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喜び

 お匙に診察をしてもらった後、私は寝間着を整えながら手が震えていることに気が付いた。


 「お里様? このこと・・・ご自分で報告されますか?」 お匙が尋ねられた。


 「あの・・・動揺しておりまして・・・お匙様からお話頂けますか?」 私はそう言って下を向いたまま頭を下げた。


 「わかりました。それでは皆さんに入って頂きますが、よろしいですか?」 お匙は私が寝間着を整え終わったのを見計らっておっしゃった。


 「はい、よろしくお願いいたします」 お匙は黙って頷かれ、襖の向こうに待っておられた上様たちに中へ入られるようにおっしゃった。上様は、私の姿を見てすぐに手が震えていることに気付かれたのか、横に来て手を握ってくださった。その手の温もりに安心したのか私は涙をこぼしてしまった。私の涙を見て、上様はじめ、菊之助様とおりんさんも息を呑まれた。


 (私のこの涙はいったい何の涙なのだろう?)


 私は自分で流している涙の意味がわからず、急いでそれを拭った。


 「お里?」 上様が心配そうに覗き込まれたが、私は微笑んで頷いた。


 「匙、それでお里の様子は?」 上様が急かされるように尋ねられた。


 「はい、お里様は・・・」 そこで、皆さんがもう一度ゴクリと唾を飲みこまれる音がしたようだった。


 「身ごもられております」 お匙が言い終わられても、誰も言葉を発せらることはなく沈黙が流れた。


 「みごもっている・・・?」 上様がゆっくりとそう呟かれた。そして、私の顔を確認された。私は微笑んで頷いた。


 「それはまことか?」 上様はお匙に確認するように尋ねられた。


 「はい、月のものなどを確認させて頂いたところ間違いございません」 お匙はハッキリとおっしゃった。おりんさんは口元を押さえて目を見開かれているようだった。菊之助様は口を開けたままだった。その後、お二人は顔を見合わせられてから私の方へとびきりの笑顔を見せてくださった。


 「上様、おめでとうございます」 お匙が上様に頭を下げられた。


 「上様、お里殿、おめでとうございます」 菊之助様とおりんさんもそう言って頭を下げられた。


 「ああ」 上様はまだ声が出せないほど、驚かれていたのかそれだけを口にされた。私は上様の手をギュッと握り返すと上様は私の方を見られ、だんだん笑顔になられた。


 「そうか・・・お里・・・身ごもったか」 いつもの声に戻られた。そして、私をギュッと抱きしめられた。そして耳元で何度も何度も「そうか・・・そうか・・・」 と繰り返された。


 「倒れられたと聞きましたが、お腹を打たれなくて良かったです。まだ、安心は出来ないのでしばらくの間は絶対に安静にして頂きますようにお願いします」 お匙は私ではなく上様に向かっておっしゃった。


 「ああ もちろんだ。わかっている」 上様は当たり前だというようにおっしゃった。


 「それでは上様の手当もしておきましょうか? 背中をかばわれているようですが・・・」 お匙は上様の言葉に頷いた後、おっしゃった。


 「いや、私はたいしたことない・・・」 上様は診てもらうことを拒まれた。


 「いえ、念のために診せてください。後で何かあっては困ります」 お匙は威厳を持っておっしゃったので、上様も観念された。お匙の前に座られ、着物をめくりあげられると背中が真っ赤になっていた。


 「上様?」 私はどうされたのかと思って聞いた。上様は私の方を見て苦笑いをされ「大事ない」 と一言だけおっしゃった。


 「お里殿が倒れられたとき、上様が寸でのところで抱き抱えられました。そのときに、背中を打たれたようです」 菊之助様が教えてくださった。


 「申し訳ございません」 私は上様に言った。


 「気にするな。お里も子も守れたのだと思ったらこれくらいなんてことはない」 上様はそう言って微笑まれた。私は「ありがとうございます」 と頭を下げた。


 「上様のお怪我も大事ないようです。2、3日だけ無理はしないようにしておけばすぐに治るでしょう」 お匙はそう言って湿布のような匂いのする布を上様の背中に貼られた。


 「ああ わかった」 そう言って着物を直されて、また私の隣に来てくださった。


 「お里? 大丈夫か? 気分は悪くないのか? 何か食べたいものはないか? 喉が渇いたのではないか? それとも、もう休むか?」 質問攻めで、どれから答えたらいいものか困ってしまった。


