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守るべきもの

 籠がそっと動き出すのを感じたけれど、担ぎ手の方たちが歩いておられる振動をほとんど感じることはないほどだった。そのとき、扉の外で声を抑えるような話し声がした・・・


 「それで子供たちは?」 おぎんさんの声だった。


 「ああ 大丈夫だ。隣のおばば達と一緒にいるらしい。近所も全員無事だよ」 平吉さんが小声で話された。おぎんさんは「そう・・・」 とだけ返事をされた。


 (おぎんさんもお子さんのことが心配で、すぐにでも無事を確認したかっただろうに・・・私は自分のことばかりで・・・さらに、上様の無事を確認してきてくれるようになどと頼んでしまった・・・) 


 私はおりんさんの家に着くまで、真っ暗な籠の中で自己嫌悪に陥っていた・・・


 しばらくすると、菊之助様の家に着いたようだった。ゆっくりと籠がおろされると、おぎんさんが扉を開けられた。


 「お里様、着きました」 そう言って手を差し伸べてくれた。私は「はい」と返事をしてゆっくりと籠からおりた。籠は門をくぐり、玄関の前でおろされていたので、すぐに玄関を入った。すると、彦太郎さんを抱っこされたおりんさんがすぐに声をかけてくれた。


 「お里様、寒かったでございましょう。とりあえず、中にお入りください」 


 「おりんさん、お世話になります」 私は頭を下げた。


 「何を言っておられるのですか、このお屋敷は上様からお預かりしているようなものなのですよ」 そう言って私の着物をひっぱられた。私も体が少し冷えてきたようだったので、居間にあがり座らせてもらうことにした。部屋の中はきっと私のために暖かくしておいてくれたのだろうと思うほど、火鉢が沢山おかれていた。


 「お里様、申し訳ございません。蝋燭は念のため、あまり使わないようにしております」 おりんさんが

そう言われた後で気付くほど、今日の月明かりは蝋燭がなくても充分なほど部屋の中を照らしていてくれた。私が座って少し落ち着くと、おりんさんとおぎんさんが近くに座られた。


 「お里様、本当にご無事で何よりでございました」 改めておりんさんが言われた。


 「はい ありがとうございます。おぎんさんが付いていてくださりどれほど心強かったか・・・」 私はまだ自己嫌悪から立ち直っておらず、おぎんさんの顔を申し訳なさそうに見た。おぎんさんは、私の顔をみてどうしたのか?というふうに首を傾げられた。


 「おりんさん、家の方は大丈夫でございましたか?」 私は家の中を一通り見回してから言った。


 「はい、やはり立派な大工に建てて頂いた新しい家はビクともいたしませんでしたよ。棚から少し物が落ちてまいりましたが、それはすぐに片付くほどのものでした」 そうやってニッコリと笑われた。


 「そうですか・・・彦太郎さんに何もなくて良かった・・・」 と彦太郎さんを見ると、安心したお顔でグッスリと眠っているようだった。


 「お里様? お着替えをされて今日は布団におやすみください。いくらゆっくりとはいえ、籠に乗られたのです。それに寒さもございましたので・・・おそらく先ほど以上の揺れはもうこないと思います。だから安心して体を安静にしておきましょう」 おぎんさんがそう言われたので、私は頷いて従った。おりんさんが用意してくれていた部屋にはすでに布団が敷かれていて、着替えが用意されていた。おぎんさんは、私の着物を一度脱がしてくれてから素早く新しい着物に着替えさせてくれた。


 「念のため、寝間着ではなくお着物でご勘弁ください。いざということが起こったときに避難できるようにでございます」 そう言っておぎんさんは、少し帯びも緩めて窮屈に感じない程度にしてくれた。


 「はい ありがとうございます」 私はそう言って、着替え終わると布団に入った。布団は2組用意されていた。すると、おぎんさんも着替えをされて、その横の布団に座られた。


 「お里様、本日は私がお隣で寝させて頂きます。もしかしたら、落ち着いて寝られないかもしれませんが・・・」


 「そんなことはございません。とても安心いたします」 と私が言うと、おぎんさんは一礼されて布団に入られた。私は先ほど籠の中で考えていたことをもう一度頭の中に思い起こすと寝られなかった。するとおぎんさんが私の方を向かれた。月明かりに照らされて、心配そうなおぎんさんのお顔が見えた。


 「寝られませんか?」 おぎんさんが聞かれた。


 「はい・・・」 


 「横になって、体を休められてるだけでも大丈夫でございますよ。それより・・・お里様が元気がないのは上様のご心配ですか?」 おぎんさんがそう聞かれた。


 「先ほど、平吉さんに上様がご無事であると聞いて安心いたしました。きっと、今は差配にお忙しいのでしょう・・・無理をされていないか心配ではありますが、菊之助様も付いていてくださるので・・・」


 「それでは、何故そのような泣きそうなお顔を?」 


 「それは・・・先ほど籠の中でおぎんさんがお子たちのことを平吉さんに確認されているのを聞きました。この大変な中、おぎんさんは本当はお子たちと一緒にいたいでしょうに、私の傍にいてくださり申し訳ない気持ちと・・・私は自分のことばかりでそれに気付けなかったという反省の気持ちで・・・おぎんさん、申し訳ございません」 私は横になったままだけど、少し頭を動かして謝った。


 「お里様、そんなことを気にされていたのですか?」 おぎんさんはそう言うとフッと笑われた。


 「そんなことではございません」 私は真剣な顔をして言った。


 「私たち隠密は何組かの家族でまとまって住んでおります。周りの方にはそれと知られないように・・・何かあったときは、他の家の子も自分の家の子と同じように守っているので大丈夫なのですよ。そうやって、自分が任務に当たっているときはそれを全うするようにしているのです。決して、無理をしているわけではございません。今回、私がたまたま任務中だっただけでございます」


 「それでも・・・」


 「お里様が今一番大切にしなければならないものは何でございますか?」 おぎんさんが聞かれた。


 「はい お腹の子を大切にしたいと思っています」 私がそう言うとおぎんさんは頷かれた。


 「地面が揺れ始めたとき、真っ先にお里様は自分の頭を隠すのではなくお腹を守られました。私はそれを見た瞬間、やはりこの方にお仕えして良かった・・・私が必ずお里様を守らなければと思いました。お里様はそれでいいのでござますよ。今一番大切にしなければならないものを守られたのですから。あの時に、子供たちのことを言われたところで私はお里様のもとを離れる気はありませんでした」 おぎんさんはそう言うと、私の手を取ってまたさすってくれた。


 「はい・・・」 私はそう返事をした。


 「夜が明けたら、平吉がもう一度様子を見に行ってくれます・・・少し詳しいことがわかると思いますので、今は体を休めましょう」


 夜が明けるのはいったいいつになるのだろうか・・・本当に夜が明けるのだろうかと思うくらい長い夜だった。私はただ天井をみつめて、体を休めることに集中した。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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