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家族一緒

 「お里は花火を知っているか?」 上様が庭を見られたままおっしゃった。


 「はい」 私はこの世界に来て、まだ花火は見たことがない。だけど、夏に外でドンドンと音がするのは聞いたことがあった。


 「今年は、大変な年になっただろう? だから、民の慰めになればと大きめの花火を賑やかに打ち上げようと考えている」


 「そうなのでございますか? それは楽しみでございますね」 私はテンションがあがった。花火の音と光は、派手さもあり華やかさもあり、どこか儚げでなんともいえない感情が込み上げてくる・・・


 「それは、私たちも見られるのでございますか?」 私は上様の顔を覗きこんで聞いた。


 「ああ もちろんだよ。以前、側室と役人を会わせたときに昇った部屋から見ようと思っている」 上様は私の両頬を手で挟まれ微笑みながらおっしゃった。


 「嬉しいです。優にとっても初めての花火でございますね。そのときに、一緒に浴衣を着たいと思います」


 「そうだな、夕涼みも兼ねて3人で見よう」 上様はそうおっしゃると、私の顔をご自分の顔に近付けられた。


 「民のためというのも本当だが、私たちにとっては優が産まれた素晴らしい年だからな」 お顔を離されてから上様はおっしゃった。


 「はい」 私は花火のことを楽しみに思いながら微笑んだ。


 おりんさんは、時々お顔を見せに来てくれていた。優より半年ほど早く産まれた彦太郎さんは、すでによちよちと歩いていた。この頃の半年はとても大きいことを改めて実感した。彦太郎さんはいつも優の隣に座って、楽しそうに遊んでくれる。優もとても機嫌よくキャッキャと声をあげて、相変わらずおもちゃを振り回していた。


 「本当に仲がいいですね」 私は二人の様子を見ながら言った。


 「優姫様に会えるのを彦太郎はとても楽しみにしています」 おりんさんは笑顔で言ってくれた。


 「そういえば、大きな花火を派手に打ち上げられるとか?」 お茶を用意してくれたおぎんさんが言われた。


 「私も菊之助様に聞きました。楽しみでございますね」 おりんさんが続いて言われた。


 「おりんさんも菊之助様と彦太郎さんと一緒に見たいですよね。その日は早く家に帰って頂くように上様にお願いしておかないといけませんね。おぎんさんだって、たまにはご家族で過ごされたいでしょうし・・・」 私がそう言うとお二人はクスクスと笑われた。


 「お里様はいつも私たちのことを考えてくださいますね。本当に私たちは幸せ者でございます。でも、そのようなことはお気になさらないでください」 おぎんさんが優しく言い聞かせるように言われた。おりんさんもその横で、微笑みながら頷いておられた。


 「でも・・・そのお時間に城内でおつとめの皆さんも、せっかくの花火が見られないのは残念でございます。少しだけでも見ることが出来ればいいですけど・・・」 と私は更に考えた。


 「今度はみなさんのご心配でございますか?」 おりんさんが呆れられたように笑われた。その場は、そこまでで話が終わってしまった。おりんさんは、夕方前にはすっかり遊び疲れて眠られた彦太郎さんを負ぶって家へ戻られた。さすが、隠密のおりんさんは彦太郎さんを軽々と抱えられた。


 「お里様、また伺わせて頂きます」 そう笑顔で言われた。その後、優もすっかり眠ってしまったので、私とおぎんさんは出来上がった浴衣を出してきて他に必要なものはないかと広げていた。


 「戻ったよ。 おお 浴衣を見ておったか」 上様がお戻りになった。菊之助様もご一緒だった。


 「おかえりなさいませ」 私はおぎんさんに頼んで一度浴衣を片付けてもらい、私は上様と菊之助様にお茶の準備をした。


 「優は寝ているのか?」 少し声を抑えて尋ねられた。


 「はい 先ほどまでおりんさんと彦太郎さんがいらっしゃいまして、彦太郎さんに沢山遊んで頂いたあと、二人でグッスリと眠ってしまったのです。おりんさんは、戻られたところです」 私がそう言うと上様は、にこやかに話を聞いておられた。


 「そうか・・・優も楽しかったのなら良かったな」 と上様がおっしゃったので私は「はい」 と返事をした。


 「お里様はまた皆さんのことで、悩まれていて笑っていたのでございます」 浴衣を片付け終えられたおぎんさんがお茶を運びながら言われた。


 「何をだ?」 上様はおぎんさんに尋ねられた。おぎんさんは私の方を見てクスクスと笑われた。


 「城内におつとめのお役人様が花火を見られないのは残念だと」 と笑いながら言われた。


 「ほう お里はまた他のものの心配をしておったか」 上様も笑いながらおっしゃった。


 「お里殿、そのような心配はされなくても大丈夫でございますよ。みな、お役目が一番だということくらい心得ているのでございますから。それに家族がいるものは、まだ独り身のものと当番を代わってもいいことにしておりますので・・・ご安心ください」 菊之助様はゆっくりと説明してくださった。


