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寛ちゃん

 おぎんさんは「一度、家に戻ってもよろしいですか?」 と聞かれたので、是非そうしてくださいと言った。「すぐに戻ります」 と言って出て行かれた。おりんさんも家の片付けを少ししたいと言われたので、私は彦太郎さんと一緒に過ごした。人形を使ったり、でんでん太鼓を使ったりしながら遊んでいるととても楽しかった。彦太郎さんは私のお腹にもたれかかると、お腹に口を付けられ何か言われてはキャッキャと笑われた。本当に私のお腹の中の子と会話をしているようだった。私はこそばいのと、その姿が可愛いのとで一緒に笑っていた・・・これは後で皆さんに報告しなければと楽しみに取っておいた。

 お昼頃、おぎんさんが戻って来られたので、おりんさんの家の周りの様子を聞いた。


 「私の住んでいる方は、ほとんど被害もなく皆家に住みながら修理を出来る程度でございました。子供たちも元気にしておりました」


 「そうですか。良かったです」 私はひとまずホッとした。


 「ですが、こちらに近付くにつれてやはり損壊した家が多く見られました。壊れた家の前で膝をかかえている人を見ると・・・」 おぎんさんは胸を痛められているようだった。


 「おりんさん、お米は少し余分にありますか?」 私はおりんさんに聞いた。


 「はい ございますよ。すぐに出来るだけ多く炊きますね」 そう言ってニコッと笑われた。私が言おうとすることがわかられたようだった。そう・・・少しでも何か食べられるものを配りたいと思ったのだ。おりんさんはすぐにお米を炊き始めてくれた。そして、炊き上がるとすぐにおぎんさんとお二人で塩で味を付け握り始められた。


 「私もお手伝いいたします」 と言うと、「お里様は彦太郎の係でございます」 と言われた。


 「私が言い出したことですのに・・・」 と私が言うと「彦太郎のお世話も立派なお仕事でございますので、よろしくお願い致します」 とおぎんさんが言われた。私は仕方なく諦めて、彦太郎さんと一緒に遊ぶことにした。それはそれで楽しいのだけれど・・・

 それでも、おりんさんが彦太郎さんにお乳をあげられる時間には少しお台所まで行きおにぎりを握った・・・おぎんさんは呆れるように笑われたけれど、それ以上は何も言われなかった。沢山のおにぎりが出来上がると、私たちはそれをつまんでお昼ごはんにすることにした。


 「少し遅い食事となってしまいましたね」 おりんさんが言われた。


 「食事がとれるだけで有難いことでございます」 私は心からそう思った。お二人とも「そうですね」 と言いながら頷かれた。


 「それでは、私が配りに行ってまいります。配り始めるとあっという間になくなってしまうでしょうから、この家の近くから順番に・・・」 おぎんさんが手に付いた米を口で食べながらおっしゃった。


 「はい よろしくお願いいたします」 私がそう言うと、おりんさんが持って行きやすいように容器におにぎりを詰められた。全て詰め終わると、おぎんさんはそれを持って「では 行ってまいります」 と玄関を出て行かれた。

 おりんさんと二人になると、私は片付けを手伝った。あまり長い時間水に手を付けないようにと言われたので、お皿を拭いたり、お鍋を拭いたりなどした。


 「おりんさんやおぎんさんとまたこうして過ごせることが、嬉しいです」 不謹慎だけど思ったことを言った。


 「はい 私もでございます。お里様と協力して事を運ぶことも楽しいのでございますよ。きっと、おぎんさんも同じでございましょう。その度に、お里様の優しさに触れて心が温まるのでございます」 おりんさんはニコッと笑われた。


 「そんなことはございませんよ」 そう言って頂けたことが少し恥ずかしくて笑ってごまかした。


 「お鈴さーん」 玄関の方から声がした。おりんさんは少し失礼いたしますと言って玄関の方へ行かれた。しばらくすると、歳は私たちよりも5つくらい下であろうか、まだ少し幼さが残る男の子と一緒に戻って来られた。男の子は私を見ると目を丸くされた。


 「初めまして」 私が笑顔で先に挨拶をすると、その男の子は「は・・はじめまして・・寛吉・・です」 と緊張した様子で挨拶をしてくれた。


 「寛ちゃんは、彦太郎を連れてお散歩をしているときに知り合って・・・こうやって時々彦太郎と遊びに来てくれるのです」 おりんさんはそう言って私に紹介してくれた後、私の耳に顔を寄せて「少し行ったところの農家の長男です。家のお手伝いをよくするとてもいい子で怪しくはございませんので、ご安心を」 と言われた。私はその言い方が可笑しくフフッと笑って「わかりました」 と言った。


 「寛ちゃん、彦太郎が丁度起きたみたいよ」 とおりんさんが寛吉くんに向かって言われた。


 「ちょっと、見ていってもいい?」 とおりんさんに聞かれると、おりんさんは「もちろん」 と言われた。寛吉くんは嬉しそうな顔をして居間へ上がっていって、彦太郎さんに声をかけて遊び始めていた。


 「楽しそうですね。二人とも・・・」 と私がその様子を見ながら言うと「そうなんです。寛ちゃんには懐いているようで」 とおりんさんが言われたそばから、彦太郎さんのキャッキャと笑う声が聞こえてきた。

 私も居間に上がって、その様子をしばらく眺めていた。


 「寛ちゃん、昨日のことでお家の方は大丈夫だった?」 私は昨日のことが心配だったので聞いてみた。そして、それとなく私も寛ちゃんと呼んでみた。


 「はい 隣の家は少し壊れてしまったので、今日はみんなで直していました。さっき、握り飯を配りに来てくれた人がいて・・・みんな休憩をしようということになったから、ちょっとこっちに来ました」 と笑顔で丁寧に答えてくれた。


 「そう・・・ご家族が無事で良かったですね」 私がそう言うと、寛ちゃんは笑顔で大きく頷いた。


 「じゃあお姉さん、また遊びにくるね」 しばらくして寛ちゃんは帰っていった。


 「本当にいい子みたいですね」 私はおりんさんに言った。


 「あの子、父親を早くに亡くしたみたいで・・・母親が女手ひとつで育てているのです。あの子は長男ですが、下に弟が二人、妹が二人いまして・・・よく面倒も見ているようでございます。ですから、彦太郎の扱いも上手くてついつい遊んでもらっている間に家の用事をしているのです」 そう言っておりんさんは笑われた。


 「それは心強いですね」 私も笑って言った。


 「はい 何かしてあげたいと思うのですが、必要以上に何かをするのは寛ちゃんのためにならないと菊之助様に言われております。ですから、ここに来た時だけは少しおやつを持たせるのですが・・・決して一人で食べることはなく、持って帰って弟と妹に分けてやるというのです・・・えらいですよね」 おりんさんがしみじみと言われたので、私も頷いた。

 そんな話をしていると、おぎんさんが帰ってこられた。


 「寒い中、ご苦労様でした」 私は玄関まで行ってそう言った。


 「ただいま戻りました。やはり、あっという間に配り終えてしまいましたが皆さんとても喜ばれていましたよ。元気に作業をしておられる方も沢山おられて、少し安心いたしました」 とおぎんさんが言われた。


 「そうですか。先ほど来ていた子供もおにぎりを配ってくれる人がいたと言っておりました」 と私が言うと「寛ちゃんですね」 と笑顔で言われた。おぎんさんも寛ちゃんのことはご存知だったようだ。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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