避難
揺れがおさまった・・・
「お里様? 大丈夫でございますか?」 おぎんさんが聞いてくれた。
「はい・・・」
「一度、布団をとりますね」 そう言うと、そっと布団をとってくれた。辺りは真っ暗だった。おぎんさんが、すぐに蝋燭の火を消してくれていたのだった。おぎんさんは、サッと立ち上がり障子を開けられると月の光が部屋に入ってきた。月の光に照らされた部屋は、棚の上にあった花瓶や花、置物が部屋の中に散乱しているようだった・・・でも、大きな棚が倒れたりということはなさそうだったので少し安心した。
「お里様、ここでは次の揺れがあった場合危のうございます。とりあえず、お庭まで出ていましょう」
おぎんさんは、私を支えてくださり立ち上がらせながら言われた。私もそれに従い、縁側まで歩いていった。
「少しお待ちください」 と言われるとおぎんさんは一度お部屋へ戻られ、持てるだけの布団を持って来られた。それから、先に庭に降りられると布団を地面の上に何枚も重ねて敷いてくれた。それから私の手を取って「さあ こちらへ」 とその上に座るように言われたので、私が布団の上に腰を下ろすと上から更に布団をかけてくださった。
「とりあえず、こちらでお待ち頂けますか? 寒いでございましょう・・・」 おぎんさんは、心配そうに言われた。
「いえ 大丈夫でございます」 私は布団をしっかりと掴んで被りそう言った。
(とにかく、私は今お腹の子を守らなければ・・・)
それだけを考えていた。おぎんさんは、私の返事に頷かれてからまたお部屋へ戻られると、部屋の中と縁側を行ったり来たりされた。私はその様子を見ていることしか出来なかった・・・その間にも小さな揺れが来ると、おぎんさんはすぐに私の傍に来られて布団を被された。
(とりあえず、庭にいれば上から物が落ちてくることはないだろうから大丈夫そうだわ)
おぎんさんは、ある程度の荷物を運ばれると今度は私の周りと縁側を往復された。
「お里様、寝間着の上から着物を着ておきましょう。帯はゆるくしておきますから」 私は、寝間の用意を終えていたので上様が戻られたらすぐに休めるようにと寝間着に着替えていた・・・おぎんさんは、私を一度立たせてくれて緩めに着物を着せてくれ、上から打掛をかけてくれた。
「おぎんさんも打掛を羽織られてはいかがですか?」 外はすっかり冷え込んでいたため、裸足のまま部屋と庭を往復しているおぎんさんを心配して言った。
「私は今動いているので大丈夫でございますよ。また後でお借りいたしますね」 おぎんさんは少し落ち着かれたのか微笑んで言ってくれた。その後、火鉢を私の近くまでもってきてくれて炭をおこそうとしてくれた。
「おぎんさん、こちらにおいてくださればそれくらいは私にもできます」 私がそう言うと、おぎんさんは頷かれ次の作業に向かわれた。私は火鉢の番をしながら、電気もガスもないからこそこうやってすぐに暖をとれるもののあることに感謝した。おぎんさんはその後も出来るだけ、手ぬぐいを持ってこられ、それを私の素足に巻いてくれた。
「お里様、とりあえずこれで暖の方はとれると思いますが・・・大丈夫でございますか?」 おぎんさんはそう言うと私の横に「失礼いたします」 と座られた。
「はい、ありがとうございます」 私はおぎんさんが隣に座ってくれて、安心した。
「上様は・・・大丈夫でございましょうか・・・」 少し安心すると、上様のことが気になりだした。
「建物が壊れた音などは聞こえておりませんので、たぶん大丈夫だとは思います・・・時間からしてまだ総触れの最中だっただろうと思いますので・・・本当は私がサッと確認をしにいけばいいのですが、今お里様の元を離れたくありませんので、申し訳ございません」 おぎんさんはそう言って頭を下げられた。
「私も今ひとりになるのは不安でございます。おぎんさんにはここにいて頂きたいです」 私はそう言うと、無意識のうちにおぎんさんの着物を掴んでいた。おぎんさんはその私の手を取ってさするように暖めてくださった。
「上様もきっとお里様のことが心配でたまらないだろうと思います。ですが、御台所様、他のご側室がおられる中ご自分だけこちらに来られるわけにはいかないでしょうから・・・少し落ち着くまでこちらで待っていましょう」 おぎんさんは優しい顔でそう言ってくれた。
「おりんさんは・・・? 彦太郎様とお二人で心細いのではないでしょうか?」 次はおりんさんの心配をした。
「おりんは隠密でございます。このような場合もきちんと対処しているはずでございますよ。それに、あのお屋敷は建ったばかりでございますから」 そう言って私が安心するように微笑んでくれた。私はお常さんのことも気になったが、それを言葉にするのはやめた。この状況で、私がどんなに心配を口にしてもおぎんさんを困らせてしまう・・・今は何か状況が変化するまで大人しく待っていようと思った。
それからどれくらいの時間が経っただろう・・・私の部屋はかなり離れにあるので、人がバタバタとしている雰囲気はなんとなく伝わってくるけれど周りは静かだった。
(お城の中はどんな様子なのかしら? 上様は本当に無事でいらっしゃるのかしら?)
