道
「ご病気を患っておられる方も中にはいらっしゃいますよね?」 私が平吉さんに聞いた。
「はい 老人たちもこの寒さの中で体がどれだけもつか・・・いたわしいことでございます。また、ケガを負ったものも多く・・・」
「あの・・・上様?」
「なんだ? お里」
「差し出がましいことを言ってもかまいませんか?」
「ああ もちろんだ。ここは私たちだけだ。お里も好きなように話しなさい」
「ありがとうございます。それでは・・・まず、小さなお子やその子の母親、ご老人などはまとめてお寺などで預かって頂くことは出来ませんか?」
「たぶん、既にお寺に逃げているものもいると思います・・・」 菊之助様がおっしゃった。
「お寺には体が弱い方やケガとしておられる方だけを預かって頂き、お寺をお匙に回って頂くというのはいかがでしょうか? 皆さんが狭いお匙の診療所に殺到するよりもいいかと思います」
(まずは、ケガを負った人たちや病気の方のために病院のような大きなところを作らなければ・・・お匙がウロウロとせずに済むように・・・)
「それから、どこかの空き地にまとめて雨風を凌げる建物を・・・元気なお方にはその建物を建てて頂き、女の方たちには炊き出しを作って頂いてはいかがかと・・・」
「炊き出し?」 おぎんさんが聞かれた。
「はい、おにぎりやおつゆなど大きな窯で皆さんの分をまとめて作るのです。御膳所で使っている大きな鍋があれば出来ると思うのですが・・・」
「それはすぐに準備できますが」 平吉さんが言われた。
「それを各場所にいくつか作れば、そこを拠点に皆さんご自分の家を修理したりすることが出来るのではないかと・・・」
(仮設住宅みたいなものだわ)
「それぞれの集落に作れば、みな知っているものばかりだから安心して協力できるだろう」 上様が続けて言ってくださった。
「飢えて亡くなる方が増えることはとても悲しいことでございます」 私は自分が以前の世界で災害が起こったときの知識を巡らした。江戸時代にも似たようなことはやっていたかもしれないけれど、この時間のない中で私の知っていることをお伝えしようとした。
「菊之助、米や野菜を配れるように準備することは出来るか?」 上様が尋ねられた。
「はい ですが・・・城においてある米で足りるかどうか・・・」
「それでは、被害の無かった土地の大名様にお願いをされてはいかがですか?」 おりんさんが言われた。
「そうだな・・・菊之助、私が書状を出す。準備いたせ」 上様がおっしゃった。
「上様直々の書状を頂いたら、みな協力してくれますでしょう。すぐに準備をいたします」
「それから平吉、町に向かって被害の様子を地図に記し、どの程度の空き地があるかそこに何人くらい分の建物が必要か調べてくれ」
「はい 承知いたしました」
「とりあえず、役人たちを集めてそれぞれ動かすための会議をいたす。みなを一度集めよ。私が直接話をする」 上様がそうおっしゃると、菊之助様は「私は先に戻り準備をさせていただきます」 と言って出かけられる準備をされた。
「ああ 私はもう少ししたら馬で戻る」 上様がおっしゃった。
「平吉、お供を頼んだぞ」 菊之助様は平吉さんにそうおっしゃるとお部屋を出て行かれた。その後をおりんさんが追っていかれた。
「お里、食事は終わったか?」 上様がそれまでとは違うお顔で私を見られた。
「はい」
「では、少し先ほどの部屋へ行こう・・・おぎん、すぐに戻る」 そう言って立ち上がられると私の手を取られ先ほどのお部屋へ連れて行かれた。部屋に入り、座布団がなかったので寝ていたお布団の上に座らせてくださった。
「お里は相変わらず私を動かすのが得意のようだ」 そう言って笑われてから私の肩の上に頭を乗せられた。
「勝手なことを言って申し訳ございません」 私はそう言った。
「いや ありがとう。私が将軍になってから、このような大きな地震は初めてだ・・・私もわからぬことばかりでな・・・お里は、まず私がどう動けばいいかと迷ったときに道を示してくれる・・・あとどのように進むかは私の仕事だ。まかせておけ」 そう言って顔を上げられて、頬にキスをされた。
「上様? お体だけは大切にしてくださいね」 私はまたしばらく寝られないくらいお忙しい日が続くのだろうと思うと心配で仕方がなかった。
「ああ 大丈夫だ。 この子のためにも、産まれて来る頃には町も立ち直っているようにしないとな」 お腹を撫でながらそうおっしゃった。すると、私のお腹が大きく形が変わる程動いた。
「ん?」 上様は私のお腹をマジマジと見られた。
「上様に頑張ってくださいと言っているようですね」 私はフフフと笑いながら言った。
「そうか それは頑張らねばならないな」 上様は嬉しそうにお腹をさすって、答えるようにされた。しばらくお腹をさすられると「じゃあ そろそろ行くよ」 そう言って軽く着物の上からお腹にキスをされた後、私にも同じようにしてくださった。
「はい」 私は笑顔で答えた。上様は外に待たせてあった馬にまたがってから、「おぎん、頼んだぞ」 とおっしゃってから私にも「行ってくる」 ともう一度おっしゃってから馬を走らされた。
「行ってらっしゃいませ」 私たちはその後ろ姿に向かって頭を下げた。朝日を浴びて馬を走らせる上様は一段と凛々しく頼もしく見えた。
「お里様、冷えますので戻りましょう」 おぎんさんが私の肩に手を添えて促された。「はい」 と私も従った。
部屋に戻ると、彦太郎さんが泣いていた・・・私は駆け寄り彦太郎さんを抱き上げてあやした。彦太郎さんはしばらく愚図っていたけれど、段々と機嫌を直してくれたようだった。
「お里様、申し訳ありません。庭に行っておりました」 おりんさんが戻ってこられた。
「いえ、彦太郎さんと一緒に暮らせると思うと嬉しいです」 私はそう言って彦太郎さんをもう一度あやし始めた。おぎんさんはそんな私の姿をジッと見られていたので、私は目を合わせて・・・何でしょう?という顔をした。
「やはり、お里様を元気付けられるのは上様が一番なのですね」 そう言って微笑まれた。
「そんなことは・・・おぎんさんにだって、おりんさんにだって元気付けられています」 私は本当のことなのでそう言った。
「でも、今日のお里様はとても元気になられました」 おぎんさんは嬉しそうに言われた。
「はい 上様のお姿を見て安心したのは確かでございます」 私はそう言っておぎんさんを見ると、おぎんさんはおりんさんと目を合わせられニヤニヤとされていた。私は彦太郎さんの方を見てお二人の姿を見ないようにした。もう一度目が合えば、また冷やかされることはわかっていたので・・・
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