嫉妬
今回は、少し長めのお話になってしまいました。
最後まで読んでくださると、うれしいです。
籠が動き出すと、それまでの余裕がなくなった。結構揺れるもので、どこにバランスをおいていいか狭い籠の中で試行錯誤していた。上様は先の方でもう出発されているということだった。
(朝は、上様にお会いできなかったな)
と、少し寂しく思った。
とても長い時間が経ったような気がしたが、お昼の休憩をいたします。と、外から菊之助様が言われた。
(まだ、お昼…日が高くなり少し暑くなってきたなと思っていたけど…新幹線ならとっくに着いているよね。本当に、昔はこうやって全て徒歩で進んでいたんだわ。文明の利器ってすごい)
あらためて、昔の世界へ来たことを実感していた。
籠がおろされると、戸が開いた。菊之助様が、跪かれて私の手を取ってくださった。
「慣れないので、しんどかったでしょう? 大丈夫でしたか?」
「はい。ありがとうございます。菊之助さ…菊之助」
(やっぱり慣れない…)
座っていた体を移動させ、履き物を履いて立ち上がろうとしたとき、一瞬フラッとした。あっ! 転んでしまう! と思った時、菊之助様が支えてくださった。ずっと、揺られていたので、まだ体がフワフワとしているかんじだった。
「大丈夫でございますか?」
「はい…なんとか」
「移動はすぐそこまでなので、どうぞ私におつかまりください」
と言われたので、ここはこけてしまってはいけないと思い、遠慮せずつかまることにした。菊之助様も私を気遣ってくださり、両手でしっかりと支えてくださった。
少し歩いたところに、上様が座っておられた。私は、お声をおかけした。
「上様…お待たせ致しました」
「ああ…食事の準備が整っているようだ…」
(ちょっと素っ気ないけれど…他の皆様がいらっしゃるから仕方ないですよね)
「はい。ありがとうございます」
そう言って、上様の後ろについていった。用意された部屋に入ると、食事を用意されていたのは2人分だけだった。私は菊之助様に支えられたまま席まで行くと、ゆっくり座った。
上様も席に着かれた。すると、すぐに
「菊之助、さがってよい」
と、おっしゃった。菊之助様も
「かしこまりました」
と、すぐに部屋を出て行かれた。
上様が私の方をみて、「疲れたであろう。少しの時間だがゆっくりするとよい」とおっしゃった。
(いつもの上様だわ) 私は少しホッとした。
「ありがとうございます。初めてのことで、あんなに揺れるものだと思いませんでした」
「担ぎ手に問題があるのではないか? もっと揺らさぬよう丁寧に担げと言っておこう」
「!!! いえ、上様…担ぎ手の方の問題ではないと思います。籠などに乗せて頂くことが初めてだったので、慣れないだけで…少しずつですけど、慣れていくと思いますので、このままで大丈夫です」
「お里がそういうなら…何かあれば言うのだぞ」
「はい。ありがとうございます」
(あぶない あぶない…こんなことで、担ぎ手の方がクビになったら大変です。気を付けなければ)
と、冷や汗をかいた。
あまり食欲のなかった私を上様は心配してくださり、食事を終わられてからは私の隣に座って、
「もたれるとよい。少し楽になるぞ」
と、肩をかしてくださった。私も素直に甘えることにした。まだまだ始まったばかりの旅だから、少しでも休んでおこうと思った。
休憩が終わり、部屋を出て玄関の軒下で上様と一緒に籠を待った。上様は心配そうに私を見られていた。
「お里、大丈夫か?」
「はい。だいぶ楽になりました。ありがとうございます」
私の籠の方が遠いので、先に歩くことになった。すかさず、菊之助様が来てくださった。
「お方様、まいりましょう」
と、手を差し出してくださったので
「ありがとうございます。菊之助…」
と言ってから立ち上がった。
「では上様、お先に行かせて頂きます」
「ああ、また後ほどな」
と、素っ気ない態度だった。
(やはり、二人きりでないときはあのようにされるのだわ)
籠まで、菊之助様に連れて行って頂き、先ほどと同じように乗り込んだ。昼からの移動は、少し籠の揺れにも慣れてきたことと、菊之助様が、籠の小窓を開けておいてくださったので気が紛れて楽になった。
(初めて見る、大奥以外の景色…本当に山と川と田んぼばかりなのね。癒される…)
さすがに、今日一日では到着しないことは私にもわかっている。夕方になると、もう少ししたら宿に到着いたしますと、菊之助様が教えてくださった。宿に到着すると、籠の戸が開いた。菊之助様に履き物を用意していただき、籠からおりた。
「上様はもう、お部屋の方へ入られております」
とおっしゃった。そのまま、宿の中に入り、上様のいらっしゃるお部屋と通された。
部屋の襖を開けると、おぎんさんとおりんさんがおられた。
「お里様、お疲れになられたでしょう?」
「さあ、早くお座りになっておくつろぎください」
と、お二人が労ってくれた。
「ありがとうございます」
と、席まで菊之助様に手を取って頂いたまま移動した。
「上様、本日のご移動お疲れさまでした。後ほど、お食事を運ばせて頂きます。本日は、この後お二人でごゆっくりお過ごしください。明日はまた早朝に出立致したいと思います」
と、菊之助様が報告された。
「お前に言われなくても、二人でゆっくり過ごすわ」
「はい」
(なんだか今日は上様はいつもとちがうな)
「用がなければ、さがれ」
「承知しました」
菊之助様は、私にも一礼してくださり部屋を出られた。
上様は疲れておられるのだろうかと思い、尋ねた。
「上様、お疲れでございますか?」
「いや、そんなことはない」
と、言われたので
「そうですか…」 と、言っておいた。
(いったいどうされたんだろう?)
