最後の告白 ②
「始めは・・そうね・・便利グッズかしら?」 御台所様はその時のことを思い出されたように笑いながらおっしゃった。
「はあ・・・」 私はなるほどと思った。
「それを使って掃除をする女中に聞くと、お里が作ってくれたと言っていました。私は、今の時代にこのようなものを良く思いついたものだわと、その時は感心しました。私たちの以前の世界では当たり前でしたものね」
「はい あれは咄嗟に思いついたので、出来る範囲で作ったものです。お恥ずかしいです」 と私は顔を赤くした。
「私はそれを知っていても作ることは出来なかったのですもの。やっぱり、あなたの行動力はすごいと思いますよ」 御台所様は微笑んで言ってくださった。
「ありがとうございます」 私は頭を下げた。
「それから、確信したのは琴を披露したときだわ。あの曲は さくらさくら でしょう?」
「はい 以前に琴を少しだけ習っていたことがありまして・・・急に披露することになったとき、その曲なら少し弾けると思いました。やはり、この時代ではまだ知られていない曲でございましたか?」 と私は聞いた。
「そうねえ・・・お敦がお里が知らない曲を披露したと口ずさんでくれたのよ・・・どこで習われた曲でございましょうねえと言っていたけれど、私はすぐにわかりました」 と可愛く笑われた。
「その頃からもしかしてお里も私と一緒なのではないかしらと思い始めました」 続けておっしゃった。
「そうでございましたか」
「あと、婚活パーティーには驚きました。男と会うことも禁じられている大奥であのようなことを言い出すなんて、本当なら頭がおかしいのではないかと思われるでしょう・・・あなたはそんなパーティーに参加したことがあったの?」 御台所様は面白そうに尋ねられた。
「いえ 私は参加したことはございませんが、テレビなどで見ておりましたので・・・菊之助様が困られておられましたので、はしたないことだとわかってはいたのですが、申し訳ございません」 と私は頭を下げた。
「謝らなくてもいいのですよ。そのおかげで幸せになろうとしているものもいるのです。それも、私では言い出せなかったことなのですから」 と御台所様は言い聞かせるようにおっしゃった。
「でも、全て私の目から見たら気付いたことであって他の者には変わったことを思いつくものだというくらいにしか思われていないでしょう。現に上様も全く気付かれておられませんしね」 と御台所様はニコッと笑われた。
「御台所様はこのことをどなたかにお話になったことはあられるのですか?」 私は気になったことを聞いてみた。
「いえ 今こうしてあなたに話すのが初めてです。話したところで、誰も信じてくれないでしょうし、私が元に戻れる訳でもありません。この世界で生きていくしかないのなら、それはただの過去だと思うことにしました」
「私は上様に自分のことを話さないことに罪悪感を持つことがあります・・・本当のことを言わなくてもいいのだろうかと」 私は時々思っていることを素直に話した。
「あなたもここで生きていくと決心しているのでしょう?」
「はい もちろんでございます。今は私の生きる場所はここにしかないと思っております」 私は真剣に御台所様に言った。
「でしたら、今のあなたを大事にしなさい。過去が少し時代が違っただけです・・過去があったから、あなたは今上様を大切に出来ているのでしょうから・・・上様もあなたの過去について何も気にされておられないはずですよ」 御台所様は優しくおっしゃった。
「はい 上様は何も話さなくてもいいとおっしゃいました」
「それならなおさら、そんな罪悪感を持つよりも今目の前の上様にお仕えすることを幸せに感じていればいいのですよ」
「はい ありがとうございます」 私は御台所様に話を聞いて頂けてスッキリとした気分になった。
「お里? 話を戻してもいいかしら?」 と御台所様が尋ねられた。
「はい?」 私はどこに戻すのかと思って、変な返事をしてしまった。
「あなたが御台所になるということです」 御台所様はフフッと笑われてからおっしゃった。
「申し訳ございません。すっかり、話を逸らしてしまいました」 私は慌てて頭を下げた。
「いえ 逸らしたのは私ですから・・・私が体の状態があまり良くないということは以前にも話をしました。私は転生する前は仕事に追われて、体の異変を無視しながら働いていました。倒れた時にはもう・・手遅れでした。家族に看取られて亡くなった・・・はずです。ここのところはあまり覚えていません。
以前の無理が祟ったままなのか、やはり体があまり丈夫ではないようです」
「今は大丈夫なのでしょうか?」 私は心配になって聞いた。
「今後のことはこの時代の医学ではわかりません。ですが、今回は以前のように無理をせず養生をしようと思いました。御台所のまま、そうすることも出来たのですが・・・あなたが楽しそうに今の生活をしているのを見ていて、私も自由にやってみたいと思い始めたのです。私だってせっかくこの世界に来たのですもの、大奥以外のことも見てみたいじゃない?」 御台所様は急に話し方が変わられた。とても可愛らしく見えて私はフフッと笑ってしまった。
