休養
菊之助様は上様のご予定について話された。
「本日と明日は上様には休養を取っていただきます。背中の方も痛むでしょうから・・・総触れも御台所様に取り仕切って頂くようお伝えしてまいりました」
「そうか・・・わかった」
「ただ、まだお里殿のことは私から申し上げておりませんので」
「ああ それでいい。御台所には私から話す」 上様のお返事からは感情が窺えなかった。
(御台所様はどう思われるだろう? 私が身ごもったということは、私も皆さんと同じように側室になるのかしら? 子が出来たことを祝福してくださるのかしら、それとも・・・) 私は少し不安になってきた。
「お里?」 上様が私の様子に気付かれて名前を呼ばれた。
「はい」 私は不安を悟られないように笑顔を見せた。
「気分が悪くなったのなら、休んでおくがいいぞ」 上様は私の体調を気遣ってくださった。
「いえ、大丈夫でございますよ」 私はもう一度笑顔を見せた。
「お里、今日と明日は私も休みだ。お里と一緒に休養するから、ゆっくり過ごそう」 上様はそう言ってくださった。
「はい、ありがとうございます」
「それでは上様、私は一度表の方へ行かせて頂きますが、何かしておかねばならないことはおありですか?」 菊之助様がおっしゃった。
「いや、特にない。後は頼んだぞ」
「はっ」 菊之助様は頭を下げられて、お部屋から出て行かれた。
「上様、私もお常さんにお里様のお食事を消化のいいものにして頂く旨伝えた後、おりんの様子を見に行ってきてもよろしいでしょうか?」
「ああ そうしてくれ」
「はい、お昼には一度戻らせて頂きます」 おぎんさんも頭を下げてお部屋を出て行こうとされたとき、私はおぎんさんを呼び止めた。
「おぎんさん、ちょっと待って頂いてもよろしいですか?」
「はい?」 おぎんさんはそう言って私の方を向かれた。
「あの・・・上様、お常さんには私から報告をさせて頂いてもよろしいですか?」
「ああ そうだな。そうしなさい。おぎん、お常にはこちらへ来るようにと伝えてくれるか?」 上様は、そうおぎんさんに言ってくださった。
「かしこまりました」 おぎんさんは微笑んでそう言ってくれた。
「よろしくお願いします」 私はおぎんさんに頭を下げると、おぎんさんは頷かれてからお部屋を出て行かれた。
しばらくすると、小走りで廊下を走って来られる足音がした。
(お常さんだわ)
廊下で座られると、「お常でございます」 と声をかけられた。
「ああ はいれ」 上様が入るようにおっしゃると、お常さんは部屋の中に入られ、入り口でもう一度頭を下げられた。
「お常、忙しいところ悪かったな。こっちに座ってくれ」 上様と私は並んで座っていたので、お常さんをその正面に座るようにおっしゃった。お常さんは、また席に着かれると頭を下げられた。
「お常、この部屋に来るときはそんなにかしこまらなくてもいいんだぞ」 上様は微笑んでそうおっしゃると、お常さんは「はい、ありがとうございます」 と言ってやっと頭を上げて私を見られた。私はお常さんと目が合って微笑むと、お常さんも笑い返してくれた。
「今日はなお里から言いたいことがあるそうだ」 上様はそうおっしゃると私の方を見られて微笑まれたので私は頷いた。お常さんは何事かというお顔をされて、私を見られた。
「お常さん・・・私・・・上様のお子を身ごもりました」 そう言ってお常さんに微笑んだ。お常さんは一瞬驚かれたようだったけれど、みるみる笑顔になられた。
「それはそれは・・・おめでとうございます」 そう言って頭を下げられた。
「ありがとうございます」 私がお礼を言うと、上様も「ああ ありがとう」 とおっしゃった。
「それでな、お常、じつはお里はここんとこ体調があまり良くなくてな・・・匙からも許しが出るまでは安静にしておくように言われているのだ」 上様が説明してくださった。
「まあ それは心配でございますね」 お常さんは心配そうに私を見られた。
