上様の膝枕
お昼頃におぎんさんは食事の用意をしに戻ってきてくれた。私は、体調はそれほど悪くなかったのだけれど、上様に少し休むように言われたので横になっていた。
「お里様、お食事の用意が出来ましたが起きられますか?」 おぎんさんが私の部屋へ来てくれて聞かれた。
「はい、起きます」 そう言って私が起きようとすると、上様がすぐに支えに来てくださった。
「上様がおられるときは、私は必要なさそうですね」 おぎんさんはクスッと笑われて言われた。
「ああ そうかもしれんな」 上様は笑っておっしゃった。部屋を移動すると、食事が並んでいた。
「お常さん、そうとう張り切られたみたいでございますね。量は少ないですが、この品数・・・すごいですね。お里様がどれでも食べられるように考えられたのでしょう。それに、これなんかは、また後でお腹が空いたときに食べられますね」 おぎんさんはお膳を並べながら感心して言われた。
「ありがたいことです。少しずつですので、食べることが出来そうです」 私はお常さんが私のことを考えて用意してくださったことに感謝した。
「さあ お里、食べようか」 「はい」
食事はどれも、味を薄めにしてあったのであっさりとして食べやすかった。色んなお野菜が使われていたので体にも良さそうだった。私はほとんどを食べることが出来た。
「お里、しっかり食べられたようだな」 上様が私のお膳を見て、嬉しそうにおっしゃったので、私も「はい、少し食べ過ぎてしまったかもしれません」 と笑って言った。
「なら、また横になればよい」 上様は満足そうにおっしゃった。
「おぎんさん? おりんさんの様子はどうでございましたか?」 私は、おりんさんの様子を尋ねた。
「はい、菊之助様が何もさせてくれないとぼやいておりました。庭の掃除をしようとすると、この暑い中、外に出て倒れたらどうする?と言われるとか・・・」 そこでおぎんさんが笑われたので、私たちも一緒に笑った。
「家のことも、誰か使用人を頼もうかとおっしゃったみたいで・・・それだけはいやだと言ったと言っておりました」
「まあ おりんさんも大変でございますね」 私は想像するとおかしかったので、しばらく笑っていた。
「菊之助の気持ちは私にもわかる」 上様は真剣な顔をしておっしゃった。私とおりんさんは顔を見合わせてもう一度笑った。上様は何がおかしい、というような顔をされた。
「お腹の方もだいぶ大きくなって、今は足袋を履くのも一苦労なようですよ」
「そうですか・・・私も今はおりんさんに会えませんが、体を大事にしてくださいと言っておいてくださいね」
「はい、おりんもお里様のことを心配しておりましたので、お元気にされていると言いましたら、ホッとしておりました」
「ありがとうございます。私も早く元気になっておりんさんのお顔を見にいきたいです」 と言うと、「そのときは私も一緒に行く」 と上様がすぐにおっしゃった。
「上様が休養で一日こちらにいらっしゃる間はお食事のときだけ顔を出させて頂きます。もし、他に用事がありましたら言ってください。それでよろしいですか?」 おぎんさんは上様に聞かれた。
「ああ そうしてくれ」 上様はそうお返事をされた。
「それからお里様? 匙より上様の背中の布を張り替えていただくようお薬を預かっております。お里様にお願いしてもかまいませんか?」 おぎんさんが私に聞かれたので「もちろんです」 と笑顔で答えた。おぎんさんはテキパキと片づけを終えられ、お茶を淹れてくれると後から食べられる果物を用意して、お部屋から出て行かれた。
「おぎんさんはすごいですね」 私はおぎんさんが出て行かれた廊下を見つめながら言った。
「私たちに気を使っているのだろう・・・ゆっくりと休めるようにな」 上様は微笑まれた。
「上様、それではお背中の布を張り替えさせて頂きましょうか?」 私はおぎんさんが用意してくれていたお薬一式を持ってきて言った。
「ああ 頼む」 上様はそうおっしゃると、お着物を上半身だけ脱ごうとされた。そのとき、一瞬顔をしかめられたので「痛みますか?」 と聞いた。上様は「大丈夫だ」 とおっしゃったけれど、私はお着物を脱がれるのを手伝った。上様の背中はまだ赤くなっていて、少し腫れているようにみえた。
「痛そうでございますね。申し訳ございません」 私は、布を張り替えながら言った。
「お里、もう謝るなと言ったであろう? これは日にち薬だ。すぐに良くなる」 上様は前を向いたままおっしゃった。
「はい・・・私もこうやって上様に軟膏を毎日塗っていただいたことがございましたね」 私がケガをしたときに、上様が私の手当をしてくださっていたことを思い出した。
「ああ そうだったな。あのときも、お里が心配で心配でたまらなかった・・・私にはお里が元気で笑っていてくれることが幸せなんだよ。だが・・・この狭い大奥の世界の中にいては、きっとこの先もつらい思いをすることがあるかもしれない・・・そんなときは、私を信じて頼ってくれ・・・私のためにと一人で考えず、思っていることを全て知りたい」 上様はお顔を見せられることなく、ゆっくりと話された。
「はい、ありがとうございます」 私は布を張り替え終わり、上様にお着物の袖を通して頂けるように上様の前に座った。
「お里、これからのこと・・・私と御台所に任せてくれるか?」 上様は、お着物を着られると私を抱き寄せられてそうおっしゃった。
「はい、上様と御台所様にお任せいたします」 私はそう返事した。
「ありがとう・・・」 上様はそうおっしゃると、一度体を離して私の顔を見つめられた。そして、私の肩を持ちご自分の膝の上に私の頭を乗せられた。
「上様?」
「どうだ? いつも私がお里に膝枕をしてもらっているが・・・気持ちいいだろう?」 上様は優しく尋ねられた。
「はい、でも少し恥ずかしいです・・・」 私は少し落ち着かなかった。すると上様は私の頬に手を当てられて、撫でられた。
「お里が城を出て行ったとき、私が町の娘に声をかけて側室にしているという噂を信じたのであろう? 私は少しそのことが寂しくてな・・・」 上様は少し声を落としておっしゃった。
「申し訳ございません」
「いや、謝らなくてもいい。私がお里を不安にさせていたのだろう・・・」
「そんなことはございませんが・・・最近は夜も一緒に過ごしてくださることがほとんどだったので・・・私に気を使われて、お昼にお役目を果たされているのかと・・・だったら、私も受け入れなくてはならないと思いまして・・・」
「そんなことを考えていたのか・・・でもお里、今は私は他の女に触れることも触れられることも嫌でな、夜のお勤めは極力減らすようにお清に言っていたのだよ。お清も御台所も分かってくれたからな・・・」
「そんなこととは知らずに・・・」
「私も話しておけば良かったかもしれんな。そんなことを話すとお里のことだから、かえって気を使わすのではないかと思った・・・」
「・・・」
「きっと私はお里が城を出て行きたいと言ってしまったら、どこかに閉じ込めてでも傍におくかもしれない・・・自分でも怖いほど、お里が愛しくてたまらないのだよ」
「・・・」 上様から伝わる温もりが気持ちよくて私は知らない間に寝てしまっていたようだった。そんな私を見て、クスッと笑われて頬にキスをしてくださった夢をみながら・・・
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