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宴席

 次の日も上様は、朝からゆっくりされていた。残りの京都での時間を、できるだけ私と過ごしたいと菊之助様に言われていたと、おりんさんから聞いた。


 「お里、今日の夜は近しいものばかりで一緒に食事をすることになっている。お里も同席してほしいのだが、どうだ?」

 

 「私が・・・大丈夫でしょうか?」


 「お里がイヤなら無理をすることはない。だが、側室を同行していることは、みなが知っていることだから、一度だけでも顔を見せておいた方がいいかと思ってな。本当は、綺麗なお里をみなの前へ出すのは私は嫌なのだが」


 (上様のお役に立てるなら・・・)


 「わかりました。同席させていただきます」


 「そうか!私の隣で普段通りいればよいからな」


 「はい」


 (普段通りはマズイのではないでしょうか・・・)

 

 少し考えてから、上様が話された。

 

 「なあお里・・・正式に側室にならないか? そうすれば、部屋でコソコソと会わず堂々とお里を可愛がってやれる」


 「・・・」


 (そんなこと考えたこともなかった)


 「私がご側室になるなんて・・・とんでもないです・・・大奥のことなど何もわからないですし・・・」


 「お里は、ここしばらくの訓練で、そこらの側室よりも側室らしく振舞えるようになっている。今回の同行も見事にお夕としてこなしているであろう。庶民から側室になることだって、そんなに珍しいことではないぞ」


 「でも・・・」


 「お里、思っていることを言えばいい。お前に無理をさせようというわけではないのだ」


 「はい・・・ではご無礼を承知で・・・私は、あの部屋で上様や菊之助様、おぎんさんとおりんさんとで過ごす日々がとても心落ち着くのでございます。上様とご一緒の時間は誰にも気を使わないですし、素の私でいられます。それを、上様にも暖かく見守ってもらって・・・

 ご側室になるとなれば、それなりに他のお方たちとのお付き合いもあるでしょう。以前の記憶が少しあるのですが、私は女性の中であまりいい思いをしてこなかったのです・・・きっと傷ついたのだと思います。

ですから・・・許されるならば、このままあのお部屋で上様との時間を大切にしたいと思っております」


 (きっと、側室の世界へ行けば、あのお清様というボスママキャラと対峙しなくてはならないときがくるはず・・・今の私ではそれに立ち向かうには、まだムリだと思う・・・逃げているようだけど、上様には嘘をつきたくない)


 「そうか・・・つらいことを思い出させて悪かった。お前の記憶が戻ろうと戻らなかろうと私はお前のことを大切にするつもりだ」


 そこで、私の手を握られた。


 「無理はしなくていい。私もこの時間を大事にしたいからな」


 「ありがとうございます」


 また、甘い時間が始まった・・・


 夜になって、菊之助様がお迎えに来られた。私は、おぎんさんとおりんさんにいつもより少し華やかな着物を着せて頂き、準備を終えて上様と一緒に待っていた。


 「上様、準備が整いましてございます。みな揃い、席に付いております」


 「わかった・・・では、お里まいろうか」


 「はい」


 上様が立ち上がられたので私も立ち上がろうとすると、菊之助様が横から手を差し伸べてくださった。すると、上様が


 「菊之助、よい」


 と上様が手を差し伸べてくださった。


 「はっ」


 菊之助様は、少し呆れた顔をされて、私の顔を見られてから先頭を歩かれた。


 座敷に入ると、総勢20名ほどの方たちが座っておられた。上様が先に入られ


 「みなご苦労である」


 とおっしゃると、席につかれた。私も続いて席についた。一斉に視線が私の方へ集まるのを感じた。

 こんなに沢山のお侍様を前にするのは初めてだったので、私はここが本当に江戸時代なのだという実感と、少し恐怖を感じて俯いた。すると、上様が小声で


 「何も案じることはない」


 とおっしゃった。


 私も小さく「はい」と答えた。


 食事とお酒が進み、場も和やかで上様も楽しそうだった。その時、座敷に入ってこられた使いの方が菊之助様に何か耳打ちされた。菊之助様は少し驚いた顔をされた。そして手に持っておられた盃を置かれ正座をされた。


 「上様、ご隠居様が京都へ来られているようです」


 「なに!? 父上が?」


 「はい。上様同様、正式なご訪問ではないとのことですが・・・」


 「そうか・・・養生にこられたのかもしれないな。こちらにおられるとわかったからには、明日にでもご挨拶に行こう・・・菊之助、手配を頼む」


 「かしこまりました」


 (お父上様が京都へ? 私はお会いしたことはないけど・・・どのようなお方なのだろう)


 「今日はみな、ゆっくり楽しむがよい」


 「はっ」


 と、再度話が弾みかけたとき、突然、襖が開き年配の方が立っておられた。


 (誰?)


 私が上様に確認しようと、上様の方を向こうとしたとき、口々に家臣の方が「ご隠居様!」と言われた。


 (ご隠居様って、まさか・・・!)


 上様も 「父上!!」


 と頭を下げられた。私も急いで上様に続き頭を下げ、手を付いた。


 「おお、家斉! 皆の者ご苦労であるな。くるしゅうない。おもてをあげよ」


 そう言われて、みなさんがお顔を上げられるのを横目で確認してから、私も少しだけ顔をあげた。上様の方へ歩いて来られたので、私は咄嗟に席をあけなければと思い席を立ち、横へ移動した。


 「おう、かたじけない」と言われて、私の真正面に座られた。


 (あれ? なんで向かい合わせなのかしら?)


 私は、俯いたまま顔があげられなかった。


 「まだ挨拶していなかったかな?」


 とおっしゃったので、


 「お夕にございます」


 と急いで頭を下げた。


 「お夕か・・・家斉が側室を伴っているなどと、珍しい話を聞いたのでな・・・私は奥へは行けぬから、どのような娘が同行しているのかと気になって来てみたのだよ」


 と、言われたので


 「お初にお目にかかれて、光栄にございます」


 ともう一度頭を下げた。それを下から覗かれるように、ご隠居様は私を見られた。そして家臣の方たちの方を向き直られて


 「今日は久しぶりに私もここに加えてもらうかのう? どうだ? 家斉」


 上様は頭を下げられ、


 「もちろんでございます」と言った後、


 「お夕、今日はもう下がってよい。部屋へ戻れ」と言われた。


 「はい。承知しました。ご隠居様、失礼いたします」


 そう言って、再び頭を下げた。


 「お夕も一緒におればいいのに・・・残念であるな」


 とおっしゃった。菊之助様が、私の横へ来て案内をしてくださったので、それに続いて部屋を出た。廊下を歩きながら菊之助様がおっしゃった。


 「お里殿、驚かれたでございましょう。きっと、上様も驚いておられると思います。今日は宴の席にもお付き合いされて、疲れておられるでしょうから、部屋でゆっくりなさってください」


 「はい。ありがとうございます」


 そう言って、部屋まで付き添ってくださり、菊之助様は座敷の方へ戻られた。


 

 私は一人になって、さっきのご隠居様の顔を思い出した。


(あの、人を威圧するような目は思い出してしまう・・・私の父のことを・・・何事も自分の思い通りに行くことが当たり前だと思っていた。私や母が、自分に口答えすることなど、考えたこともなかっただろう。実際、私も母も父に意見することなんてなかったし、結局私は・・・駒にされた・・・でも今は、私は上様に大事にしてもらっている。私の意見を聞いてくださり、一緒に考えてくださる。こんな暗い顔をしていては、上様が心配なさるわ。気を取り直して、上様をお迎えしよう)



本日も読んでくださりありがとうございます。

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