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彦太郎様

 暑さもおさまり、朝晩涼しくなってきた。おりんさんも、赤子との生活に慣れてこられたとおぎんさんから聞いていたので安心していた。私も、お匙から順調だと言われ、お腹の方も少し目立つようになってきた。上様は、毎日お腹を撫でられて「どうだ?」 と尋ねていらっしゃった。

 ある日、おぎんさんと二人でゆったりとお昼過ぎを過ごしていた。私は本もだいぶ読めるようになっていたので、読むペースの早さに上様が驚かれていたくらいだった。今でも、わからないところは上様に解説していただいているけれど・・・

 そのとき、廊下から足音がした。その足音に気付いた私はおぎんさんを見ると、おぎんさんも私を見られて首を傾げられた。上様の足音ではなさそうだったので、私たちは一瞬沈黙した。


 「お里様? おりんでございます」 廊下から声がした。おぎんさんが慌てて襖を開けにいかれた。そこには、おんぶ紐で赤子をおんぶされたおりんさんがおられた。


 「まあ おりんさん! どうされたのですか?」 私は早く部屋に入るように勧めた。おりんさんも部屋に入られ、私の前まで来てくれた。おんぶされた赤子は、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。おぎんさんは、小さな敷物を持って来られ赤子をおろせるように準備してくれていた。


 「おりん! こちらに来るなら言っておいてくれれば良かったのに・・・」 おぎんさんは少し怒るようにおりんさんに言われた。


 「フフフ・・・お二人を驚かせようと思いまして・・・あっ 大丈夫でございますよ、菊之助様にはちゃんと許可を頂いておりますので」 そう言っておりんさんはにっこりと笑われた。私とおぎんさんは顔を見合わせて苦笑いをした。


 「本当に驚きました。でも、お会いできて嬉しいです」 私はおりんさんの手を取った。おぎんさんがおりんさんの後ろに回られ、赤子を下ろして抱っこされた。しばらく抱っこして、起きる様子がないのを確認すると先ほど用意された敷物の上にゆっくりと寝かせられた。


 「本当によく眠ってくれるので、助かっています」 赤子を愛しく見つめられながらおりんさんが言われた。


 「親孝行でございますね。彦太郎様・・・でしたね」 私は菊之助様からお名前が決まったと聞いていたけれど、目の前にして呼ぶのは初めてだった。


 「はい、早くお里様にお名前を呼んで頂きたかったです」 おりんさんはずっと笑顔だった。


 「おりんさん、もっとお疲れかと思っていましたが元気そうで何よりでございます」 普通なら育児疲れも出てくるだろうけど、思ったよりもとても元気そうなおりんさんを見て安心した。


 「始めはどうなることかと思っていましたが、案外上手に子育てをしているようで、私も驚いております」 おぎんさんが横からおっしゃった。


 「さすがおりんさんですね」 私はおりんさんの方を見て微笑んだ。おりんさんは少し照れたように笑われた。


 「お里様? お常さんに何かお菓子を頼んできてもよろしいですか?」 おぎんさんがそう尋ねられたので「そうですね。お願いします」 と返事をした。おぎんさんが出て行かれると私は彦太郎さんの元へいき、そっと寝顔を覗いてみた。産まれてすぐに見たときよりも、お顔立ちもはっきりとしてさらにイケメン度が増していた。すると、顔をムズムズと動かし始めた彦太郎様は今にも泣きそうな顔をされた。


 「きっと、お腹が空いたのだと思います。お乳を飲ませて来るつもりだったのですが、グッスリ眠ってしまっていたのでそのまま来させていただいたので・・・」 おりんさんはそう言うと彦太郎様を抱っこされた。


 「お里様、ここでお乳をあげてもかまいませんか?」 と聞かれたので、もちろんですと答えた。おりんさんがお乳を飲ませられ始めたのを見て、私は洗い立ての手ぬぐいを持ってきてそっとおりんさんの胸の上と彦太郎様にかかるように被せた。おりんさんは不思議そうに私を見られた。


 「こうやっておくと、お乳を飲む赤子も集中できますでしょ? それに、これからは夜などは寒くなってまいりますので長い間お乳を出していては寒いでしょうから・・・」 私がそう言うと、おりんさんはなるほど・・・と感心された。


 「これからはこうやってみます。旦那様の前でお乳をあげるときもこれだと恥ずかしくないですものね」 おりんさんが喜んでくれたので、私も嬉しかった。


 (以前の世界では外で授乳をするときはこうやってやっていたものだわ)


 おぎんさんが戻って来られると、おりんさんの様子を見て同じように不思議そうな顔をされたので、おりんさんが私が言ったことを説明された。おぎんさんも感心してくれた。授乳が終わると、おりんさんはおしめをサッと変えられ抱っこされた。私はしっかり目を覚ましている彦太郎様を見て感嘆の声をあげた。


 「まあ とてもお可愛らしいお顔ですこと」 一瞬でメロメロになってしまった。


 「失礼いたします」 そこへお菓子を持ったお常さんが入ってこられた。


 「お常さん、ありがとうございます」 私がお礼を言うより先にお常さんは彦太郎様を見つけられ笑顔になられた。


 「まあまあ おめでとうございます。これはこれは可愛らしい赤子ですこと」


 「お常さん、良かったら抱っこしてやってください」 おりんさんがそう言われると、「とんでもない」 と顔の前で手の平をひらひらとされた。でも近くまでいき、笑顔で相手をされると彦太郎様も笑顔を向けられた。お常さんもメロメロになられた様子だった。お常さんは「癒されて、仕事も頑張れそうです」 と笑顔のままお部屋を出て行かれた。


 「彦太郎様はすごいお力をお持ちでございますねえ」 私は彦太郎様を見つめて言うと、少し微笑まれたように見えた。


 「お里様、少し抱いていただけませんか? お体に障るようでなければ・・・」


 「よろしいのですか? 体の方は大丈夫でございます」 私は彦太郎様に手を伸ばして抱っこさせてもらった。泣かれたらどうしようと少し不安だったけれど、「あう・・・あう・・・」 とご機嫌な声を出していたので安心した。


 「どなたにも愛想のいいことで・・・」 私がそう言うと 「そんなことはないのですよ。未だに、菊之助様の母上様が抱っこをされるとぐずってしまうのです。母上様は全然懲りられておられませんけどね」 そう言っておりんさんはフフフと笑われた。たしかに・・・ぐずられても可愛いものなのだろうと思った。


 (赤ちゃんの力ってすごい・・・沢山の方を笑顔にしてくれる・・・改めて感じてしまうわ。上様も私がお子を無事に産んだら、ずっと笑顔でいてくださるかしら?)


 私は上様が笑顔で赤子を抱かれるお姿を想像しながら、彦太郎様がもう一度眠ろうとしてウトウトとし始めたお顔を笑顔で見つめていた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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