と、考えていたら、おぎんさんが
「さあさあ、お里様このお着物ではゆっくりおくつろぎになれないでしょう?あちらで、もう少し楽なお着物に着替えましょう」
と、隣の部屋に連れて行かれた。
部屋の襖を閉められて、着替えをしてもらっているとき、おりんさんが
「上様、こちらのお部屋に入られて、お里様を待っている間、ずっとぼやかれていらっしゃいましたよ」
「???」
私は何のことかわからず、おりんさんの顔を見た。
「自分は、今日はお里に触れていないのに、菊之助はずっとお里にくっついているのか…手をずっと握っておったぞ! しかも、お里は菊之助と呼んでいた」
と、上様の言い方を真似して言われた。
(!!!!)
機嫌が悪い原因はそれだったのかとわかった。
「でも…それは…」 と、私が言いかけたとき
「その理由もちゃんとわかっておいでですから、ハッキリと言われないのでございます。お里様も大変ですね。放っておかれればよいのですよ」
と、おぎんさんに言われた。
着替えが終わり、上様がおられるお部屋に戻った。
「お待たせいたしました」
「上様、私たちはこれで下がらせて頂きます。ごゆっくりされてください」
「ああ、ご苦労」
お二人は部屋から出て行かれた。
(あの…さっきのお話を聞いてからなので、とても気まずいのですが…)
私は座ったままどうしていいものか、オドオドしていると
「お里、こちらへおいで」
上様が優しくお呼びになった。
「はい。失礼いたします」
上様の隣に座ったが、何故か緊張してしまう…
「お里とはいつもの部屋でしか会わないから、落ち着かないな」
「はい。私もです」
上様は、私の方を見てニコッと笑われた。私は、気になって仕方がないので、上様にお話しすることにした。
「上様?」
「なんだ?」
「あの…昼間は慣れないことばかりで、菊之助様に助けて頂きました。でも、それで上様が気分を悪くされているのなら…」
「そんなことか。お里が気にすることではない。私がただ勝手に拗ねているだけだ。菊之助も私の不機嫌の原因をわかった上で、サッサと下がったのだ」
「はい…」
「私もわかってはいるが、目の前で見るとな…」
上様は、少し顔をしかめられてから、笑われた。
「お里は、菊之助に手を取られて嬉しかったのか? また、こんなことを聞くと、子供みたいだな」
「いいえ、そんなことはございません。私は、上様に手を取られたときだけ舞い上がってしまうのです」
私は急いで言った。でも、すぐに顔を伏せた。
(また、顔が赤くなってしまっている)
「そうか。やっぱり、お里の手を取るのは、私だけがいいな」
そう言って、片手で私の手を取られ、もう一つの手で抱き寄せられた。私は俯いたまま
「はい…」
とだけ言ったが、すぐにあごに指をかけられて、上様の方を向かされた。
「お里は、ますますかわいくなるのか? それ以上かわいくなられては困る」
私は、頭が沸騰しそうになったので
「私にはわかりません」
と、少し素っ気ない言い方をした。
「ああ、今日は夕方になったからといって、中奥へ戻れという者もいないから、お里と朝までゆっくり過ごせるのだな。こんなに嬉しいことはない」
と言いながら、私の膝の上へ頭を乗せられた。私も「そうですね」と言って、上様の頬に手をおいた。
ここまで読んでくださった方、評価をくださった方、ブックマークをしてくださった方、本当にありがとうございます。励みになっています。ほのぼの溺愛、時々トラブルをお楽しみ頂けるようがんばります。