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 また次の日からこの部屋で過ごす日々が戻ってきた。

 上様は以前のように朝食に加えて、昼食か夕食を一緒にとってくださった。おりんさんも子育てに慣れられたこともあり、私の大きくなってきたお腹を心配されておぎんさんは上様がおられないときはほとんど私と一緒にいてくださった。

 私は上様が選んでくださった本を読んだり、おぎんさんに習って産着を作ったり穏やかな日々を過ごすことができた。


 「お里様が作られる産着は、女児向きでございますね」 おぎんさんが言われた。


 「あら そうかしら?」 私は知らず知らずのうちに、薄いピンクのものを選んでいた。


 (私が倒れたときに陽太に会えたのは、夢だったのかそうではなかったのかはわからないけれど陽太が言った「妹」という言葉を信じているのかもしれないわ)


 「そうですねえ・・・それでは、次は女児でも男児でも着られる色にしてみようかしら?」 私はそんな話をすることは出来なかったので、そう言ってごまかした。私たちは産着とは別におしめも自分たちで縫っていた。


 「お里様、本当はこのようなことはご自分ではされないのですよ」 おぎんさんが少し呆れたように言われた。


 「でも、自分の子のために何かが出来るということは幸せなことではないですか」 私は布を縫いながら言った。


 「お里、頑張っているな」 上様が戻ってこられた。


 「上様、おかえりまさいませ」 私がそう言うと、おぎんさんが片付けを始められた。


 「別に私が帰ってきたからといって、急いで片付けなくてもいいぞ」 上様がそうおっしゃった。


 「いえ、時間はたっぷりありますから」 私はそう言いながら上様の隣に座った。上様はお忙しい時間を割いて私の元へ来てくださるので、私は少しでもその時間は上様と過ごしたかった。それに、一度にやらなくても本当に時間はたっぷりあったので・・・


 「足は崩しておきなさい」 上様が優しくおっしゃった。


 「はい ありがとうございます」 私はだいぶお腹が大きくなってきたので、正座をすることがしんどくなってきた。上様は私が足を崩すと、ご自分に寄りかかれるように私の肩を持ってくださった。


 「つらくはないか?」 上様が尋ねてくださったので「はい とても楽でございます」 と言って上様にもたれさせて頂いた。お匙にも、順調であると診断を受けていたので上様もそれほど心配はされてなかったけれど、相変わらず少しのことでも私を気遣ってくださる。


 「お里の腹はどんどん大きくなるのに、お里自身は太らないのか?」 上様が不思議そうにおっしゃった。


 「上様が気付かれないだけでしっかりと太っております」 私はお城に戻ってからは、菊之助様の家にいたときのようにお散歩に行くことが出来なくなっていたので、たぶん急激に太っているのではないかと思っていた。

 すると、上様が私の顔にお顔を近付けられ、私の両頬を手で挟まれてから「そんなことはないと思うんだがな・・・」 とおっしゃった。私は急にお顔が近付いて恥ずかしくなり、目をそらした。


 「ん? なんで目をそらすのだ?」 上様は意地悪そうににやっと笑われた。


 「もう、恥ずかしいのでおやめください」 私は上様から少し離れると、上様はハハハと笑われた。


 「ほんとうに・・・上様? お里様がお子をお産みになられたら、嫉妬でどうなられるのかしら」 おぎんさんが昼食の準備をされながら言われた。


 「そうだな・・・おぎん、私は大丈夫であろうか?」 上様は逆に尋ねられた。その質問におぎんさんはプッと笑われた。私たちも一緒になって笑った。


 おりんさんも3日に1度は彦太郎さんを連れて遊びにきてくださった。彦太郎さんは、起きている時間も増え、体も一段としっかりしてきたようだった。お顔立ちも日に日に愛くるしく変わってきていた。


 「お里様、もうすぐでございますね」 おりんさんは来る度にそう言われていた。


 「はい。あと1月もすればいつ産まれるかわかりませんから」 私はそう言ってお腹をさすった。彦太郎さんは、相変わらず私のお腹の中のお子とお話をするのが好きなようで、そうしていると終始ご機嫌だった。


 「お名前は決められているのでございますか?」 おりんさんが聞かれた。


 「名前でございますか? 上様にお任せするものだと思っていたので・・・私は何も考えておりませんが・・・」 私は名前のことはすっかり忘れていた。こういう時代は、父上が決められるものと思い込んでいた。


 「彦太郎は、菊之助様の父上様が名付けてくださったのですが上様のことですからお里様と一緒に決められるのではないかと思いました」 おりんさんがそう言われた。


 (今日、上様に聞いてみようかしら? 大奥には決まりがあるのかもしれないし・・・)


 夜、お部屋に戻られた上様に聞いてみた。少し落ち着いて話をしたい場合は最近はお布団に入ってから話をすることになっていた。


 「上様?」


 「ん?」 上様は私の方を向かれた。


 「あの・・・この子の名前はもうお考えになられたりしているのですか? 大奥には何か決まりがあったりするのでございますか?」


 「特に決まりというものはないが・・・これまでの子たちは父上が名前を決められているな」 上様は思い出しながらおっしゃった。


 「そうでございますか。それではこの子も父上様が?」 私はそれでも全然かまわなかった。最近は上様は少しずつ父上様がされていたお仕事を引継がれているようだった。父上様も特に上様に何か言われることも減ったようだと菊之助様が教えてくださった。


 「嫌か?」 上様が尋ねられたので私は否定した。


 「といっても、この子の名前は私が決めるつもりだが・・・お里はそれでもいいか?」 上様は私の頬を撫でながらおっしゃった。


 「はい、それはとても嬉しいことです」 私はその手を取って微笑んだ。


 「そうか・・・良かった。じつは・・・もう考えてあるのだよ。後は、男か女かでどうしようか迷っている・・・」 


 「そうなのでございますね」 私はすでに考えてくださっていることが嬉しかった。


 「お里は私がどんな名前を考えているか聞きたいか?」 上様が尋ねられた。


 「そうですね・・・」 私は聞きたいような楽しみにとっておきたいような・・・迷っていた。


 「まあ 迷っているのなら今は言わないでおこう。いつでも、聞きたくなれば聞けばいい」 そうおっしゃると微笑んでくださった。


 「はい ありがとうございます」 私は上様が無理に伝えられない気遣いも嬉しかった。そして、どんな名前を考えられたのだろうとワクワクしながら眠りにつこうとしていた。私が想像を楽しんでいた様子を上様はジッと見られていたようだった。最近は抱きしめられたまま寝ると、私のお腹がしんどくなってしまうのではないかと上様は手を握ってくださる。上様の手にギュッと力が入ったので、私もその手を握り返した。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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