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帰還

 次の日からも上様は少し朝はゆっくりとお城に向かわれ、総触れが終わると菊之助様の家へ戻って来られた。地下の通路も平吉さんが点検をしてくださり、少しも異常はなかったとのことで、外から帰られる手間も省けたようだった。揺れもほとんど治まり、平常を取り戻しつつあった。町の方も、皆で協力をし家を建て直し、商いも出来るところから始まっていると聞いて少し安心をした。


 「お里、お仲から手紙が届いているようだ。菊之助から預かっているが読もうか?」 上様がある夜お仲様からのお手紙を持って帰ってきてくださった。上様宛てや私宛てでは何かとややこしいので、お仲様は菊之助様宛てで手紙をくださることになっていた。


 「本当でございますか? 読んでください」 私は上様の隣に座ってニコリと笑うと、上様は「可愛いな」 とボソッとおっしゃった。私は、恥ずかしくなるので聞こえないふりをすることにした。


 手紙には、地震が起こったとき無事であったこと。家の中が少し壊れてしまったけれど、近所で助け合いすぐに住めるようになったこと。もう少ししたら、商いを再開すること・・・などが書かれていた。そして最後に、このように町が早くに立ち直れたのは上様のおかげです。町のものたちはみな、こんなに早くお役人さんたちが来て私たちのために動いてくださったのは初めてだと言っています。本当に感謝しております、とお伝えください。と書いてあった。上様が読んでくださっているので、上様は少しご自分のことが書かれたところは恥ずかしそうにお読みになられた。


 「上様、良かったですね。町の皆さんが感謝をされているなんて、すごいですね」 私は恥ずかしそうにされている上様をジッと見て言った。


 「ああ 亡くなったものもいたのは残念だが・・・町が活気を取り戻しつつあることには安心したよ。まだ、しなければならないこともあるけどな」 上様は嬉しそうに私の顔を見ておっしゃった。


 「お仲様には、お子が無事に産まれたらその報告も兼ねてお返事をさせて頂いてもよろしいですか?」 

 

 私はお仲様にまだ妊娠の報告をしていなかった。元側室の方とはいえ、大奥の中のことをあまり話さない方がいいと思ったからだった。


 「ああ そうしてやりなさい。お仲も喜ぶであろう。私が書いてやろう」


 「ありがとうございます」 私はまだ手紙のような文字はどうしても難しくて書けなかった。一文字ずつなら、少しずつ書けるようになったのだけど・・・


 「それにしてもお里の腹は日に日に大きくなるのだなあ」 上様が私のお腹をジッと見ておっしゃった。


 「最近は食べ過ぎないようにして、少しお散歩もしているのですが・・・」 私はおりんさんが彦太郎さんを散歩に連れて行かれるときに、少し一緒に散歩させて頂くことにしていた。真冬の寒さから少し開放されて、お昼の日差しがあるときにだけだけど。


 「匙も問題ないと言っていたのだから、あまり気に病まないようにな。お里の中で子が成長しているということだ」


 「はい」


 「今日も寛吉は来ていたのか?」 上様は寛ちゃんのことについて聞かれた。


 「はい 今日は野に咲いている花を摘んできてくれたのですよ。ほら、あちらに」 そう言って、小さなビンに活けてある花を指した。


 「そうか 可愛らしい花だな」 上様が笑顔でおっしゃった。初めて上様が寛ちゃんと会われたときに、嫉妬をされて以来・・・今では上様と寛ちゃんは時々一緒に遊ばれることもあるくらいになっていた。


 「本当にいい子だな」 そう言って私の方を見られたので、私は「始めからそう言っておりましたよ」 と言ってニヤリと笑った。すると、上様は「それを言うな」 と恥ずかしそうにされた。


 「お里? 私の方もだいぶ落ち着いてきた。そろそろ城の方に戻るか? それとも、お前がここでまだ暮らしたいと言うのならそれでもかまわないよ」 上様は私の好きなようにすればいいと優しくおっしゃった。


