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緊張と不安

 おりんさんが疲れてはいけないので、そろそろ帰ろうとしたところにちょうど上様がやって来られた。


「ちょうどだったか? そろそろ戻ろうか」 上様がおっしゃった。


「上様、ありがとうございます。とても楽しい時間を過ごすことが出来ました」 私は上様に頭を下げた。


「上様、私もお里様とお会い出来て嬉しかったです。上様にも赤子の顔を見て頂けてこんなに有難いことはございません」 おりんさんも続けてお礼を言われた。


「ああ これから大変だろうが、菊之助のためにも頑張ってくれ」 上様はそうおっしゃったので、おりんさんは「はい」 ともう一度頭を下げられた。


「上様、私も明日からはお仕事に戻らせて頂きますので・・・」 菊之助様がおっしゃった。


「ああ わかった。頼む」 上様はここで休むように言っても、菊之助様はきかれないと思われたのかすぐに返事をされた。


「じゃあ お里、行こうか」 上様は私の手を取ってくださった。


「はい、おりんさん、またしばらく会えませんがお体大切にしてくださいね。産後に無理をしてはいけませんよ」 私はおりんさんに言った。


「お里様、ありがとうございます。また私の方から会いにいきますね」 そう言って笑顔を見せられた。私も笑顔で頷き返した。

私たちは来た道を同じように上様に支えられながら、小屋の方へ戻った。


(少し前には私は一人でこの道を通ってお城を抜け出したのに・・・)


私はついこの間のことが、ずいぶん前のように感じながら歩を進めた。部屋に戻ると、少しだけ休憩をされた上様は表の仕事に向かわれた。


「おぎんさん、おりんさんは何かと不安になられるでしょうから、お世話をお願いいたしますね。私は普通に過ごせるようになりましたから、ちゃんと部屋で大人しくしていますので・・・」 今日のおりんさんのことが少し心配になり、慣れるまではと思って言った。


「ありがとうございます。合間合間に様子を見に行かせて頂きます」 おぎんさんもそう言ってくれた。


「それにしても本当に可愛らしい赤子でございましたね」 私は先ほどの赤子の寝顔を思い出しながら言った。


「ええ 本当に・・・ 私も随分前のことですから・・・」 おぎんさんも微笑みながら言われた。


「あの・・・おぎんさん? 今まで聞いてなかったのですが、おぎんさんのお子様は?」 私はおぎんさんのご主人が平吉さんであることは知っていたけれど、子供の話を今までしたことはなかったので聞いてみた。


「はい、10歳になる男児と8歳になる女児がいます。諜報活動で遠出をしているときは、平吉の父と母が預かってくれておりまして・・・隠密になるための修業をしたりもしています。今は江戸に戻ってきておりますので、私たちの家で一緒に暮らしております」 おぎんさんが話されている間、私は驚いていた。


「10歳と8歳のお子さんが・・・」 私はそこだけを繰り返した。


(いったいおぎんさんは何歳なのだろう・・・私とおりんさんとそんなに変わらないと思っていたのだけど・・・私も今の正確な年齢はわからないのだけど・・・)


「お里様?」 私が考え事をしていたので、おぎんさんが覗き込まれて名前を呼ばれた。


「あっ はい・・・おぎんさんと平吉さんのお子様にもいつか会ってみたいです」 私はそう言った。


「私たちの子は、隠密として育てるつもりです。一人前になるまでは、上様やお里様の前に出すわけにはいかないので・・・」 おぎんさんが当たり前のようにおっしゃった。


「でも、友の子に会いたいというのはおかしいでしょうか? 隠密の子ではなく・・・」 私がそう言うとおぎんさんは笑顔になられた。


「ありがとうございます。いつか、私もお里様に会って頂きたく思います」 と言ってくれた。


上様はお忙しい中、今日の日を私をおりんさんに会わせるために時間を割いてくださったのだろうか、戻って来られたのは夜の総触れが終わってだいぶしてからだった。


「お里、遅くなったな。先に休んでいても良かったのに」 上様は申し訳なさそうにおっしゃった。


「いえ、少し本を読んでおりましたので時間を気にするのを忘れておりました」 私は上様に気を使わせないように言った。


「そうか・・・じゃあ 今日はもう休もう」 上様は私の方をみてフッと笑われてからおっしゃった。


(私が気を使わせないようにそう言ったのだと、バレてしまったかしら・・・)


