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対面

 食事を終え、着替えも済ませてワクワクしながら上様のお戻りを待った。


 「お里、戻ったぞ」 上様がお部屋に戻られた。


 「上様、おかえりなさいませ」 私は笑顔で上様に言った。


 「お里、ご機嫌だな。そんなに楽しみか?」 上様は嬉しそうに尋ねられた。


 「もちろんでございます。こんなに早くおりんさんにお会い出来るなんて・・・上様、本当にありがとうございます」 私は改めてお礼を言った。


 「ああ お里が喜んでいるようだから私も嬉しいよ。それに、私も菊之助とおりんに一言祝いを言ってやりたいからな」 上様がそうおっしゃったので、私は笑顔で頷いた。


 「お里、早くに行きたいのはわかるのだが・・・昼食をとってからにしないか? その方がゆっくりとあっちで過ごせるだろう?」 上様は少し申し訳なさそうにおっしゃった。


 「はい もちろんでございます・・・そんなに、急かしておりましたか?」 と私が聞くと上様は苦笑いをされた。


 「朝からずっとソワソワされております」 おぎんさんが横から笑いながら言われた。私はそんなつもりはなかったけれど、自分の気持ちが隠せていないことが今更ながら恥ずかしくなった。


 「では少し早めに食事にしようか」 上様がおぎんさんにおっしゃった。


 「はい、かしこまりました」 おぎんさんがお膳の用意をし始められた。私も、少し横から手伝わしてもらった。


 「何だかそうやっておぎんと動いていると、お里のお腹の中に子がいるとは思えないな」 上様は私を見ながらおっしゃった。


 「まだ、お腹も目立っていませんから・・・でもきっとこの子もおりんさんと赤子に会いたいと思っているはずです」 私はお腹をさすりながら言った。


 「そうか・・・なら、早く食べて行くとするか」 上様は笑いながらおっしゃった。


 食事を終えると、少しだけゆっくりとしてから出発した。


 「お里、隠し通路から行くことにしたからな。昼の間に平吉が来て、明るくしてくれていると思うが・・・私の手を離さないでくれよ。それから、ゆっくり歩くこと。階段は慎重に降りること。わかったな」 上様が注意事項を私の目を見てゆっくりと話された。


 「はい わかりました」 私も一回一回頷きながら聞いて返事をした。


 「よし、それではいこう」 上様が私の手を取ってくださった。おぎんさんは私たちの前を歩かれた。何度も通った小屋の中に入ると、少し涼しかった。おぎんさんが、以前見たように小屋に中から錠をかけられて、畳を1枚外された。


 「今日は中から錠をかけていますので、畳はこのままですすませて頂きます」 おぎんさんはそう言うと地下へと続く階段を降り始められた。続いて上様が私の手を取ったまま歩を進められた。上様はほとんど後ろを向く体勢だった。


 「上様、まだお腹も出ていないし歩くのは普通に歩けます。これでは上様があぶのうございます」 私は上様が心配になった。


 「私は大丈夫だ。それより、さっき言ったように一段ずつだぞ」


 (これは、私の意見は聞いてくださらなそうだわ) 私はそのままで進むことにした。


 平吉さんが灯篭のようなものを沢山用意してくださっていたので、通路はとても明るくなっていた。階段を降りてしばらくまっすぐの道を歩いてから、菊之助様の家へと続く昇りの階段にたどり着いた。おぎんさんが先に階段を昇られ、上から蝋燭を照らしてくださっていた。上様もまた後ろ向けに階段を昇られた。私があと少しで昇りきる頃にはおぎんさんは扉を開けられ家の中へと入られていた。私と上様も家の中へと入った。


 「お里、大丈夫か?」 上様は早速私の心配をしてくださった。


 「はい 大丈夫でございますよ。ありがとうございます」 私が言うと、笑顔で頷いてくださった。そんな会話をしていると、菊之助様が走って近付いて来られた。


 「上様、お里殿、私からの挨拶が遅れて申し訳ございません。わざわざ、こちらまでありがとうございます」 菊之助様は土間の上に正座をされ、頭を下げられた。


 「菊之助、そのようなことをしなくてよい。めでたいことではないか。今日はお里がおりんに会いたいというから来ただけだ。さあ、立ち上がって早速おりんに会わせてやってくれ」 上様は優しく菊之助様の肩をポンと叩かれおっしゃった。


 「はい、ありがとうございます」 菊之助様はもう一度頭を下げられた後、立ち上がって笑顔を見せられた。上様も微笑んで頷かれた。菊之助様はこちらでございますと、私たちを案内してくださった。上様は歩き始めるとすぐに私の手を取ってくださり、菊之助様の後をついていった。部屋の前まで来ると、「おりん、はいるぞ」 と菊之助様がお声をかけられてから襖を開けられた。布団に寝ておられるおりんさんの横で、スヤスヤと寝ている赤子が目に入った。