「食事をしばらくは、消化のいいものにしてほしいのだが・・・あと、お里が食べられそうな果物などを多く持ってきてもらえるか?」
「はい もちろんでございます。精が付いて、消化に良いものを考えさせていただきます」
「お常さん、お世話をおかけしてすみませんが、よろしくお願いいたします」 私はそう言って頭を下げた。
「お里、良かったね。本当に嬉しいよ。食事の方は何も気にしないでおくれ。それと、食べたいものがあったら遠慮せずに言うんだよ。もちろん、食べられそうにないものも言ってくれればいいからね。それから、お里は残したりしては勿体ないと気にするだろうけれど今は食べられるものを食べられるだけ食べて、変な気を使わないようにしなよ」 お常さんがそう言われると上様は笑われた。
「さすがお常だ。朝も、残してしまって申し訳ないと少し落ち込んでいたのだ・・・私もそんなことを気にするなと言っておったところなのだよ」
「まあ そうでございましたか。お里らしいことでございますね」 そう言ってお二人で笑われるのを私は少し俯いて見ていた。
「それからお常」 上様は少し真剣な顔に戻られてお常さんに話しかけられた。お常さんは姿勢を正された。
「おりんがもうすぐ子を産むであろうから、今後はおぎんがお里の傍についていてくれる・・・だが・・・おぎんにはおりんの方の世話も頼んでいてなあ。それで、昼間、もしお里が一人だったなら話し相手になってやってくれないか?」 上様はお常さんに頼むような言い方をされた。
「よろしいのでございますか?」 お常さんは確認するように尋ねられた。
「ああ 頼む。さっきも言ったが、この部屋で遠慮はいらないからな」
「承知致しました。ありがとうございます」 お常さんがお礼を言われた。
「上様、ありがとうございます」 私も上様がこのように私のことを心配してくださるのが嬉しくて頭を下げた。上様は、微笑んで頷いてくださった。
「それでは、上様がいらっしゃらないときはお邪魔させて頂きます」 と言ってお常さんはニヤッと笑われた。
「ああ そうしてくれ」 とそれに応えるように上様もニヤッとされた。私はそのお二人の様子がおかしくてクスクスと笑った。
「それでは、私はお昼の準備がございますのでこれで失礼いたします。今日は、嬉しい報告をありがとうございました」 お常さんはそう言って頭を下げられ、お部屋を出てまた小走りで廊下を走っていかれた。
「上様、私の心配をして頂きありがとうございます」 私は改めてお礼を言った。
「ああ お里に不自由はないか考えて動くのも私の楽しみだ」
「皆さんに心配して頂き、私は幸せものでございます」 私はどなたも私の為に動いてくださり、心からお祝いの言葉をかけてくださることが本当に幸せだった。
「みな、お里が大事なのだよ」 そう言って上様は私の肩を抱かれた。私も上様の肩に頭を乗せた。
「お里は男がいいか? 女がいいか?」 上様が突然尋ねられた。
「私は女児だと思います・・・」 私は咄嗟に口からそのような言葉が出た。そして、自分でも不思議に思った。
「なんでそう思うのだ?」 上様も不思議そうにおっしゃたので、 「なんとなくでございます」 とごまかした。
(そうだわ。私、倒れたときに陽太に会ったのだったわ。その後色んなことでバタバタとしてしまってすっかり忘れていたけれど・・・あのとき、陽太が『妹に会わせてくれた』と言っていた・・・陽太には私のお腹に子がいることがわかっていたのだわ。そして妹と言っていた・・・それで咄嗟に女の子だと思うと言ってしまったのだわ。本当に、妹なのかしら? そもそも陽太に会えたことは夢ではないのかしら?)
私が考え事をしていたので、上様が「お里?」 と呼ばれた。
「はい・・・男児でも女児でも元気に産まれてきてくれれば、私はそれだけで充分でございます」 と言った。
「ああ そうだな」 上様もそう思っておられるのだろう、柔らかいお顔でそうおっしゃった。
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