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浴衣姿

 花火が打ちあがる当日はこれでもかというくらいお日様が照り付けていた。少しでも風を取り入れようと開けられた襖から見える庭は眩しいくらいに輝いていた。


 「今日は夕涼みには最適なお天気でございますね。日が暮れると少し風も涼しくなってくれるといいのですが」 とおぎんさんが庭の花に水やりをされた後、汗を拭きながら戻ってこられた。


 「本当に今日は暑いですね。花火の準備の方も大変でございましょう」 私がそう返事をすると、「失礼いたします」 とお常さんの声がした。


 「お常さん、おはいりください」 私が返事をすると、お常さんは一瞬お部屋の様子を窺われた。


 「今日は上様は花火の段取りの報告を受けられたりなどで、夕方までお戻りになられませんよ」 私がそう言うとお常さんは「そうですか」 とニコッと笑われてお部屋に入って来られた。そして、優の元へいかれ「優姫様、婆がまいりましたよ」 と話しかけられた。優はお常さんにニッコリと笑って返事をしているようだった。


 「今日はスイカをすりつぶしたものを持ってきましたよ」 そう言って、器をおぎんさんに渡された。


 「まあ 美味しそうでございますね。お常さん、ありがとうございます」 私はお常さんにお礼を言った。


 「お里様、早速お口に入れられますか?」 とおぎんさんが聞いてくれたので私は頷いて返事をした。おぎんさんは、スプーンを用意して優に一口それを飲まされた。優は、初め口の中でそれを確かめるようにしてから美味しそうな顔をして、おぎんさんを見た。


 「優姫様は気に入られたようですね」 おぎんさんはそう言われながら、もう一口優に飲まされた。その様子をお常さんは目を細めて見られていた。私はそんなお常さんを見て、心が温まるようなかんじがした。 お常さんはその後私の方を見られて顔を戻された。


 「お里、今日の夕食はここで食べられるのかい? もし、他へ運んで食べられるのなら早めに用意をしようと思ってね。それの確認に来たのだよ」 


 「そうでございますか。その確認は上様にしておりませんでした」 私もどうしようかと困った。


 「私も確認しておりませんでした。今から確認してまいりますので、お常さん少々お待ち頂いてもよろしいですか?」 とおぎんさんは器をお常さんに預けられて、あっという間にお部屋を出て行かれた。確かに、夕方まで上様はお戻りになられないので確認をしてもらった方が助かるけれど・・・お常さんは預けられた器を見つめられていた。優は器の持ち主が変わったことがわかるとお常さんの方をジッと見ていた。そして、お常さんの方へ手を伸ばした。お常さんは困ったように私の顔を見られたけれど、私が「お願いいたします」 と言うとそっとスプーンでスイカの果汁をすくわれ、優の口へと運んでくれた。優は満足そうにそれを口の中に入れてお常さんに微笑んだ。


 「優姫様は本当にお可愛いわね」 お常さんが優を見ながら言われた。優はもっともっととお常さんにせがんでいた。

 優が全てスイカを平らげてしまう頃、おぎんさんが戻られた。


 「お常さん、お待たせいたしました。夕食は別の場所で取られるとのことでございましたので、こちらに早めに持ってきて頂ければ、私が運ばせて頂きます」 と息を切らすこともなく言われた。


 「おぎんさん、もう確認に行って来られたのですか?」 私はその速さに驚いた。


 「はい ちょうどお部屋で菊之助様とお二人でございましたので、すぐにお返事を頂けました」 おぎんさんは涼しい顔でおっしゃった。お常さんも驚いておられるようだった。


 「それでは、そのようにしますね。優姫様、また美味しそうなものを持ってまいりますから楽しみにしていてくださいね。今日の夕食も何かお付けしましょう」 そう言って優に笑いかけられると、「では」と言ってお部屋を出て行かれた。

 優は甘いものを食べて満足したのか、一人で遊び始めた。私は優の隣にいって、少しでも涼しいようにと扇子で扇いだ。優は、その風が気持ち良かったみたいで、扇子の方へ顔を近付けて目を細めた。私は強く扇いだり、ゆっくり扇いだりして優と遊び始めた。おぎんさんはその間に浴衣を3人分用意されて、上様は向こうのお部屋でお着替えであろうと上様の分は別に風呂敷に包まれた。