 「上様、そんなに一度に尋ねられてはお里様がお困りですよ」 おりんさんがそう言ってくれた。


 「ああ そうだな・・・」 そう言って上様は私をみて、照れたように笑われた。私もそんな上様の様子を見て一緒に笑った。


 「上様、今日は色々とお疲れでしょうからこのままお休みになってください。決めねばならないこともございますが、それは明日にいたしましょう。私たちはこれで下がらせて頂きます」 菊之助様がそうおっしゃった。すると、おりんさんが私の近くに来てくれた。


 「お里様、本当におめでとうございます。私のお腹をさすってくださったときに言っていたことが本当になりましたね。とりあえず、今はゆっくり休んでくださいね」 私の手を握ってそう言ってくれた。


 「おりんさん、ありがとうございます」 私はそう言って頷いた。


 「では、匙を送るついでに私たちも失礼いたします」 そう言って菊之助様はおりんさんの手を取って立ち上がられた。


 「また、様子を診にまいりますので安静にしていてください」 お匙もそう言って立ち上がられた。私は「ありがとうございました」 と言って頭を下げた。


 皆さんが出て行かれたので、上様は着物を着替えようとされた。私が立ち上がってお手伝いしようとすると私を布団に戻された。


 「これくらい、自分で出来る。お里は座っていてくれ」 優しくそうおっしゃったので、私は「はい」 と言って大人しくしていることにした。お着替えをされている後ろ姿を見ていると、やはり背中をかばってお着替えされているのがわかった。着替え終わって戻って来られた上様は私の横に座られた。


 「上様、お背中が痛そうでございます。大丈夫でございますか? 本当に申し訳ありません」 私がそう言っている間に上様は私の手を握られた。


 「お里、気にするなと言っただろう? やはり、私がもっと早くに匙に診せておけばよかった・・・」 上様は少し落ち込まれたようだった。


 「私がお断りをしていたのです」 私はそう言った。


 「本当に何もなくて良かった・・・今から考えると、お里が城を出て行ったことも私がお里にきつく当たったことも、匙から診断を受けておればなかったことだったかもしれない・・・」


 「それは私が勝手にしたことでございます。申し訳ございません」 私は俯いて言った。


 「もう謝らないでくれ」 上様はそう言って私の手を撫でられた。


 「上様、私とお子を守ってくださってありがとうございます」 私は笑顔でお礼を言った。


 「ああ お里が倒れる前に助けられて本当に良かった」 


 「でも、上様はお部屋を出ようとされていたのに・・・よく間に合いましたね」 私は上様が廊下へ出ようと歩いて行かれる様子を思い出して胸が詰まった。


 「私はお里に出て行けと行って廊下へ出ようとしたが・・・お前が呼び止めてくれないかと様子を伺っていたからな・・・偉そうなことを言っておいて情けないだろ?」 上様は苦笑いをされた。


 「そんなことはございません。私も出て行く前にもう一度上様のお顔を見たくて立ち上がったのでございます。自分で覚悟を決めておいて、未練がましいことでございます・・・上様のおかげでこの子は助かったのです」 私はまだ実感のわかないお腹を見つめた。


 「お里・・・触ってもいいか?」 上様も私のお腹を見つめられながらおっしゃった。私は微笑んで頷いた。上様は恐る恐る私のお腹をさすられた。


 「ここに、私とお里の子がいるのだな」 そう言って優しく微笑まれた。


 「はい・・・」 私も上様の手の上から同じようにお腹をさすった。


 「お里、しっかり休養をしてくれよ。もう絶対に無理はいけないよ。約束してくれ」 上様が私の手を握っておっしゃった。


 「はい、約束いたします」 私は上様の目をしっかりと見てそう答えた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


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