 「・・・ここにいると、毎日賑やかであっという間に一日が過ぎてしまう程楽しいです」


 「ああ」


 「でも・・・やっぱり私の居場所はあのお部屋で・・・上様だけをお待ちすることが幸せでございます」


 「ああ ありがとう」


 「だから、戻ってもいいのならばそうさせて頂きたいと思います」


 「ああ わかった。おりんも少し動けるようになったし、彦太郎を連れて部屋にも来てもらおう。おぎんも相変わらず傍にいてくれるだろう。寂しい思いをさせないようにするからな」 そう言って上様は私の手を取られた。


 「はい ありがとうございます」 私はこの賑やかな生活もすごく楽しかったけれど、上様にお会い出来ないことが少し寂しかった。お城のいるとき、少しの時間でも上様はお部屋に戻って来てくださっていた・・・私はその時間も大好きだった。


 「明日から平吉とおぎんに支度をさせるから、整い次第城にもどろう」 改めて上様がおっしゃった。


 「はい よろしくお願い致します」 私は頭を下げた。


 次の日の朝食のとき、上様がお話をされた。


 「みな、聞いてくれ。お里をそろそろ城に戻そうと思う。平吉、おぎん、支度の方を頼む」 そうおっしゃった。


 「はい かしこまりました。布団や着物は全て新調させて頂いております。いつでも、お戻りいただけます」 おぎんさんが言われた。


 「地下の通路も以前と同じように使えますが、さすがにお里様の今のお体ではあぶのうございます。また、籠でゆっくりとお戻りになられますか?」 平吉さんが尋ねられた。


 「ああ そうだな・・・最近、町の方で強盗たちが出ていると聞くが・・・」 上様がおっしゃった。


 「はい やはりこのような災害の後には・・・そういう輩たちがうろついてしまっているようです」 菊之助様がおっしゃった。


 「しかし、あまり警護を増やすことは目立ってしまうからな。それに、籠だとどうしても目立たぬように夜に動くことになる」 上様が悩まれていた。


 「上様、私は地下通路でも・・・ゆっくりと進めば大丈夫ですから」 と私は言った。


 「それは危なすぎる。ダメだ。もしつまづいてみろ、一段、二段の階段ではないのだぞ」 上様がすぐに否定された。


 「・・・」 私はもうお任せしようと黙っていることにした。


 「とにかく、目立たないように警護を固めて移動させて頂きます」 平吉さんがそう言われると「そうしてくれ」 と上様がおっしゃった。


 男の方がお仕事に向かわれた後、私はおりんさんに向かって言った。


 「おりんさん、お世話になりありがとうございました。本当に楽しい時間を一緒に過ごせて幸せでした」 と言って頭を下げた。


 「お里様、やめてください。なんだか、今生の別れみたいで嫌でございます」 おりんさんは慌てて言われた。


 「そんなつもりはないのですが・・・」 私も言い方が悪かったかなと思った。


 「お里様にとっては、お城のあのお部屋におられることが落ち着かれるのだと思います。上様とお二人であの場所で無事に出産を迎えましょう」 そう言っておりんさんは私の手を取られた。


 「はい ありがとうございます」 私もその手を握り返した。


 「私と彦太郎は地下通路をサッと通って、いつでも遊びに行きますので」 そう笑顔で言われた。


 「はい お待ちしております」 


 「さあ 今日は久しぶりに少し贅沢な夕食にしましょうか」 おぎんさんが言われた。


 「それならば、皆さんが美味しいと言ってくださった卵の蒸し物を私にも作らせてください」 と私はお願いした。


 「わかりました」 おぎんさんが笑顔で了承してくれた。3人で食事の支度をしたり、彦太郎さんを囲んでお話をしたりと楽しい一日を過ごした。寛ちゃんが少し遊びに来てくれたときには、私は引っ越しをしなければならないことを伝えた。寛ちゃんは少し寂しそうにしたけれど「また 会えますよね」 と笑顔で言ってくれたので、私も「はい また会いましょうね」 と笑顔で答えた。



ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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