絶望からの目覚め
いつものように、お隣のママとSNSで明日の予定の連絡をとっていた。
『明日、森田さんの家でランチをする事になってるじゃない? 私、主人の母が来るからって断ろうと思うんだけど…靖子さんもそうしない?』
『えっ? どうして?』
『だって、いつもの自慢話ばかりで疲れるでしょう? それに、気に入らないママに対してはほとんど無視だし…』
『そうかあ…でも私は用事もないし行くつもりにしてたんだけど…』
『私たちが仲がいいのはみんな知ってるんだから、二人で参加しなくても大丈夫よ! ねっ! そうしましょ? 暇だったら、二人でランチしましょうよ!』
『うーん…わかった。 じゃあとりあえず明日はそうするわね』
だけど、次の日になってもお隣のママからは連絡がなかった…用事ができたのかな…と軽く考えていた。
週が明けて、いつものように、幼稚園バスを待つため朝のお見送りに出たとき…視線は感じるのに誰も声をかけてこない。
「おはようございます」
「……」
みんな俯いたまま目を合わせようとしない。お隣のママのところへ行き、挨拶をしたけれど下を向いたままだった。
「おはよう」
「……」
そのとき
「靖子さん! 私たちと一緒にいたくないなら無理しなくていいのよ」
「えっ? どういうこと?」
「先週の集まり、わざと来なかったんでしょう? それも人を誘ってまで…あなた以外は、みんな来たのよ!」
「……」 (全然、意味がわからない…)
「全部、聞いたわよ! 大人しい感じなのに裏ではスゴいことするのね!」
(そういうことか…だまされた!)
「ちょっと待って! 私は…」
すぐさま、お隣のママが割って入ってきた。
「私に2人で集まりに行くのはやめようって言ったよね! 私は行くつもりだって言ったけど…それよりも2人で集まる方が楽しいじゃないって言ったでしょ?」
「それは、私じゃなくて…」
と言おうとしたとき、バスがきた。子ども達をバスに乗せなくてはならない。子ども達が全員バスに乗って見送ると、ママ達は私を無視して散っていった。
家に帰って、どういうこと? と考えた。お隣のママは、靖子さんはボスママに好かれてていいなあってよく言っていたけど…そんなことないわよ。と、笑って返していた。私をだましてまで、自分がボスママに気に入られたいなんて…考えてもみなかった…
そのときは、しばらくしたら収まるんじゃないかなっと思っていた。私は普通に接していればいいと…
しかし、子供が幼稚園から帰ってくると「誰も遊んでくれなかった…」という…
次の日も、次の日も…私への無視と、子供へのイジメはひどくなるばかり…
私は焦って、主人に相談しようとしても仕事で忙しいため、なかなか話を聞いてもらえない。
今日こそは! と仕事から帰るのを待ち受けた。
「ただいま」
「おかえりなさい。あの…相談があって…」
「あー… 風呂入ってくる」
私はため息をつきながら、主人のカバンとスーツを片付けていると、スーツの内ポケットの中で携帯電話が震えた。
(あれ? 機種変更したのかしら?)
と思い、取り出すと…
『Aからメッセージあり』
(誰? この時代すぐに不倫かな? と思うけど…まさかね…)
やめておけばいいのに、主人が寝ている間に指紋認証でロックを解除してしまった。
『今日も楽しかったね! 今度はJホテルにしない? あそこはバスルームがステキなんだって!』
沸々と怒りがこみ上げてきた。私が、いわれもない嫌がらせで悩んでいるときに、いったいこの人は何をしているんだろう…
(だからって、大声をあげて主人に怒りをぶつけることはできない…)
私は以前のメールもみてしまった。
『私たちもう3年になるけど、奥さんとは大丈夫なの?私は結婚するつもりはないからいいけどね』
『結婚するつもりがない君だから、一緒にいるんだよ。義理の父からも、遊ぶならそういう子を選べって言われてるし…奥さんは、俺の言いなりだから(笑)』
…そういうことか…都合よく自分に合わせてる私が良かったってこと…まさか、父まで…
一気に色んなことが受け止められなくなり、明日のことを考えることさえイヤになってきた。
気付いたら屋上で煌々と遠くの方に光るタワーを見ていた…私がもっと父に言いたいことを言えていたらこんなことにならなかったんだろうか?…そう…中学生の時も、私が先生にカバンを捨てた犯人を言っていれば、あの子も救われ、私も自分に自信がもてたのだろうか?…全て自分がガマンしてきた結果がこれだ。こんなことなら、やりたいことをやってくればよかった。それが自分を大切にするということだったのかもしれない…
そのとき、強い風が吹き一瞬バランスを失った私は、階段から片足を滑らせてしまった。
そのまま後ろに頭から落ちる…あっと思うのと同時に
『自分の気持ちを大切にすれば…よかった…』
と思いながら、意識が遠のいていった…
次に目覚めた時は、古い井戸の近くだった。
周りには誰もいなくて、目の前にはお屋敷のようなものがある。ここはどこなんだろう? 確か…マンションの屋上にいたはず…ふと自分の体を見てみると、着物を着ている。井戸を覗き込み、自分の顔も確認してみると、髪の毛が時代劇のように結ってある。
(ああ これが天国というやつなのか…そういえば、死んだら着物を着せて棺に入れるんだっけ? でも、こんな髪型にはしていなかったけど…着物も白色だったよね)
首を傾げながら、もう一度井戸を覗き込む…
(私こんな顔だった? っていうか、若くない? 見た目が中学生の頃になっている! 化粧もしていない…どういうこと!?)
頭の中の整理がなかなかつかないまま、どうしたらいいのか井戸の周りをウロウロしていると、
「何をしているんだい? あんたかい? 今日から奉公にあがるという子は。そんなとこにいるなら、ついでに水汲みをしておくれ!」
(えっ? 奉公? 水汲み? ここは地獄だったの? それとも夢?)
「忙しいんだから、早くしな」
「あっ はい!」
(夢かもしれないけど、ここはとりあえず水汲みをしてみよう…)
私は井戸を使い、試行錯誤しながらなんとか水瓶をいっぱいにした。
「これでよろしいでしょうか?」
「あーそこでいいよ」
水瓶を言われたところに置き、まだ整理のつかない頭のままで指示をしたおばさんを見つめていた。おばさんは私の視線に気付き、
「朝は忙しいから、とりあえず簡単に指示だけしておくね。私は、お常でこの御膳所を仕切っているものだよ。あんたは、お里だったかな? 名前は聞いているよ。あんたには、この大奥で御末として私の下で働いてもらうよ。」
(大奥?ってどういうこと? もしかして…私はあのとき死んでしまってこの世界に転生してしまったの? それとも、生きているけれど今の間だけ転移してしまったのかしら? それとも、やっぱり夢? …ここは…どうしていいかわからないから、合わせておいた方がいいかもね…)
「はい。よろしくお願いいたします。私の名前は…えっと…」
「お里だろ? 違うのかい?」
「はい。 お里と申します」
「変な子だねえ…まあ、慣れるまでは私の言ったことをしてくれればいいからね」
そう言いながら、お常さんの言われた通りに水汲みや掃除を1日中こなした。色んなことが起こりすぎて、身も心もクタクタになって、女中達の部屋へ案内された。
(とにかく早く眠りにつきたい。寝て起きれば、また元の世界に戻っているかもしれない…元の世界か…)