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3人のお出かけ

 ある日の夜、上様がおっしゃった。


 「お里、今度、町がどれだけ戻ってきたのかお忍びで見に行こうと思ってなあ」


 「そうでございますか。だいぶ活気が戻ってきたとのことですので、上様の目で確かめに行かれるのですね?」


 「ああ そうしようと思う・・・お里も行きたいか?」 と上様が尋ねてくださった。


 「いえ 優もおりますし、私がここから出るとなると沢山の方にご迷惑がかかってしまいますので・・・」 と私は上様が気分を悪くされないようにお断りした。


 「今回は大八車の上に籠を乗せたものを用意しようかと思ってな。車が付いているし、町の中だからそんなに揺れることもないだろう。優も一緒に乗せても大丈夫だと思うのだが・・・どうだろう?」 と上様がおっしゃった。


 (人力車の籠バージョンみたいなものかしら?)


 「上様、わざわざ優のことまで考えてそのようなものを作ってくださったのですか?」


 「ああ 優を置いていくなど、お里に断られると思ったからな」 上様はそうおっしゃると微笑まれた。


 「ありがとうございます」 私は頭を下げた。


 「時間もそう長くはない。町を一周するだけだ。町を歩くことは出来ないが、お里も少し気晴らしになるだろう・・・もし優が愚図ってしまったら、すぐに戻ってもかまわない。一緒に行ってくれるか?」 そう尋ねてくださった上様に私は笑顔で「はい」 と返事した。

 出発当日、私は優を抱っこして小屋の向こうの庭に向かった。もちろん、おぎんさんがついていてくださる。この庭に面する廊下と座敷は、今は上様の許可がないと出入りできないことになっている。上様がいずれ優が思い切り遊べるようにと、そのようにしてくださった。だから、誰ともお会いせず庭に行くことが出来るようになった。

 すでに籠が用意されていた。籠を引いてくださる方の一人が私に近付いて来られた・・・私にももうわかる・・・平吉さんです。


 「お里様、お久しぶりにございます。優姫様もすくすくとお育ちになられているようで・・・」 と挨拶してくれた。


 「平吉さん、いつもおぎんさんにお世話になっております。平吉さんにも不自由をおかけしているかもしれませんが、今後もよろしくお願いいたします」 私はそう言って頭を下げた。


 「頭など下げないでください。おぎんもお里様のお傍にいられて幸せだと申しております」 笑顔でそう言ってくれた。


 「お里、準備は出来ているか?」 そこへ上様と菊之助様がいらっしゃった。


 「はい」 と私が返事をすると上様は笑顔で頷かれた。


 「上様、籠を引くものはすべて隠密でございます。他の役人は、表の門を出たところから何人か合流いたしますので・・・」 と菊之助様がおっしゃった。


 「ああ わかった。 じゃあ、まいろうか」 と上様が手を差し出された。私は一度おぎんさんに優を預け上様の手を取って、庭へとおり籠に向かった。籠の乗り口は少し高くなっているため、平吉さんが踏み台のようなものを用意してくれた。私はそれを使い、上様に支えて頂き籠に乗り込んだ。私が奥まで座り落ち着くのを見計らって、おぎんさんが優を連れてきてくれた。私と優がしっかりと体勢を整えたのを確認された上様は籠に乗り込まれた。


 「それでは、扉を閉めさせていただきます」 菊之助様がそうおっしゃり、扉が閉められた。


 「お里、大丈夫か?」 まだ籠も動いていないのに、早速上様が心配してくださった。


 「はい、大丈夫でございます。以前乗せて頂いた籠よりも、背が高いので見晴らしがいいのでございますね」 私は小さな窓から見える景色をみてそう言った。


 「ああ 私もこの乗り物は初めてだ」 上様は嬉しそうにおっしゃると、優を見られた。優は、上様のお顔を見てニコーッと笑って声をあげていた。


 「優はいつもと違うので緊張しているのではないか? 大丈夫かな?」 上様は優に対しても心配されているようだった。


 「上様がご一緒ですので大丈夫でございましょう。初めて3人でお出かけなんて、嬉しいです。ありがとうございます」 私はそう言って微笑んだ。


 「お里、腕がしんどくなったら言うのだぞ。私が優を抱いてやるからな」 


 「上様、それでは進ませて頂きます」 という菊之助様の声に「ああ」 と返事をされた。ゆっくりと進みだした籠の中は、少し揺れたものの以前乗った籠とは違った。宙に浮いたような感じではないので随分とましだった。車輪が地面をゴロゴロと転がる感じが伝わってきた。体に振動を伝わりにくくするためか、分厚めの敷物が何重にも敷かれていたので不快に感じるほどの振動ではなかった。

 私は、外の景色を見ていた・・・庭から出る時はいつも小窓も締め切られているか、夜だったので初めてみる景色だった。庭の戸板を外すと、通り抜けられるようになっているのだということがわかった。


 「このようにしてここから出ていたのですね」 私は感心したように上様に言った。


 「ああ お里は知らなかったのか・・・ここから表の門に通じる道があるのだよ」 と上様が教えてくださった。


 「お里、今日は一応お忍びだからな、籠に紋も付けていない。小窓には御簾が垂れ下がっている・・・向こうからは中が見えないから気にすることなく外を見られるぞ」 と上様がおっしゃったので私は笑顔で頷いてもう一度外を見た。

 庭の小さな門を出ると小道を進み、その向こうに小屋のようなものがあった。


 「あれは?」 私はその小屋を指して、上様に聞いてみた。


 「ああ あれは厩だよ・・・あそこで馬の世話をしている」 と教えてくださった。私たちの車が近付くとそこで作業されていた方が、作業を止められ頭を下げられた。その中には小さな少年がいて、隣の大人の方に頭を下げろと言われているようだった。私はその少年をジッとみた・・・!!!・・・私は上様の方を振り返った。


 「上様?」 私は上様に質問をしようと思ったけれど、驚き過ぎて声が出なかった。


 「ああ わかったか?」 上様は私の驚き様が面白かったのか笑いながらおっしゃった。


 「みての通り、寛吉だ・・・」


 「??・・・どうして?」 私はまだ驚いたままだった。


 「菊之助がな、口利きをしたらしい。もちろん私も了承済みだ。いつかお里を驚かせようと思っていたんだが、こんなに驚くとは思っていなかった・・・もちろん、城では私はあの子に会ったことはない」 上様は上手くいったというようにニヤニヤしながらおっしゃった。


 「本当に驚きました。そうですか・・・菊之助様が・・・いつか、上様や菊之助様のお役に立つ日が来るかもしれませんね」 私は頭を下げている寛ちゃんを見ながら言った。


 「ああ あそこまでは菊之助の口利きだが、ここから寛吉がどうなるかはあいつ次第だからな」 上様も寛ちゃんを見ながらおっしゃった。


 「そうでございますね」 と私が言うと上様が顔色を変えられた。


 「お里? 間違っても寛吉に勝手に会いに行ってはならぬぞ」 とおっしゃった。


 「わかっております。そのようなことはいたしません」 私は笑いながら言った。


 「だったらいいのだが・・・」 上様も少し笑われた。


 そんな話をしている間に、私もおぎんさんと何度か通ったことのある門へと進んだ。菊之助様が門番の方に何かを話されると門番の方はかしこまって頭を下げられ門を開けられた。

 上様と私と優の乗った車は、門を通り町の方へと進み始めた・・・


ここまで読んでくださりありがとうございます。

江戸時代には本当は車輪の付いた乗り物はあまり走ってなかったようですね・・・ほとんど籠が主流だったとか。そこらへんはどうぞご了承ください。

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