは珍しいな」
「失礼でしたでしょうか?」
「いや、とてもうれしいよ。今日はゆっくり過ごそう」
「はい。本当に素敵なお宿でございますね」
「ああ、あっちにも温泉がある。 そうだ、一緒に入らぬか」
「上様、それは遠慮させて頂きます」
「そうか・・・それは残念だな」
(お風呂に一緒に入るなんて、絶対にムリです)
「お里、江戸へ戻ったら、お里はまた雑用係として私の部屋へ来るのか?」
「?? はい。そのつもりですが・・・」
「私は、お里が仕事をしている姿も好きだが、こうして二人でゆっくり過ごしていたい」
「私も上様とご一緒の時間は好きです・・・でも、上様の為にお食事を用意したり、お掃除をすることも好きです・・・」
上様が、少し下を向かれた。
「お里らしいな」と、呟かれた。
「上様?」
「私はそういうお里に心惹かれているのだからな。お里は本当にかわいいな」
そう言ってから、優しくキスをされた。
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