 「今日は優も少し寝る時間が遅くなるでしょうから、お昼の間にゆっくりと寝かせておこうかしら?」 おぎんさんに聞いてみると「その方がいいかもしれませんね。昼は暑すぎて外に出ることも出来なさそうですし・・・お里様もご一緒に横になられてはいかがですか?」 おぎんさんがそう言ってくれたので、私もゆっくりさせてもらおうかと優と一緒に横になることにした。優を布団に寝かして、扇子で遊んでいるうちにウトウトと優が眠ったのを確認してから私も少し眠った。といっても、さすがに昼からグッスリは眠ることは出来なかったので、目を覚ましてから汗でびっしょりになっている優をまた扇ぎ始めた。

 私は閉めていた襖を開けておぎんさんに合図をすると、おぎんさんは全ての襖を開けて風通しがいいようにしてくれた。

 優が起きると私たちは、着替えをすることにした。お揃いの朝顔の柄が入った浴衣に袖を通すと、上様と一緒に京都で過ごしたときを思い出した。

 私は紺色の帯を、優は柔らかい生地の赤色の帯を締めた。優は、赤色が気に入ったのかその帯を見つめてニッコリと笑った。


 「お二人ともとてもお似合いでございますよ」 おぎんさんがそう言ってくれた。


 「ありがとうございます」 


 「お里様、髪を一度下ろさせてもらいますが、以前のようにご自分で直されますか?」 と聞いてくれたので私はそうさせてもらうことにした。こちらの世界で髪はだいぶ伸びていたので、かなり大きめのお団子ヘアとなった。


 「素敵でございます」 おぎんさんがそう言ってくれたので、嬉しかった。優も少しだけ伸びた髪を後ろで組紐で結んだ。嫌がるかと思ったけれど、優は大人しくされるがままになってくれていた。


 「それでは、あちらのお部屋に食事を運んで参りますので、しばらくお待ち頂けますか?」 おぎんさんはそう言って一度お部屋を出て行かれた。外は、少し太陽が沈みかけて先ほどまでの照り付ける日差しが陰ろうとしていた。


 「優、少しお外に出てみましょうか」 私は優を抱っこして庭へと出て、ブラブラと歩いた。優は降りたいと体を揺すったけれど、せっかっくの浴衣が汚れてしまうと思い縁側に腰を下ろした。


 「優、父上に可愛い姿をお見せしましょうね」 私が優に笑いかけて言うと、優も嬉しそうに笑った。

準備が整うと、おぎんさんが呼びに来てくれた。私たちは小屋の方から回って以前のお部屋へと向かった。階段の下まで行くと、上様が待っていてくださった。


 「お里? 来たか」 上様はそうおっしゃると優を抱っこしてくださった。「階段は危ないからな」 そう言って微笑まれた。


 「ありがとうございます」 私は上様に続いて階段を昇った。以前はとても質素なかんじだったけれど、敷物が敷かれてお膳の準備が整っていた。


 「まあ 何だか隠れ家みたいで素敵でございますね」 私がそう言うと上様は嬉しそうに笑われた。


 「私も着替えをしてしまおう。おぎん、頼む」 とおっしゃり上様はお部屋の奥へと行かれた。優は敷物の上で、御膳に近付こうと体を動かしていた。


 「優、もう少し待ってね」 私はそう言いながら優の傍に行き、気を紛らわすために手遊びをした。


 「待たせたな」 上様はそうおっしゃりながら優を抱っこされてご自分のお席に着かれた。


 「上様、よくお似合いでございます」 私は上様の浴衣姿がとても素敵でドキドキとした。


 「お里が選んでくれたからな。そう言ってもらえたら嬉しいよ」 上様は少し照れておっしゃった。


 「お里と優もとても似合っている。優は赤い帯なのだな・・・可愛い」 そう言って上様は優の赤い帯を触られると、優はいいでしょ? と言わんばかりの顔をして一緒に帯を触った。


 「さあ お里、先に食事を済ませようか」 上様は優を抱っこされたまま食事をされようとした。


 「上様、そのままではお食事がされにくいでございましょう? 私が抱っこいたします」 私が立ち上がりかけると上様は「いや、このままでも大丈夫だ。普段はお里がゆっくり食事が出来ないのだから、今日はゆっくりと食事をしなさい」 と言ってくださった。


 「ありがとうございます」 私はそう言ってもう一度座り直し食事をとることにした。上様は、ジッと私を見られているようで何度も目が合う・・・私はだんだんと恥ずかしくなってきた。


 「上様もお食事を済ませてください」 私がそう言うと上様は「つい見惚れてしまうのだ」 とおっしゃった。私は一段と顔が熱くなっていくような気がしてきた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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