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安心

 着いたのは、いつもの総触れをする広座敷だった。部屋に入る前に足を止めると「私はこちらで待たせて頂きます」 とおぎんさんが言われたので、私はおぎんさんを見つめてから頷いた。

 部屋の中はガランとしていて、そこに敷物が置かれていた。


 「さあ あちらへ」 とお清様がおっしゃった。そこには、敷物と肘掛けが用意されていたけれど、私は肘掛けを横にずらして正座をした。お清様がその様子を見られて少し笑われた。私が席に着いてしばらくすると、障子の向こうから足音がした。私は頭を下げて、お部屋に入って来られるのを待った。障子が開き、御台所様が席に着かれる様子を耳だけで感じでいた。


 「おもてをあげなさい」 御台所様がおっしゃった。私はそっと頭を上げると、すぐに御台所様と目が合った。御台所様は微笑まれていたので、私は少し不安な気持ちが和らいだ。


 「お里、せっかく肘掛けを用意させましたのに・・・遠慮なく使いなさい」 御台所様が優しくおっしゃった。


 「いえ、大丈夫でございます」 と私が言うと、御台所様はお清様の方を見て二人でニヤニヤとされていた。


 「では、早速話を始めましょう。お里、正座のままでつらければ、いつでも足を崩しなさい。何かあっては私が困ります」 お話の前にそうおっしゃった。


 「はい ありがとうございます」 私はそう言って頭を下げた。


 「お里、この度の懐妊、おめでとう」 まず、お祝いの言葉をくださった。


 「ありがとうございます」


 「一時はどうなることかと思いましたが、安静にしておかなければならないというお匙の見立ても取れて安心いたしました」


 「ご心配を頂きありがとうございます。おかげ様で体調も良く、毎日を過ごさせて頂いております」


 「それは良かったです。今後についてですが、上様からお話があったでしょう?」 御台所様はそう尋ねられた。


 「お話でございますか?」 私は聞き返した。


 「あなたがどのように過ごすのかという話です」


 (上様から今後のことをお話して頂いたことはなかったはず・・・)


 「いえ、上様からは今後のことは御台所様のご指示を仰ぎ、お話をさせて頂いた上で決めるようにと・・・大奥のことはすべて御台所様にお任せしてあるので、上様が決めることではないとおっしゃっておりましたが・・・」


 「上様から何もお話しされていないのですか?」 御台所様は不思議そうに尋ねられた。


 「はい・・・」 


 「まったく・・・あのお方はそういう義理を私に対しても大切にしてくださいますからね。だから、憎めないのでございます」 そうおっしゃると、扇子を口に当ててフフフと笑われた。


 「それでは、初めから話をいたしましょう」 御台所様は威厳のある話し方をされた。私も、一度頭を下げた。


 「まず、あなたが身ごもったことについてですが・・・他の側室たちの目もありますので、お夕のお付きで出かけた先で上様からご寵愛を受けたということにいたします。一度も寝間にあがっていないあなたが上様のお子を身ごもるのはおかしいですからね。私やお清の立場もあります。それでよろしいですか?」


 「はい、承知いたしました」 


 「それから、身ごもった御中臈は側室となりお部屋持ちとなります」


 「はい、承知しております」 私がそう言うと御台所様は頷かれた。


 「ですが、あなたを他の側室たちと同じようなお部屋に置くとなると・・・上様が毎日来られ・・・どういうことになるかわかりますよね?」 そこで御台所様は苦笑いをされた。


 「はい・・・」


 「そこで、これはあなたに相談ですが、あなたのお腹の子が男児であっても女児であっても(まつりごと)には一切関わらないことを条件に今までと同じ部屋で過ごしても良いということにしようと思いますが・・・どうですか?」 御台所様は(まつりごと)に一切関わらないという言葉を強調された。


 「え・・・あの・・・」 私はどう答えて良いか迷った。


 「それとも、男児であれば将軍候補として育てようと考えていますか? それならそれでもかまわないのですよ」 御台所様は別にどちらを選んでもかまわないという雰囲気でおっしゃった。


