二人のお部屋
夕食はとても賑やかだった。皆さんが私の作った料理を褒めてくださった。
「お里のこれは、絶品だな」 上様が上機嫌でおっしゃった。
「はい 私も何度か真似をしたみたのですが、こんなに綺麗には出来ませんでした」 とおりんさんが言われた。
「ああ あの卵の入った汁は、これを真似しようとしておったのか?」 菊之助様がそうおっしゃったので、おりんさんは「もう作りません」 と拗ねられた。私たちはその様子を見て笑った。彦太郎さんも終始ご機嫌で、キャッキャと声をあげていた。首も座り、しっかりとしてきて、もうすぐ寝返りをするのではないかというくらいだった。私が上様の横で彦太郎さんを抱っこしていると、彦太郎さんが足で上様の腕を蹴られた。
「どうした?」 上様が彦太郎さんに向かっておっしゃった。彦太郎さんはそれでも必死で上様に向かって足を伸ばしているようだった。
「彦太郎はお里様に近付かれる上様に嫉妬しているのではないですか?」 おぎんさんが冗談ぽく言われた。
「なに? 彦太郎もお里のことを好いておるのか?」 上様はそうおっしゃると、私にわざと抱き付かれた。すると、彦太郎さんは大声で泣き出してしまった。
「まあ 本当にわかっているのでしょうか?」 おりんさんが驚いたように言われた。
「上様、気を付けておかないとお里様を彦太郎にとられてしまうかもしれませんね」 おぎんさんが言われると「それは困る。菊之助、そこはしっかりと教育いたせ」 と上様が真剣なお顔でおっしゃった。
「上様、大人げないですよ」 と私が言うと「お里のことに大人も子供もない」 とおっしゃった。私たちは大笑いをした・・・すると自然に彦太郎さんも泣き止んだのだった。
(上様のお言葉・・・以前私も言ったような記憶があるわ)
楽しい食事が終わり、上様と私はお部屋に戻った。
「お里、明日は私が総触れにいっている時間に籠に乗って戻る手筈になっている」 上様が明日のことについて説明してくださった。
「はい わかりました」
「御膳所の勝手口に籠を付けるようにする。そこからの方が、部屋に近いからな・・・お常には連絡済みだから出来るだけ人払いをしてくれるらしい。御中臈たちは総触れ中だから会うことはないだろう」
「はい ありがとうございます」
「籠に乗っている間は、何があっても扉を開けてはならぬぞ」
「はい」 私は強盗のことを心配されているのだとわかった。
「総触れが終わったら、私も部屋に戻るからな」 上様は説明を終えられたからか、やっと笑顔になられた。
「はい わかりました」 私も笑顔で返事をした。
次の日もいつもと変りなく過ごした。ここへ来るときもおぎんさんが全て支度をしてくださったように、戻る支度も全て終わっているようだった。
「今日は菊之助様も、お城のお部屋でお里様の帰りを上様と待たれるようですから・・・早めの食事にしましょうか」 おりんさんが言われた。
「そうですね。私も一緒に行きますから」 とおぎんさんが言われた。
「寂しくなりますねえ・・・彦太郎」 とおりんさんが彦太郎さんに話しかけられた。
「本当なら菊之助様と3人で生活を始められたところなのに、お邪魔をしてしまって・・・」 私がそう言うと「私だって、たくさん助けて頂いて嬉しかったのですから、邪魔だなんて言わないでください」 おりんさんが怒ったように言われた。その仕草がとても可愛らしかった。
「次はお里様のお子を囲んで、また賑やかにお話出来ることが楽しみですね」 おりんさんが今度は笑顔で言われたので、私も笑いながら「そうですね」 と言った。夕食が終わって落ち着いた頃、平吉さんが迎えにきてくださった。
「お里様、そろそろ参りましょうか?」 平吉さんが言われた。
「はい」 私は返事をして、抱っこしていた彦太郎さんをおりんさんに預けた。
「平吉さん、おぎんさん、よろしくお願いいたします」 私は頭を下げた。
「はい、無事にお城までお送りいたします」 と平吉さんが言ってくれた。籠には、来たときよりも丁寧に布団が重ねられていた。ここに来たときは、凍えるような寒さだったけれど夜になっても寒さはさほど感じなかった。
「さあ お里様、お気を付けてゆっくりとお乗りください」 おぎんさんが手を取ってくれてゆっくりと籠に乗った。
「それではお里様、またすぐに遊びに行きますからね」 おりんさんが笑顔で手を振られた。彦太郎さんの小さな手を持って、手を振るような恰好をされたので、私もそれに応えるように手を振った。
「お里様、それでは扉をお閉めいたします。窓も全て閉めますので、中は真っ暗となってしまいますがご辛抱ください」 おぎんさんが言われた。
「はい わかりました」
「それから、外でどんな音がしても絶対に扉や窓を開けないでください。私が外から声をおかけするまで・・・」