「そこで、あなたと入れ替わればいいのではと思い始めました。私の全てを話して、わかってもらえればあなたは上様と一緒にこの大奥を守ってくれると・・・ちょっとやり方は強引でしたが」 とニヤッと笑われた。
「でも、入れ替わると言っても皆さんは入れ替わったことをご存知では・・・」 と私は少し不安になって聞いた。
「お里、この大奥では絶対に秘密を外に漏らすことはないのです。一人二人漏らしたところで、それは風の噂となり真実が明らかになることはないのよ。だから、みながお里のことを御台所と呼んでいれば、それが事実となっていくのです。だから、心配ありません」 と御台所様は自信満々におっしゃった。
「でも、私は御台所様のご名代として大名の方たちにお会いしておりますが・・・」 と私は聞いた。
「それも大丈夫です。表では上様は側室を沢山はべらす女好きで通っています。元御台所を追いやって、新しいお気に入りを御台所として横に置いているのだと噂されるくらいです」 そこでまたニヤッと笑われた。
「それでは上様にご迷惑がかかってしまうのでは・・・」 私は上様にご迷惑をかけるのは申し訳ないと思いそう言った。
「お里もすぐにそうやって考えるのですね。上様と一緒です。上様はそれでいいとおっしゃったのです。お里を守るためなら、いっそそう思われた方がいいと・・・将軍が女好きであろうがなかろうが、民のものにとってはどうでもいいことだとおっしゃったのですよ。上様のお気持ちですから、それはあなたも受け入れなさい。今後、あなたが上様のお傍にいて、女が好きであっても政はしっかりなさる将軍と言われるように努めればいいのです」 と優しくおっしゃった。
「はい 承知しました」 私は頭を下げた。
「それから、お楽のことですが・・・」 と御台所様は少し困ったようなお顔をされた。
「はい」 私もお楽様のことは心配だった。大奥の中でこの決定を一番良く思われていないお方であろうと・・・
「お里は次期将軍が敏次郎であるという歴史は知っていますか?」 御台所様が尋ねられた。
「はい 存じております」 私は以前、陽太に会ったときに確認したのでそれは知っていた。
「そう 以前にあなたに嫌がらせをした一件のときに、きつく戒めましたから特に動いてくることはないとは思いますが・・・あなたもお楽には敬意をもって接しなさい。あなたのことだから、急に偉そうにすることはないと思いますが・・・プライドが高い子ですからね、そこのところだけ注意をしていればあとはお清がうまくやってくれるでしょう」 とニコッとされた。
「はい 気を付けて対処いたします」 私はそう言って頭を下げた。
「とにかく、まだすぐにここを出て行く訳にもいかないですから、少しずつあなたに引き継ぎながら話をしましょう。しばらくは優を連れて、時間が許す限りでいいのでここへ通いなさい」
「はい ありがとうございます」
「御台所様? あの・・・私たちが入れ替わることによって、歴史が大きく変わるなんてことは・・・」 と私が言いにくそうに言うと、御台所様は声を出して笑われた。
「お里、あなたはこの時代のことを授業で習って覚えていましたか?」 御台所様が尋ねられた。
「いえ お恥ずかしい話ですが、私は歴史が苦手でして・・・テストに出た覚えもありませんでした」 と言って下を向いた。
「でしょう? そんな中、御台所が入れ替わったことなんてちっぽけなことよ。それに、一応世間では御台所は私のままなのですから」 と笑いながらおっしゃった。
「ただ、側室と子供の数は変わるかもしれないわね。そんなこと、教科書にものらないでしょうけど」 と続けておっしゃると、ニコッと笑われた。
「えっ?」 私は御台所様のお顔をみた。
「それもちっぽけなことよ。跡継ぎは決まっているのだし、それなりに側室も子供も既にいるのだから心配ないでしょう。数が少々変わったところで・・・別に歴史のことなんて気にすることないですよ。私たちはもうこの世界の一員なのですから」 と御台所様は、私は気にしないわともう一度おっしゃりながら、お茶を飲まれた。
「とても長くなったわね。まだ本当は話したりないけれど、今日はここまでにいたしましょう。上様が心配されていることでしょうから、お部屋にお戻りなさい」
「はい ありがとうございます」 私は頭を下げて、立ち上がる準備をした。
「お里、私のわがままに付き合わせるようで・・・ごめんなさい」 御台所様は少し頭を下げられた。
「謝らないでくださいませ。私にどこまで出来るかわかりませんが、御台所様がくださった機会でございます。精一杯務める覚悟でございます」 私は御台所様とお話をするうちに、少しずつ覚悟を決めていたのだと改めて実感した。そして、一礼して立ち上がり廊下に向かった。
「お里、上様を頼みましたよ。私はこの先どうしようか楽しみに胸を膨らませていますが、上様のことだけは少し気がかりです」 御台所様はもう一度私を呼び止めておっしゃった。
「はい 上様のことも私の出来る限りで精一杯務めさせて頂きます」 私は廊下に座って深く頭を下げた。頭を上げたとき御台所様が微笑んで頷かれるのを確認すると、私は襖を閉めて立ち上がり、上様が待っていてくださるだろうお部屋へと小走りに急いだ。
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