「はい、その前に上様? 本日はお忙しい中私の為に時間を取ってくださり、ありがとうございました」 私は頭を下げた。


「お里? 私がすることにいちいち頭を下げなくていいんだよ」 上様はそう優しくおっしゃった。


「いえ、感謝の気持ちはしっかりとお伝えしたいので・・・」 私はこれからも上様には感謝の気持ちはきちんと伝えたいと思っていたのでそう言った。


「わかった・・・今日はお里が嬉しく思ってくれたならそれでいい」 そうおっしゃると、私の目の前に座られて頬を撫でられた。


「上様・・・」 私がそう言うと、上様はそのまま優しくキスをしてくださった。


「さっ もう休もう」 そうおっしゃると、私をそっと抱き上げて布団まで連れて行ってくださった。


「お里、2日後だが・・・御台所と会う予定にしようと思うのだが、大丈夫か?」 布団に入ってから上様が尋ねられた。


「はい、もちろんでございます」 私はそう返事をした。私が身ごもったことで御台所様がどのように思われているのかは不安だったけれど、久しぶりに御台所様のお顔を見れることは嬉しかった。


「当日は、お清が迎えにくる。もちろん、部屋の外まではおぎんも一緒に行くようにするから安心していればいい」


「お清様にお会いするのもお久しぶりでございます。しばらく、総触れに参加していないものですから、お顔を合わす機会もなかったので・・・」


「そうだな・・・お清も会う度に、お里の様子を聞いておったからな。お前のことを心配しているようだ。元気な顔を見せてやってくれ」 上様は少し笑いながらおっしゃった。


「はい」 私も笑顔で返事をした。


「お里も今日は少し歩いたから疲れたであろう?」 上様は心配そうに尋ねられた。


「上様、私はあのくらいでは疲れませんよ。今は、我慢していますがもう少ししてお腹の子も落ち着いてまいりましたら掃除もさせて頂きたいくらいでございます」


「お里、それはまたゆっくり考えさせてくれ」 上様が苦笑いをされておっしゃった。私もフフフと笑って「わかりました」 と答えた。


御台所様にお会いする当日、朝の総触れが終わったくらいの時間にお清様がお部屋に来てくださった。お部屋の前ではおぎんさんが待っていてくださったので、すぐにお部屋の中へ入って来られた。私は下座へ座り、上座へお清様に座って頂いた。これは、いつものことだ・・・


「お里、本当におめでとう!」 お清様は私をしばらくジッと見つめてからおっしゃった。


「お清様、ありがとうございます」 私はそう言ってから頭を下げた。


「元気そうで安心しました。安静にしておかなければいけない状態だと菊之助様に聞いたときは、心配いたしましたよ。顔色も良さそうですね」 そう言って、お清様は私の手を取ってくださった。


「はい、皆様のおかげで元気に過ごさせて頂いております」 私もその手をギュッと握った。


「まあ… 上様があなたに必要以上にかまっておられるのは想像できますが・・・」 そうおっしゃると、お清様は苦笑いをされた。その後ろで、おぎんさんがクスクスと声を出して笑われた。お清様はおぎんさんを見られてから、今度は声を出して笑われた。


「・・・・」 私も何と言っていいものかわからず、苦笑いを返すしかなかった。


「さあ 今後のこともございます。御台所様にご指示を仰ぎにいきましょうか」 お清様が少し真剣なお顔でおっしゃった。


「はい」 私もそのお顔を見て、ゴクリと唾を飲んでしまった。すると、お清様はフフッと笑ってからおっしゃった。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。御台所様もあなたのことを心配されていました。御台所様にお任せしておきなさい」 おっしゃった後、優しく微笑んでくださった。


「はい わかりました」 私は頷きながら返事をした。


「では まいりましょう」 お清様はそうおっしゃると、サッと立ち上がり歩き始められた。その後ろを私とおぎんさんがついて行った。久しぶりの長い廊下を緊張と不安でいっぱいになりながら進んでいった・・・


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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