 「上様・・・お里様・・・」 おりんさんは笑顔で私たちを確認されると、ゆっくりと起き上がろうとされた。菊之助様はすばやくおりんさんの横まで行かれて補助された。


 「おりん、そのままでかまわないよ。おめでとう。よく頑張ったな」 上様は、おりんさんを労われた。


 「おりんさん、おめでとうございます」 私はそれだけ言うと、胸がいっぱいになり涙が出てきた。


 「さあ こちらで赤子を見てやってください」 菊之助様が座るように促してくださった。上様は私を先に座らせてくださった後、ご自分も席に着かれた。

 赤子は見るからに鼻筋がとおっていて、産まれたばかりなのにイケメン確定といった顔をしていた。


 「とても綺麗なお顔をされていますね。気持ち良さそうです」 私は、そう言ってジッと見つめていた。いつまでも見ていられるようだった。


 「ほんとうだな・・・」 上様も私の横から覗かれて、微笑みながら赤子を見ておられた。そのとき、赤子の顔が動いて「ホヘッ ホヘッ・・」 と声を上げたかと思うと、「オギャー」っと大きな鳴き声を上げだした。上様は急にオロオロとされたので、私はフフッと笑っておりんさんを見た。おりんさんも少しオロオロとされていた。


 (初めのうちは、子供が泣くたびにどうしていいかわからないですものね)


 「抱っこさせてもらってもいいですか?」 私はおりんさんに聞いた。


 「は、はい、もちろんでございます」 おりんさんはそう返事をされた。私は、ゆっくりと赤子を抱き上げてから、自分の胸の前に持ってきてゆっくりと揺らした。しばらくすると、赤子は泣き止んだけれど、それでもぐずっていたので一度布団の上に寝かせてからおしめを確認した。


 「あら、おしめが濡れているようです」 私がおりんさんに言うと、後ろからおぎんさんが新しいおしめを用意してくれた。私は、紙おむつしか使ったことがなかったのでおぎんさんにおまかせすることにした。 おしめを変えてもらうと、とても気持ち良さそうにしていたので、私はもう一度抱っこをしてゆっくりと揺らすとまた寝息を立て始めた。


 「お里は何でも出来るのだな」 上様は口をポカンと開けて、その様子をみておられた。


 「以前の記憶があったようでございます。妹か弟がいたのでございましょうか」 私はそう言って、赤子を笑顔で見つめた。


 (私が子育て経験者であることは、皆さんご存知ないですからね)


 気持ち良さそうに眠った赤子をおりんさんの横にもう一度寝かせて、私はおりんさんを見つめた。


 「おりんさん、本当によく頑張られたのですね。こんなに立派な赤子をお産みになられて・・・何よりおりんさんが元気そうで安心いたしました」 


 「お里様、ありがとうございます」 おりんさんは私の手を握って言われた。


 「菊之助様も改めておめでとうございます。これからは、父上様でございますね」 私は菊之助様の方を向いて言った。


 「ありがとうございます。まだまだ、わからないことばかりでおぎんに助けてもらってばかりでございますが、仕事の方も精一杯頑張り、立派な父になろうと思います」 菊之助様は上様と私とを交互に見られながらおっしゃった。


 「ああ これからも頼んだぞ」 上様はそうお返事をされた。私もその横で頷いた。


 「おりんの具合が良いのなら、少し女だけで話をするか? 私と菊之助は別の部屋で待っておこう」 上様がそう言ってくださった。


 「私は大丈夫でございます。是非、そうさせて頂ければ嬉しいです」 おりんさんは笑顔で答えられた。


 「ありがとうございます」 私も上様に頭を下げた。すると、上様と菊之助様は立ち上がってお部屋を出て行かれた。


 「おりん、いちいち赤子の泣き声にオロオロしていては駄目ですよ」 3人になるとおぎんさんが言われた。


 「はい、でもどうしていいかわからないので・・・」 おりんさんが苦笑いをされた。


 「まあ 徐々に慣れていきますよ。産まれたばかりの赤子の泣き声なんてずっと聞いていても飽きないですもの。ゆったりとかまえていればいいではありませんか」 私はそう言った。


 「お里様は相変わらずお心が広いのでございますね」 おりんさんがそう言うと、おぎんさんも「ほんとに・・・」 と言われて笑われた。

 それからは、おりんさんが産まれるまでに「痛い、痛い、もう駄目だ」 と大騒ぎだったこと、菊之助様はオロオロするばかりで何の役にも立たなかったこと、そして産まれたときには飛び上がって喜ばれていたことをおぎんさんとおりんさんが楽しく話してくれた。私たちの大きな笑い声にも動じることなくスヤスヤと眠っている赤子を見て私たちは「大物になる予感ですね」 と言ってもう一度笑った。

 私は、この世界で大切な人がまた増えたことを幸せに思っていた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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