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お見通し

 総触れがお休みのその日は、3人でゆっくりと過ごした。優も少しお座りが出来るようになり、自分の手の届くものを取っては口に入れようとするのを上様が慌てて取り上げられていた。少し遊ぶと、上様は私の膝の上で、優は上様のお腹の上で休憩をしながら二人は揃ってうたた寝をした。夕食を準備している間上様は優を抱っこして少しお庭を散歩してくださった。花にたわむれていた蝶々に優が真剣な顔をして興味を持っているのを、上様がお庭から知らせてくださった。


 「お里、こっちにおいで。優が蝶を捕まえようとしているよ」 とおっしゃったので、私は庭に行き二人の様子を見ていた。捕まえようと必死に手を伸ばすけれど、すぐに飛び立ってしまう蝶々に優は段々イライラしてきたのか少し怒った声を出した。上様と私はその様子がおかしくて笑い出すと、優はつられて一緒に笑った。

 誰もお部屋に来られなかったので、私たちは時間に追われることなく穏やかに過ごせた。このお屋敷には私たち3人しかいないのではないかと錯覚するほど静かな時間だった。


 「ああ 楽しい一日だった・・・」 夕食を終え、優を寝かせた後二人になったときに上様がおっしゃった。


 「私もとてもゆっくりとした楽しい一日でした。上様、ありがとうございます」 私は上様がこういう時間を作ってくださったことに感謝した。


 「たまにはこういう日も必要だな。また明日から頑張ろうと思える」 上様はそう言うと私の隣に来てくださり、肩を抱いてくださった。私も「はい」 と返事をして上様に寄りかかった。


 「上様? お昼にお雪様のお話をしたとき・・・少しお顔が悲しそうに見えましたが、大丈夫でございますか?」 私はお雪様の話をしたときの上様の様子が気になっていた。上様は一瞬私の顔を見られてから下を向かれた。


 「お里にはお見通しなのだな・・・」 そう言って苦笑いをされた。


 「いや、少し昔のことを思い出してな」 と上様は話始められた。


 「私には少し下に弟がいたのだよ。将軍家のように大それた大奥というものはなかったが、父上も何人か側室を抱えておられた。弟は側室が産んだ子供だった・・・とてもいい子でな、私にも懐いていた。一緒に読み書きや剣の練習をしたりもした。私より覚えも早くて、少し羨ましかったりしたものだよ」 上様は遠くを見ながら話された。


 「でもな、ある日その弟は父上の子ではないということがわかった。以前からそのような噂があったのだが、怪しいと思っていた側近のものが調べたらしい」


 「それで?」


 「ある日突然弟とその側室は姿を消した・・・いまだに二人がどうなったのかは私は知らない・・・ちょっとそのことを思い出してな」 そこまで話されると上様は私の方を見て微笑んでくださった。


 「そんなことがあったんですね」 私は上様の手を取ってそっとなでた。


 「将軍になってからも自分は私の子を身ごもったと言い出すものがたまにいた・・・そんな嘘をついてまで側室になりたいのかと嫌気がさしていた。私の寝間の管理は全てお清がやっていたから、そんな嘘はすぐにわかるのだが・・・ここのところ、そういうこともなかったから久しぶりにその話を聞いて思い出してしまった」 とおっしゃるとフッと笑われた。


 「上様・・・私も始めはどうして皆さんがそんなに側室になりたいのかと不思議に思うことがありました。愛されていない、自分も愛していないお方の子を産むことに必死になっておられることが・・・でも、ここで沢山のことを知っていくうちに皆さんが自分の意思だけでここにおられる訳ではないということがわかりました。家の事情や、家の方たちの期待を背負って、自分の気持ちを抑えてここにこられていることが・・・もちろん、自分がここで立場を得たいと思っておられる方もおられますが・・・それだけではないと・・・」


 (お仲様もそうだった・・・ここに来る前に千太郎さんのことを好いておられた。だけど、側室になる道を選ばれた。今は幸せになっておられて、本当に良かった。きっと他にもそういう思いをされてここに来られている方が沢山いるはずなのだわ)


 「そうかもしれないな・・・」 上様はそうおっしゃると私の手にご自分の手を重ねられた。


 「だから、私が上様のお傍で上様に大切にして頂き、優を産むことが出来たのは本当に有難いことなのだといつも思っています」


 「・・・うん・・・で? お里の気持ちは?」 上様はそうおっしゃると私の方を見てニヤリとされた。


 「はい・・・私も上様のことを大切に思っています」 私はそう言って顔が熱くなるのを感じた。その顔を確かめられるように上様は私の頬を撫でられた。そしてそっとお顔を近付けられた。