「はい」 なんだか、すごいところに向かう気分になってきて緊張した。
こちらへ来たときと同じように、静かに籠が上げられ進む揺れもほとんどなかった。静かな夜の中、私は真っ暗な籠の中で少し怖くなってきた。時折、畑の中でドサッという音が聞こえたので私はその音にビクッとなった。
(何か動物でもいたのかしら・・・)
暗い中目を開けていると、余計に怖さが増すような気がしたので目を瞑っておくことにした。
「お里様、着きましたよ」 そう言っておぎんさんが扉を開けてくれた。月明かりと蝋燭の灯りだけなのに、すごく眩しく感じて私は少し目が慣れるまでに時間がかかった。
「ゆっくりでかまいませんので降りれますか?」 おぎんさんが心配そうに言われた。
「はい 大丈夫です」 そう言っておぎんさんの手を取ってゆっくりと籠から降りた。そこは、以前私がよく使っていた御膳所のお勝手だった。
「まあ お里、しばらく見ない間に大きなお腹になって」 そう言われたのはお常さんだった。お常さんが蝋燭を持ってくださっていたのだった。
「お常さん、お久しぶりでございます。ご無事で良かったです」 私は笑顔で言った。
「私はお里のお子を見るのを楽しみにしているのですよ。無事に決まってるじゃないか」 お常さんはいつもは大きな声だけど、声を小さくして言われた。私はいつものお常さんにお会い出来て嬉しかった。
「さあ 今は人払いをしてあるから、今のうちにはいりなさい」 お常さんが、お勝手の方を指して言われた。
「さっ お里様」 そう言っておぎんさんが手を取ってくださりお勝手の中から御膳所へと入っていった。そのまま、よく通ったいつものお部屋へ続く廊下を進んだ。お部屋の中には、明かりが灯っていた。私たちの足音が聞こえたのか、襖が開き上様が出て来られた。
「おお お里、無事に戻ってきたか」 そう言うと私の傍まで来てくださり、おぎんさんに代わって手を取ってくださった。お常さんは履き物をおぎんさんに渡され「私はこれで」 と上様にご挨拶された。
「ああ お常、面倒をかけたな」 と上様がおっしゃると、「とんでもございません。お里、また来るからね」 と私の方を見て言われた。私も笑顔で頷いた。
部屋に入ると、なんだかとても長く留守をしていたような懐かしさが込み上げてきた。
「お里、疲れたであろう。とりあえず座りなさい」 上様は席まで連れて行ってくださり、座らせてくださった。おぎんさんは履き物などを片付けられた後、温かいお茶を淹れてくれた。
「おぎんもご苦労であったな。道中大事なかったか?」 上様が尋ねられた。
「はい、やはり悪い輩が2、3おりましたが、先にやっつけてまいりました」 おぎんさんはそんな大したことないというかんじで言われた。
「えっ? 私は何も気付きませんでしたけど・・・」 私は驚いて言った。
「はい、道中には充分に警護の物を物陰に潜ませておりましたので」 と言われた。
(あのドサッという音がそうなのかしら・・・一瞬で悪い方たちをやっつけるなんて)
私は感心していた。
「そうか・・・それは良かった」 上様はホッとしたようにおっしゃった。
「上様、お里様のお着替えをさせて頂いて寝間の用意を終えたら私は失礼させて頂きます」 おぎんさんが言われた。
「ああ そうしてくれ。おぎんもこれからは、家で過ごしてくれればいい」 上様は労うようにおっしゃった。
「はい ありがとうございます」 おぎんさんはそう言って頭を下げられると、寝間の用意に取り掛かられた。そして、私の着替えを手伝ってくださると「失礼いたします。また明日まいります」 と言ってお部屋を出て行かれた。
(5分もかかっていないのではないかしら? 本当に早業だわ)
また私は感心していた。
「お里、籠に乗ったあとだ。今日はゆっくり横になって休みなさい」 上様はそうおっしゃると、布団に入るように促された。
「はい わかりました」 私は素直にそうすることにした。私が布団に入ると上様は灯りを消されて、布団に入って来られた。
「はあー」 私は大きく息をした。
「どうした?」 上様がクスッと笑って尋ねられた。
「とても落ち着きます。菊之助様のところでも、ゆっくり休ませて頂いておりましたけれど、この部屋はまた違うものですね」 私はしみじみと言った。
「そうか・・・そうだな。私もたまに、ここで休憩していたけれど、やはりお里の姿がないのは寂しかったよ」 上様はそう言って私を抱き寄せられた。私も上様の方に体を向けた。
「またここで一緒に過ごせますね」 私はそう出来ることが嬉しかった。
「ああ ずっと一緒だ」 私は今日はとても甘えたい気分だったので、自分から上様に抱き付いた。上様は私を優しく抱きとめてくださった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。




