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我慢

 夕食も終わり、着替えを済まして優を寝かすとおぎんさんが「私はそろそろ失礼させて頂いてもよろしいですか?」 と言われた。私は「はい、今日もありがとうございました」 と言うと、おぎんさんは一礼をして廊下へ向かわれた。その時、同時に上様が入ってこられたのでおぎんさんは珍しく「わっ」 と大きな声を出された。そして「申し訳ございません。優姫様が驚かれますね」 と恥ずかしそうにされた。


 「おう おぎん、今日はもう戻るのか?」 上様がおぎんさんに尋ねられた。


 「はい、今日は失礼させて頂きます」 そう言って、立ったまま頭を下げられた。そして、フフフと笑われるとそのまま廊下を出て行かれた。上様は何がおかしいのかというお顔をされたままお部屋に入って来られた。


 「上様、おかえりなさいませ」 私はそう言うと立ち上がって上様のお着替えを手伝った。


 「優はもう寝ているのか?」 上様は閉められた襖を見ながらおっしゃった。


 「はい、ぐっすり眠っています。ここのところ、夜中に起きるのは1度くらいになってきてとても助かっています」 私はそう言いながら上様の帯を締めた。


 「そうか・・・優も少しずつ成長しているのだな」 上様はそうおっしゃると席に着かれた。私は上様の前に座らせて頂いた。


 「お里、今日はどうだった?」 少し落ち着かれてから上様が尋ねてくださった。


 「はい、御台所様に優を抱いて頂きとても嬉しかったです」 私は今日のその光景を思い出しながら言った。


 「そうか、御台所も優の顔を見られて喜んでいたよ」 上様は笑顔でおっしゃった。私もそのお言葉が嬉しくて笑顔を返した。


 「それから、御台所様の体調のこともおうかがいしました。お体がお悪いとは思いもしませんでしたので驚きました」 私は少し目を伏せて言った。


 「ああ お里に話しても良かったのだが・・・子を身ごもっているお里に心配をかけるのは良くないと・・・御台所が言っていたからな。お里は総触れに参加していなかったから知らせなかったのだ」


 「そうでございましたか」 私は改めて御台所様のお心遣いに感謝をした。


 「それに、匙からも特に不安に思うことはない・・・体が弱いが養生をすれば回復すると言われているからな。疲れが出たり、風邪をひいたりしたときは早めに大事をとるようにということだ」 上様は私をなぐさめるようにおっしゃった。私は上様の方を見て頷いた。


 「それで・・・そういう場合のご名代のお役目を頂きましたが・・・私ははっきりとお返事が出来ず・・・」 言いにくそうにする私を見て上様がクスッと笑われた。


 「お里はどうしてはっきり答えることが出来なかったのだ?」 


 「はい・・・御台所様のご名代など恐れ多いといいますか・・・私につとまるのか自信がありません」 私は正直に話した。


 「んー では、私の隣に座って客人の話を聞いているところを想像してみたらどうだ? お里が何かを話さないといけないわけではない」 上様は少し考えられてからおっしゃった。 


 「上様がお仕事をされている姿を見られるのは・・・嬉しいです・・・お隣に座らせて頂くことなら出来そうです」


 「そうか・・・御台所の名代と思わず、私の横で客人に会う役目だと思えばいいのではないか? そんなに難しく考えなくてもいい・・・私が傍にいるのだから・・・やってみて本当に無理だと思ったなら、その時に正直に言いなさい」 上様は優しくおっしゃった。


 「ありがとうございます。その時が来たら・・・またご指導をお願いします」 私はそう言って頭を下げた。


 「ああ まかせておけ」 上様は嬉しそうに笑われた。私は昼のことがあったせいか上様をジッとみてしまっていた。


 「おさと、こっちへおいで」 上様が私の視線に気付かれて、傍に来るようにおっしゃった。私が上様の横に座ろうとすると、上様は私を前に座らせて後ろから抱きしめてくださった。


 「おさと・・・御台所に会ったあと、お楽に呼ばれたとお清から聞いたが・・・」 上様は後ろから私の肩に顎を乗せられておっしゃった。


 「はい、お部屋に伺わせて頂きました」


 「それで? 大丈夫だったのか?」 上様は心配そうに尋ねてくださった。


 「はい・・・大丈夫でございます。お楽の方様のお立場上、私にお話をしておかなければならないと思われただけだと思いますので・・・私も色々と考えてしまいました」 私はそう言って上様の方に体を向け、上様の胸に顔を埋めた。


 「どうした? 珍しいな・・・」 上様は少し笑われながら、私の背中に手をまわして抱きしめてくださった。


 「お楽の方様とお話をしていると、上様とこうしていることが奇跡のような気がしてきまして・・・これからも上様にお傍にいて欲しいと改めて思っていました。それで・・・部屋に戻ったときからずっと上様にお会いしたくて・・・おぎんさんにそのことを話すと今日は家に戻りますと言ってくれました・・・」 私は上様の胸の中でお顔が見えなかったので、恥ずかしくなりながらも何とか話すことが出来た。私が途切れ途切れに話している間上様の腕が段々と力強く抱きしめてくださるのを感じた。


 「そうか・・・お里がそう言ってくれるのは嬉しい。ある意味お楽に感謝せねばな」 そこで上様はクスッと笑われた。


 「それで・・・お里は今どんな顔をしているのだ?」 と少し私から体を離された。私は恥ずかしくてもう一度上様の胸に顔を近付けた。すると今度はもう少し力を入れて体を離され私の顔を覗こうとされた。それでも下を向いていた私に「おさと」 と優しく名前を呼ばれた。私が観念してそっと顔をあげると上様は「真っ赤だな・・・可愛い」 と微笑みながら頬を撫でてくださった。そして、優しく・・・ゆっくり・・・長いキスをされた。


 「最近、お里は優の世話が大変だったからな。私もあまり負担をかけたくなくて我慢していたんだよ。でも今日お里が私に甘えてきてくれて・・・嬉しい」 


 「上様に我慢をさせていたなんて・・・申し訳ありません」 私はそんなことを思っておられたなんてと申し訳なく思った。確かに上様がお部屋におられても優にかまっていることも多く、寝る少し前にお話をする程度でこんなにゆっくりと二人きりで過ごすことは少なくなっていたかもしれない・・・


 「いや、謝らなくていい。お里が一生懸命に優を育てていることはわかっているからな。でも、私も我慢せずにお里に甘えることにする」 上様はそうおっしゃると少しはにかんで笑われた。


 「そうしてくださいませ。優との時間も大切ですが、上様との時間も大切なのですから・・・私が気が付かなければおっしゃってください」 私は上様を見上げてそう言った。


 「ああ わかった。覚悟していてくれ」 そうおっしゃると少し声を出して笑われた。そのとき、隣の部屋から優が何か声を出したので二人で襖の方を見た。少し静かにしていると、優はまた眠ったようだった。


 「本当にいい子だ」 上様はそうおっしゃると微笑まれもう一度キスをされた。


 (私は上様と一緒にいることに慣れてしまい寂しい思いをさせてしまっていたのだわ。もちろん、優の世話はしているけれど・・・今日はこうやって上様に甘えてみて良かった)


 そんなことを考えながら上様と一緒にいられる幸せを再確認していた。その日優は明け方までよく眠ってくれたので、私たちは二人の時間を存分に味わった・・・


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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