 「いえ・・・私はそのようなことを望んではいません。今のお部屋で過ごせるのなら、これほど嬉しいことはございません・・・ただ、上様はどのように思われておいでなのかを存じ上げませんので・・・」 私は正直に話した。


 「やはり、あなたは上様が一番なのですね」 と言ってフッと笑われた後、「上様はお里が思うようにしてくれれば良いと言っておられました」 とおっしゃった。


 「そうでございますか。それでは、そのようにさせて頂きたいと思います」 私はそう言って頭を下げた。


 「わかりました。それでは、お里は側室という立場ではなく御中臈のままで今までと同じように過ごしなさい」 私の目を見て、御台所様は優しいお顔で頷かれた。


 「承知いたしました。ありがとうございます」


 「あなたは身分などどうでもいいのですねえ・・・」 そう言って御台所様は小さなため息をつかれた。


 (実際、ここで側室になろうが御中臈であろうがどうでもいいことだわ。上様のお傍にいられるのなら・・・それに跡取りだどうだということにも、一切関わらなくていいのなら私にとっては嬉しいことだし・・・)


 私は少し緊張が解けて、考えごとをしていた。


 「お里、疲れましたか?」 そんな私に気付かれた御台所様が声をかけられた。


 「いえ・・・大丈夫でございます」 私はもう一度姿勢を正した。その姿がおかしかったのか、御台所様は声をあげて笑われた。お清様も一緒に笑われていた。私は、何がおかしかったのかわからないまま、恥ずかしさで下を向いていた。


 「お里、上様は今まで自分のお子を身ごもった側室になど興味もなく、女子たちがどのように産まれるまでを過ごし、どんな思いをして子を産み育てているのか、ほとんどご存知ありません。私の時は最低限気を使ってくださいましたが、いつも一緒だったというわけではありませんでしたので・・・」 御台所様が少し真剣なお顔に戻されておっしゃった。


 「はい・・・」


 「ですから、今回あなたに子が出来たことはいい機会だと思っています。女子が命をかけて上様のお子を産むということを肌で感じて頂ける・・・そして、そのお子を必死で育てていくということを・・・上様が、産まれたばかりの子をお抱きになり、愛しく思い、育てていかれることはきっとこの先、政を行う上でも大切なことだと思います」


 「はい」


 「あなたは、それを上様に教えてあげてください」


 「有難きお言葉にございます。教えるなどめっそうもございませんが、私が出来ることを精一杯させて頂きたいと思います」 私は御台所様のお優しいお言葉に胸が詰まりそうになった。私が目に涙を浮かべている様子を御台所様はジッと見つめられて頷いてくださった。


 「それから、今後あなたはお清預かりということになります。子を産んで落ち着くまでは、総触れには参加しなくてもかまいません」


 「そうなのでございますか?」


 「ええ やはり、お腹に子がいる側室を妬むものはいるものです。何かあってはいけませんからね。そういう決まりになっています」


 (確かに・・・お腹の大きな側室を見たことはないわ)


 「はい 承知いたしました」


 「お里、何かあればお清を通じて相談するのですよ。上様に言いにくいことがあれば、一人で抱え込まずに言いなさい」 


 「ありがとうございます」


 「無事に産まれたら、必ず私に見せにくるようにね。私はこの大奥で産まれた子の全ての母でもありますから・・・」 御台所様は笑顔でそうおっしゃった。


 「はい もちろんでございます」


 「それでは、今後あなたのお子のことは上様とあなたに一存いたします。先ほどのことさえ守ってくれれば私は何も言うことはありません」 最後にそうおっしゃると御台所様は席を立たれた。


 「ありがとうございます」 私は頭を下げながら言った。そして、御台所様がお部屋を出て行かれるまでそのままで待った。御台所様のお気持ちに感謝と今後のことに少し安心しながら・・・


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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