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手紙

 優のいる生活にも慣れ、私は上様との時間も大切にした。上様も遠慮されることなく二人の時を大切にしてくださった。

 そろそろ、桜も散り新緑が目に眩しい季節となってきた。

 朝、いつものように上様は表に行かれるギリギリの時間まで優を抱っこされていた。菊之助様が迎えに来られると私に優を預けられた。


 「優はいいなあ。母上とずっと一緒にいられて・・・父上は仕事に行かねばならぬ」 と優に話しかけられるのは毎日のことだった。


 「優、父上にいってらっしゃいませをしましょう」 私はそう言って優の手を取り、上様に手を振りながら「上様、いってらっしゃいませ。早くお戻りくださいね」 と言う・・・すると上様は「ああ わかった・・・出来るだけ早く戻るからな」 と言って名残惜しそうにお部屋を出て行かれる。


 (以前なら私がそういうことを言うと、上様はお仕事を早く切り上げてでも早くに戻られただろう・・・今はそういう気持ちでお見送りをしているということをわかってくださっている)


 「上様とお里様はますます仲睦まじくなられますね。今は心の繋がりがとても深いのだと傍からみていてもわかります」 上様がお部屋を出て行かれるとおぎんさんがおっしゃった。


 「はい、上様のためと思って言わなかったことを出来るだけ言葉にするようにしております。私の言葉に耳を傾け、いつも聞いてくださっています。上様にも同じように我慢をすることなくお話して頂くようにしています」 私がおぎんさんにそう言うと「素敵でございます」 と言ってくれた。


 「お里様、優姫様の夏用のお着物もそろそろ準備しないといけませんね」 おぎんさんが言われた。


 「そうでございますね。春が終わればすぐに暑くなってまいりますからね・・・どうすればよろしいですか?」 私は産まれてからしばらくの間の優の着物はおぎんさんにお任せして揃えてもらっていたので、聞いてみた。


 「上様に一度ご相談されてはいかがですか? それとも、簡単なものはまたご自分で縫われますか?」 


 「上様に相談してみます。以前優の産着を縫っていた頃は、私のことだけで良かったので時間があったのですが、今は無理そうですので・・・落ち着いて縫い物をするのは・・・」 とおぎんさんに言った。


 「わかりました。肌着のような簡単なものは私がご用意させて頂きますね」 とおぎんさんが言われたので「よろしくお願いします」 と言った。


 お昼過ぎ、優を膝の上に乗せ遊んでいると上様が戻ってこられた。


 「お里、戻ったぞ」 とおっしゃると、まっすぐ私と優のもとへ来られた。


 「優、さあ 交代だ」 と優を抱き上げられ、ご自分は私の膝の上に頭を乗せられた。そして、上様のお腹の上に優を乗せて遊ばされた。

 上様は最近こうやって優を遊ばせてくださる。優も上様のお腹の上で遊ぶことが大好きで、時々上様のお顔に近付きお鼻を触ったりしながらキャッキャと言って喜んでいる・・・


 「お里、これはいい方法だろ? 私も優も寂しくないからな」 初めてそうされた時におっしゃった。とても嬉しそうな笑顔で話される上様を見て「はい そうでございますね」 と上様の頬を撫でながら返事をした。

 おぎんさんは上様がお部屋に戻られると最近は席を外してくれる・・・だから、この3人の時間はとても大切だった。夜に上様が戻られる頃には優は寝てしまっているので・・・


 「あっ お里、お仲から手紙が来ておった・・・後で読んでやるがそれでもかまわないか?」 上様も今は優と遊んでいるのが楽しそうだった。


 「はい 後でよろしくお願いいたします」 私はそうお願いした。お仲様には優が産まれてしばらくしてから上様にお願いをして手紙を書いて頂いていた。

 

 地震の時は心配をしたこと。そして・・・上様との間に子が出来たこと、今も幸せに暮らしていること・・・お仲様も幸せでいてくれますようにという言葉を最後に添えてもらった。

 手紙は菊之助様経由でお仲様に出して頂いた。そのお返事をくださったのだろう・・・

 優が遊び疲れて寝てしまうと、布団の上に寝かせた。その間に上様は席に着かれ手紙を準備してくださっていた。


 「お里、読もうか?」 上様は私にそう聞いてくださり、自分の隣に来るようにとおっしゃった。私は返事をして上様の隣へ座らせて頂いた。


 「上様、よろしくお願いします」 と私が言うと上様は私の顔を見てから頷いて手紙を読み始めてくださった。

 手紙の中にはまず私が無事出産したことへの喜びとお祝いが書かれてあった。上様と私の姿を想像すると自分も心が温まると・・・お仲様が優にお目通りが叶うことはないだろうけど、とても可愛い姫様であろうと・・・そして、お仲様のお店は元通りになり、最近はまた小間物を買いに来てくださるお客様が戻りつつあることが書かれていた。


 「お仲様がお祝いを言ってくださるなんて・・・」 私はきっと、お仲様がこの大奥の中にいらっしゃったままだったら、絶対にこんなことはないだろうとつくづく思った。


 「ああ そうだな・・・」 上様もクスッと笑われた。


 「お店の方もまた商いを始められて良かったです」 私は上様の方を見て微笑んだ。


 「町の方もだいぶ、以前のような活気が戻ってきているらしいからな」 そう言って上様も私を見つめてくださった。


 「優をお仲様に会わせることは叶いませんが、またいつか私はお仲様にお会いしたいと思います」 私はお仲様と一緒に市にお店を出した時のことを思い出しながら言った。あの時は本当に楽しかった・・・


 「また会えるよ・・・そのときは私も一緒についていこう」 上様はそうおっしゃるとわたしの手を取られた。


 「はい 一緒にお願いいたします」 私はその手を握り返してそう言うと、上様は頷いてくださった。


 「上様、お手紙を読んでくださってありがとうございます」 私はもう一度上様にお礼を言った。すると、上様は私の膝の上に頭を乗せて寝ころばれた。


 「優が寝ているから・・・今は独り占めだな」 そう言って下から私の顔を見上げられておっしゃった。私はフフッと笑って上様の頬に手を合わせて「そうでございますね」 と言った。


 「あっ 上様、おぎんさんがそろそろ優に夏用の着物を準備しておいた方がいいと言われましたが・・・どうすればよろしいですか?」 私はさっきおぎんさんと話していたことを思い出した。


 「ああ そういう時期だな・・・今度、呉服屋から見本になるようなものをいくつか持って来させるよう手配をしてくれとおぎんに言っておいてくれるか?」 上様は極力優のことは私に任せてくださっている。


 「はい、わかりました」


 「私も選びたいから・・・日を合わせるようにな」


 「はい もちろんでございます」


 「その時に、お里の着物も何着か仕立てよう」 上様は楽しそうにおっしゃった。


 「いえ 私はいいのでございます」 私がそう言うと上様はニコッと笑って「綺麗な母上を私も優も見たいのだよ」 とおっしゃった。


 「ありがとうございます」 私が素直にお礼を言うと上様は「それでいい」 と満足そうなお顔をされ、私の膝の上で気持ち良さそうにされた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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