段々と不安が募ってきた。周りの状況がわからないことで、その不安が増してくるような気がした。怪我をした人はいないか・・・町の様子はどうなのか・・・お城の内部は壊れたりなどしていないのか・・・
「お里様、確かに大きな揺れではありましたが火事などが起こっている気配もございませんし、城の外に皆が避難している気配もございません。そこまで心配されることはないかと思いますよ」 おぎんさんが私の手をまた撫でてくれた。私は手が震えていたようだった・・・それは寒さのせいではなかった。
「おぎんさん、やはり少しでも状況が知りたいです・・・私は一人でここで待っていますので、せめて上様のご無事だけでも確認してきて頂けないですか?」 私はおぎんさんにお願いした。
「お里様のお気持ちはわかります。申し訳ございませんが・・・それは出来ません。今、お里様のお傍を離れることは・・・もし、上様がお知りになった場合私はこの職を解かれることでしょう」 おぎんさんは申し訳なさそうに言われた。
「私がお願いをしたことにすれば・・・」 私はそれでもお願いしようとした。
「お里様、これはお里様とお腹の中におられる上様とのお子の命に関わることでございます。お里様にお願いをされたからと言ってお許しを頂けることではございません。申し訳ございません」 そう言ってもう一度頭を下げられた。
「わかりました・・・私の方こそ申し訳ございません」 私も頭を下げた。しばらく沈黙がながれた・・・そのとき、小屋の方から声がしてきた。
「お里様! おぎん!」 「お里様!」 その声は部屋の方に向かって叫ばれていた。
「平吉、こちらです」 おぎんさんが言われると、その人影はこちらにあっという間に近付いてこられた。平吉さんだった・・・
「ああ よくぞご無事でいてくださりました。お里様、お体の方は大丈夫でございますか?」 平吉さんは私の顔を見て安心されたように微笑まれた。
「はい ありがとうございます」 私も微笑んで答えた。
「お里様、上様のご無事は確認してまいりました。これからのことも言付かっておりますので、私にお任せください」 そう言われて私はホッとため息をついてから「はい」と返事をした。
「それで?」 おぎんさんが平吉さんに聞かれた。
「これから籠でおりんの家へ向かってもらう。地下を通るにはあまりに危険すぎるからな」 と早口でおぎんさんに言われた。おぎんさんが頷かれると平吉さんは私の方を見られた。
「お里様、出来るだけゆっくりと揺れのないように進みますので少し我慢いただけますか?」 平吉さんが優しく聞いてくれた。
「はい わかりました」 私が言う頃にはおぎんさんは、敷物を沢山集められていた。小屋を通って、中奥の方のお庭に籠が用意されていた。担ぎ手の方も隠密の方のようだった。おぎんさんは、籠の中に出来るだけ分厚くなるように敷物を敷かれてから、私に乗るようにと手を取ってくれた。私はもう一度お城を振り返った。外から見る分には、月にきれいに照らされていてどこも崩れてなどいなかった・・・
「大丈夫でございますよ。すぐに戻ってこられます」 おぎんさんはそう言って私を籠に乗せると、その上からまた布団をかけてくれた。
「それではまいります」 そう一言おぎんさんが言われると、扉を閉められた。
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