ご無事
やはり、疲れていたのかウトウトと寝てしまったようだった。暖かくて目を覚ますと、隣におられたのは上様だった。上様は私を抱き締めたまま寝てくださっていた。私は隣で眠られている上様のお姿を見ると安心したのか涙が出てきた。
(良かった・・・本当にご無事だった・・・良かった・・・)
私は繰り返しそう思った。すると、上様はいつものようにゆっくりではなくハッと目を覚まされた。そして、私と目が合うとすぐに起きられた。
「どうした? お里、具合が悪くて泣いているのか? 匙を呼ぶか?」 いつもの上様のお姿に私はフフフと笑った。上様は、それでも少し慌てられているようだった。
「上様のお姿を見て安心したのでございます。ご無事で良かったです」 私はそう言って上様の手を握った。私が起きあがろうとすると、上様はもう一度私を抱き締めて布団に寝ころばれた。
「そうか・・・だったらもっと安心させないとな」 そう言うとギュッと力を入れられた。
「お里も無事でよかった。どれだけお里を心配したことか・・・一刻も早く会いたかった。本当に体の方は大丈夫なのか?」 上様は私の顔を見つめられておっしゃった。
「はい 大丈夫でございます。おぎんさんが気を使ってくださいました」 私は笑顔で言った。
「なあ お里?」 上様は少しまじめなお顔をされた。
「はい?」
「昨日揺れがあったのは総触れの最中でな、女たちはみな大声で騒ぎ出したよ。いつもなら、絶対に男は入れないのだが中奥にいた役人たちを座敷に入れ、大丈夫だと落ち着かせたのだ」
「怖かったですもの・・・仕方ありませんわ」
「ああ 御台所も自分も怖かっただろうが、みなが落ち着くようにつとめていた・・・」
「さすが御台所様でございますね」
「ああ それからは、役人たちに各部屋を見回りに行かせ壊れている箇所がないか調べさせた・・・その間、総触れの座敷でみな待たせていたのだ。小さな揺れがまだあったからな」
「大変でございましたね」
「私はそうやって待っている間もお里のことが心配でたまらなかった。早く会って無事を確認したかった・・・お里はもし、その時に私がみなのことを放ってお里に会いにきたとしたらどうする?」 上様は急に質問をされた。
「それは・・・すぐに皆様のところへお戻り頂くように言ったと思います」 私はそう答えた。
「うん。お里ならそう言うと思って、自分がしなければならないことをしようと思った。本当に何かあったなら、おぎんが知らせるはずだ・・・何も知らせがないということは、お里は無事にしているだろうと思っていたからな。それでも、顔を見たかったよ」 そう言って頬をなでられた。
「はい・・・」
「おぎんだって同じだよ。今、自分がしなければならないことをしたのだ・・・お里は私の子を守った。みな、せねばならないことをしたのだ・・・」 上様が何を言いたいかだんだんわかってきた。
「おぎんさんに聞かれたのですね?」
「ああ お里が落ち込んでいると聞いてな」 そう言って上様はハハと少し笑われた。
「ありがとうございます」
「お里は何も気にすることも、落ち込むこともないのだが・・・そうは言ってもお里のことだ、何も考えないことは無理であろう。そうやって、おぎんのことを思ってやれる優しいところがお里のいいところだ」 そう言うともう一度抱き締めてくださった。そして、首、顎・・・口へとキスをしてくださった。どんな私も受け入れてくださる上様を改めて大切に思っていた。
しばらく甘やかされた後・・・
「お里、すまない・・・あまりゆっくり出来ないのだ・・・せっかくだからみなと一緒に朝食をとらないか? おぎんが準備してくれているはずだ。起きあがれるか?」
「はい 大丈夫でございます」 私がそう言うと上様はゆっくりと私を支えてくださった。居間に向かうと、皆さんが揃っておられた。
「おはようございます」 と皆さんが揃って頭を下げられた。
「おはよう」 「おはようございます」 私たちはそれぞれ挨拶を返した。すると、すぐにおぎんさんが私の近くへ来てくれて「少しお着物を直しますね」 と言って着物を直してくれた。
「上様、食事をしながらのお話でよろしいでしょうか?」 と菊之助様が尋ねられた。
「ああ」 そうおっしゃると、私の手を取って席に座らせてくださった。すでに、お膳の準備が整っていた。
「話の前にお里、しばらくこの家にいてくれないか? ここだと、おぎんもおりんも一緒にいてくれる。私も出来るだけ顔を見に来るつもりだが、しばらくは今までのようにはいかないだろう。あの部屋で一人で待たせておくのは心配だ」 私の方を見ておっしゃった。
「はい わかりました。でも、無理にお顔を見せてくださらなくても大丈夫です。お疲れが出てしまいます。上様も、お休みになれるときは表のご寝所でお休みください」 私はきっと上様は無理をされてでも私の所へ来てくださるだろうと思って言った。
「私がお里の顔を見ないと落ち着かないのだ。お前の顔を見たら私の疲れが取れるのだから心配するな」 フッと笑われてからおっしゃった。
「はい」 私は顔を赤くしてから返事した。そうして、周りを見ると皆さんがニコニコとされているのを確認して更に赤くなった。
「お二人のいつもの様子を見ていると、私たちも癒されます」 笑顔で言われたのはおりんさんだった。
「菊之助様、おりんさん、しばらくお世話になりますがよろしくお願いいたします」 私は改めて菊之助様に頭を下げた。
「お里殿、私もこちらにいてくだされば、おりんと一緒にいて頂けるのですから有難いのでございます。何の遠慮もいりません。お里殿が思うように過ごしてください」 微笑みながらそうおっしゃった。
「はい ありがとうございます」 私はそう言って上様を見ると、上様は優しく微笑みながら頷いてくださった。それからは食事をしながらの話となった。
「それで城の方は?」 上様が尋ねられた。
「はい ものが落ちてきて少しケガを負った者がいるようですが、みな無事でございます。御膳所の方も、もう火を消していた時間でしたので良かったです。蝋燭が倒れて少し燃えたところもあるようですが、すぐに消し止められ大事には至りませんでした。城も壊れた箇所は大したことはございません」 菊之助様が順序よく説明された。
「そうか・・・側室たちはみな自分の部屋で過ごせるのだな?」 上様が確認をされた。
「はい しかし、何かあったときのためにしばらくは役人を交代でおきたいと思いますがよろしいでしょうか?」
「やむを得ないな。だが、あまり目立ったところにおかないように配慮してくれ。あとは、御台所とお清と相談してくれればいい」
「かしこまりました」
「平吉、町の様子は?」 今度は平吉さんに尋ねられた。
「はい やはり損壊してしまった家が多数ありまして・・・家の下敷きになって亡くなったものもいるようでございます。住むところを失くして、食うに困るものがこれから増えてくるだろうと・・・」 平吉さんは悲しそうなお顔をしながら言われた。
「そうか・・・どうしたものかな・・・」 上様は考えながらおっしゃった。
(以前の世界でも地震が起こったとき・・・まわりではどう動いていたかしら? 何かお役に立てることはないかしら?)
私は自分の知識が何か役に立たないか一生懸命思い起こしていた・・・
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。




