京都
次の日も朝から移動でした。準備を整え、玄関に出ると少し大きめの籠が用意されていた。
「上様、本日は広くて平らな道を通りますので、方様とご一緒に乗って頂く籠をご用意させて頂きましたが、よろしいでしょうか?」
「ああ それでよい」
跪かれておっしゃった菊之助様に向かって、上様は少し顔を緩められた。菊之助様は、私の方をみて、やれやれというお顔をされた。
(さすがは菊之助様ですね)
上機嫌の上様は私の手を取られ「まいろうか」と、籠まで連れて行ってくださった。私を籠に乗せた後、ご自分も籠に乗られた。
「お里、しんどくなったら、私に寄りかかるといい」
そう言って、私を抱き寄せられようとしたので
「いえ、まだ大丈夫ですよ」
と、やんわりお断りした。
(初めからこれでは、恥ずかしさでしんどくなりそうです)
「そうか」と上様は少し残念そうにされたけど、機嫌が悪くなられることはなかった。
籠が動き出して、しばらくすると
「ここからは海も見えてくるため、少し窓を開けましょうか?」
と、外から菊之助様の声がした。
「海ですか?」 と、私は少し嬉しくなり、はしゃいでしまった。
「開けてくれ」 と上様がおっしゃり、籠の中から海が見えた。
「わあっ! 綺麗ですね。朝の太陽が当たってキラキラしております」
(私は泳げないのだけど、海を見るのは大好きだった。以前の世界ではかなわなかったけど、海でデートをしてみたいと想像したことは何度もあった)
「お里は海が好きなのか?」
上様に聞かれたので
「はい。この潮の香りと、波の音にとても癒されます。それにキラキラ光る水面は素敵ですね。ずっと見ていられます」
「そうか。気に入ったのなら良かった」
しばらくは、二人で海を見ながら海の上を飛んでいる鳥や、跳ねた魚などの話をしながら進んだ。
上様と、景色を見たり、お話をしたり、甘々の時間を過ごしたりで、移動の日程は苦痛を感じることはなかった。1人ずつの籠に乗るときだけは、上様は相変わらず少し不機嫌になられていたけど…
(きっと、上様と菊之助様が私を気遣って、負担がかからないよう日程を組んでくださったのだわ)
「もうすぐ宿に到着いたします」
菊之助様から声がかかった。籠から降りてみると、正式な訪問ではないとおっしゃっていたのに、立派なお屋敷だった。
「お里、疲れたであろう。今日はゆっくりするがよい」
そう言ってくださった。私もやっと宿についたという安堵で、体からドッと力が抜けたように疲れていた。
「はい。ありがとうございます。本日はお言葉に甘えて休ませて頂きます」
その日の私は、朝まで目を覚ますことなく眠った。
次の日から、朝の食事を終えると上様は、座敷に行かれ、沢山の方のご挨拶を受けられた。
また、夜は夜で宴のお誘いを受け、出て行かれる…という日が続いた。いくら、正式な訪問ではないと言っても、上様に挨拶をされたい方は沢山いらっしゃるそうです。
夜遅くになってようやく
「お里、帰ったぞ」
「おかえりなさいませ。本日もお疲れですね。寝間の用意はできておりますので、早くお休みくださいませ」
上様は、少しだけ私に甘えてこられても、お疲れなのかすぐに眠られる。
(本当にお疲れのご様子だけど、大丈夫かしら?)
私はというと、上様がご不在の間はおぎんさんとおりんさんと3人で、綺麗なお菓子を並べてもらって、順番に感想を言い合ったり、美容のお話で盛り上がったり、たまにお宿のお庭を散策したりして楽しく過ごしていた。
久しぶりに上様が、お昼過ぎにお部屋に戻られたとき、女子会の真っ最中だった。
「お里、戻ったぞ」
「上様! おかえりなさいませ。本日はお早かったのですね」
すると、おりんさんが上様に近付かれ
「上様! 見てください! 私のこの髪を」
「???」
「お里様が、髪の毛をこのように編んでくださったのですよ。初めて、こんな風にして頂きました」
「ああ…そうか」
私は姉妹もおらず、子供も息子だったので、誰かの髪を触ることに憧れていた。今日、3人で髪型の話になった。お2人は、髪の毛を束ねておられるだけだったので、お願いして触らせて頂いたのだった。三つ編みと、編み込みをそれぞれさせてもらい、後ろで束ねた。
「お里は器用だなあ…今日は1日どうであった?」
「はい。楽しく過ごさせて頂いておりました。本日は、珍しい金平糖をいただき、上品な甘さに感動いたしました」
「お里が楽しく過ごしているならいいが…」
(ん? 少しお疲れで元気がなさそう…)
私よりも空気の読めるお2人は
「上様が戻られたのなら、私たちは失礼いたします」
そう言って、あっという間に部屋を出て行かれた。
上様は私の横に座られて
「お里とは、江戸にいるときの方が多く話せていた気がするな」
「はい。こちらに来てからは上様はお忙しいですものね」
「お里は寂しくないのか?」
「私は江戸でお帰りを待っていることを思えば、こうやってご一緒させて頂き、毎日私のところへ帰ってきてくださることがうれしく思います」
「そうか…私も嬉しいよ」
そう言って、私を抱き寄せられてから
「お里、やっと少し落ち着いて過ごせそうなのだが…明日は少し町を見て回らぬか?」
「えっ? 町をですか? それは、うれしいですが…上様が町に出られるとなると、大変なことになりますよね?」
「まあ…そうだな…でも大丈夫だろう」
(本当に大丈夫なのかしら?)
そう思ったけど、京都の町がどんなものなのか見てみたかったので、明日が楽しみになってきた。
今日も読んでくださり、ありがとうございます。