 「お里、今日は早めにゆっくりと休もう」 上様はそうおっしゃると、私を抱き上げられた。私も「はい」 と返事をして上様にしっかりとつかまった・・・


 2日後お清様が部屋にいらっしゃった。上様はまだ戻られてなかったので、その間優の相手をしてくださった。


 「お清様がそのようなお顔をされるなんて、初めて拝見しました」 とおぎんさんが言われるとお清様は照れたように笑われた。


 「優姫様は表情が豊かで、見ていると一緒に笑ってしまいます」 とお清様がおっしゃった。


 「おお お清、待たせな」 と上様が入って来られた。


 「いえ とんでもございません。お忙しい中、お時間を取って頂きまして」 とお清様は頭を下げられた。おぎんさんはお茶を用意されると、お部屋を出られた。


 「それで?」 上様は早速席に着かれて話を聞く体勢になられた。


 「はい やはりお里に会った後、私の所へやってきました」 お雪様の件だった。私は優と遊びながらその場にいてもいいのか、上様の方を見て確認すると上様は頷いてくださった。


 「で?」 上様が先を促された。


 「はい 上様のお子がお腹にいます・・・と言ってきましたので、私は何故そのようなことになったのかと問いました。すると、自分が部屋に一人でいたときに上様がお部屋に入って来られたと・・・意地になって言うものですから、私はそんなことは決してないはずだとその嘘が上様を侮辱することだということがわからないのかと問い詰めました」


 「何故そこまで嘘をつくのだ」 上様は呆れられながらおっしゃった。


 「どうしてお里は寝間にもあがらず子が出来たのに、私は見習い以来寝間へのお声もかからない・・・実家からはまだ側室になれぬのかと催促の便りがくると・・・少し心を病んでいるように思われました」


 「そうか・・・」 上様はそれ以上は何も言われなかった。お清様は私の方を見て困ったようなお顔をされた。


 「とにかく御台所様と相談をして、今後のお雪のことについては決めさせて頂きたいと思います」 お清様はため息混じりにおっしゃった。


 「ああ そうしてくれ」 上様も大きく息を吐かれておっしゃった。


 「もし、実家に帰すのであればお雪が不自由なく暮らせるようにくれぐれも取り計らってやれ」 上様はそう付け加えられた。


 「有難きことにございます」 お清様は頭を下げられた。


 お清様がお部屋を出て行かれると、上様は私の隣に座られた。


 「お里? 先に言っておくが、お前が気に病むことはないぞ。自分が寝間にあがらずに子を宿した前例を作ってしまったことが今回の原因なのではないかとか考えているならそれは間違いだ。以前の大奥でもこういうことはよくあったことなのだからな」 上様はそう言って私の目を見つめられた。


 「えっ?」 私は今上様がおっしゃったことをそのまま考えていたので、驚いた。


 「やはり、そうであったか。お清が話をする間、お里の顔が段々と曇っていたからな。また自分のせいにしているのではないかと、そっちの方が心配でならなかった」 上様はそうおっしゃると、私の頬を撫でて微笑まれた。


 「上様・・・」 と私が言うと上様は私を抱き寄せられた。そのとき丁度間に挟まれた優が上様にギューッと小さな腕で抱き付いた。上様は優を見られ笑顔になられた。


 「そうか、優も一緒がいいか」 そうおっしゃると片手で私を、片手で優を抱きしめられた。


 「お里はこうやって私を毎日幸せにしてくれている。これはお里にしか出来ないことなのだよ。だから、誰に遠慮をすることもないのだ。いつも言っているが、自信を持っていてくれ」 私の耳元でそうおっしゃった。


 「はい・・・」 私はそう返事をした。


 「だが、お雪のことを心配するお前の気持ちもわかる・・・そこは御台所とお清にまかせよう」 顔を離されて私の目を見られ言い聞かせるようにおっしゃったので、私は笑顔を返した。


 (お雪様・・・側室になれないことで心を病んでおられたのだわ。余程切羽つまってありもしないことを言ってしまわれたのだろう。これは、私にはどうすることも出来ない・・・今思えば、お糸さんのときもそうだった。何もされていないのに、側室になるために上様の名前をだされる・・・上様の方が傷付かれているかもしれない。なのに、私の心配をしてくださる・・・)


 私は色々と思うところがあったけれど、優の嬉しそうな笑い声を聞いて今はこの話はここまでにしておこうと今度は私が優をギューッと抱きしめた。すると、上様も向かい側から優を抱きしめられ優はお腹から声を出して笑い、私たちもつられてお腹が痛くなるほど思い切り笑った。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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