 「そうなのでございますね。それでは、菊之助様もどなたかにお役目を代わって頂けるのでございますか?」 私は少し安心して聞いた。


 「いえ・・・私は・・・上様とお里殿のお傍にいさせて頂くつもりでございますが」 と困ったように上様の顔を見られた。


 「たしかに・・・家族がいるもの全員が休みを取れる訳ではないなあ」 上様は菊之助様の視線をとらえてから考えられた。


 「上様、でもそれではキリがございません。出来る限り、上様のお許しを頂き配慮しているのですから・・・これ以上お考えになられるのはおやめください」 菊之助様はさらに困ったお顔をされた。私も、菊之助様をこれ以上困らせるのは申し訳ないと思った。


 「上様のご配慮で、少しでも家族で花火を見られる方が増えたのであれば良かったでございますね」 私はこれでこの話は終わらせようと思った。


 「いや そうだな・・・」 上様はまだ考えられているようだった。しばらく、沈黙が続いた・・・私もだんだんと菊之助様に対して気まずくなり、おぎんさんも私と目が合うと 申し訳ございません と口パクで言われた。


 「そうだ いいことを考えた」 私たちは同時にビクッとなって上様の方を見た。上様は私たちひとりひとりに笑いかけられた。


 「以前、役人たちと側室たちを会わせた庭を解放しよう」 上様はどうだ!といわんばかりのお顔をされた。


 「それは、大変なことになってしまいます」 菊之助様が慌てておっしゃった。


 「解放といっても入れるのは、城内でその時間働いているものの家族のみだ。事前に書状を持たせておけば、門番もそれを確認したものだけ通せばいいのだから、簡単であろう?」 


 「はあ・・・しかし」 菊之助様は不安そうな顔をされた。


 「おりんにも渡しておけよ、堂々と門から入ってくるようにとな。それからおぎん、平吉に子供達も連れてきてもらえ。私たちが上の部屋にあがってからは、お前たちは特にすることがないのだから、庭で家族と花火を見ればよいではないか」 上様はお二人に微笑みかけられた。


 「ありがたいことではございますが」 菊之助様はどう言っていいかわからないというようなお返事をされた。


 「後は、菊之助が首尾よくこなせ! 当日の段取りが少し増えるがお前なら出来るであろう」 上様は急にお仕事モードのお顔をされた。


 「はっ、承知致しました」 菊之助様もそう言われるとやるしかないというお顔をされた。


 「上様、私たちのこともご配慮頂きありがとうございます」 おぎんさんがそう言って頭を下げられた。


 「おぎん、家族揃って楽しめるといいな」 上様はおぎんさんに優しい笑顔を向けておっしゃった。菊之助様とおぎんさんがお部屋を出て行かれると、私は上様をジッと見つめた。


 「ん? どうした?」 上様は私の視線に気付かれておっしゃった。


 「いえ、私も菊之助様とおぎんさんもご家族と一緒に花火を見られれば幸せだろうなと思っていたので、上様がそのように差配をされたことに感激しております」 私は上様が同じお気持ちを持っていてくださったことが嬉しかった。


 「ああ これはお里と優が私に教えてくれた気持ちだよ。もちろん、ずっと一緒という訳にはいかないかもしれないが、出来るだけ一緒に過ごしたい気持ちは大切にしないとな」 そうおっしゃると上様は私の手を取られた。私もその手を握り返すと上様はお顔を近付けて来られた・・・私もそれに応えようと上様に近付いたとき・・・


 「ほへっ ほへ・・・ うぎゃーっ」 と隣の部屋で優が泣き出した。


 「まあっ」 私は上様に一礼してから優を抱き上げに部屋を移動した。私が歩き出すと「残念・・・」 と上様の呟く声が聞こえた。私が優を抱いて部屋に戻ると、上様はすぐに両手を伸ばして優を抱っこしてくださった。


 「優も一緒が良かったのでございますね」 私は上様に抱かれて機嫌を取り戻しつつある優を見て言った。


 「ああ そうだな」 とおっしゃると私の顔を見て微笑まれ、チュッと一瞬だけ頬へキスをしてくださった。私はいつもと違うかんじに、ドキッとしたことを悟られないように下を向いた。

 

 「優、母上は顔が真っ赤だな」 と優に話しかけられる上様と、それに返事するように笑い返している優を私は上目使いでみてから、もう一度下を向いた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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