勘違い
「う・・え・・さま」 私は意識が朦朧とする中、一生懸命叫んだ。
「お里、私はここだよ。お里・・・お里・・・」 何度も私の名前を呼んでくださる上様の優しいお声だった。
(ああ 上様のお声だわ・・・私の名前を優しく読んでくださっている。陽太に会えて、上様の優しい声が聞けて・・・あとは上様の優しそうなお顔を見られれば私は思い残すことはないわ)
私の顔に、ポツポツと雨が降っているようだった・・・まだ、実家のお庭にいるのかしらと思いそっと目を開けた。
私の目の前には、涙を流される上様のお顔があった。泣いておられるけれど、私に向けられる優しいお顔だった。私はホッとして微笑んだ。
「お里? 気が付いたか?」
「ああ 上様・・・私はもう思い残すことはございません。幸せを教えてくださり、ありがとうございました」 そう言って、もう一度目を瞑ろうとした。
(あれ? 意識がハッキリとしだしてきたみたい・・・)
「お里!」 私はその声に今度はパッチリと目を開けた。
「上様! 私・・・」 私は廻りを見渡した。上様、菊之助様、おりんさん・・・ここは、私の部屋だった。
「お里・・・良かった・・・」 上様はまだ涙を流しておられた。菊之助様もおりんさんも心配そうに覗き込んでおられた。私はお二人に向かって頷いた。すると、お二人はそっと立ちあがられて、お部屋を移動された。私の部屋には上様と私の二人きりになった。
「上様、申し訳ございません」 私はやはり謝らなければと思ってそう言った。
「お里、謝らないでくれ。頼む。やっぱり、私はお前を手放すことは出来ない・・・すまない・・・」 上様は泣きながら、握っておられた手に力を入れられた。
「上様? また私をお傍において頂けるのでございますか?」 私は許して頂けるのだろうかと聞いた。
「傍にいてくれるのか?」 上様はそうおっしゃった。
「上様が望んでくださるのなら、私は上様から離れたくありません」 私はわがままかもしれないけれど、自分の気持ちを正直に話した。
「本当か? でも、私から離れたくて城から出たのであろう?」 上様が寂しそうにおっしゃった。
「上様から離れたくて・・・でございますか? そんなこと考えたこともございません」
「?? お里は何のために城から出たのだ?」
私は上様が側室を求めて町で声をかけておられるという噂を聞いてしまったこと。それからモヤモヤとして、もし上様が本当に町でそういうことをされているのか確認したいと思ったこと。それが本当なら、お役目だと受け入れて納得するために一人で城を抜け出したことを順番に話した。
「はあーーっ」 上様は大きくため息をつかれた。
「本当に申し訳ございません。あれだけ、一人で外出しないように言われていたのに・・・嘘を付いて出て行ってしまい、上様を裏切ってしまいました」 私はもう一度謝った。
「あーーー よかった。私の言葉を受けてお里が出て行かなくて・・・」 頭を抱えられた。
「でも、あんなに上様を怒らせてしまい、上様が出て行けと言われてもおかしくないことを私はしてしまいました」
「いや、ちがう、ちがうのだよ お里」 上様はもう一度大きくため息をつかれてからおっしゃった。
「ちがう? とは?」 私は何が違うのか全くわからなかった。
「お里が一人で城から抜け出したところ、たまたま奉行たちが追いかけていた悪党に声をかけられたお里を見つけたと聞いたのだ」 上様はそう説明された。
「はい、その通りでございます」 私はそう言った。
「私はお里がおぎんと町に行ったりしている間に、誰か他に好意を持つ者を見つけたか、もっと自由になりたいと思ったかで城を出て行ったのだと思ったのだ」
「私が上様以外に・・・なんて考えたこともございませんし、自由にと言われれば以前も言いましたが自由にさせて頂いております」
「完璧に私の早とちりであった・・・なのに、お前にひどい言葉をぶつけて怒鳴り散らしてしまった・・・すまない・・・頭に血が上ってしまったのだ」
「いえ、もとはといえば私が上様に噂のことを素直に聞けばよかったのです」
「でもお里はそれをお役目だと納得しようとしたのだろう?」
「はい、上様が後継ぎを作られるお役目に関しては御台所様からも言われておりますから」
「だったら、聞きづらかっただろう・・・」 上様はまたため息をつかれた。
「上様?」 私は上様の手を握った。
「お里、起き上がれるか?」 上様は私を支えて座らせてくださった。そして、私の頬を触ってからゆっくりと抱き寄せてくださった。私はこの場所に戻ることが出来て、心から嬉しかった。
「おさと・・・すまなかった・・・」 上様はもう一度謝られた。
「上様、もう謝らないでください。こうして頂けるだけで私は充分でございます」 私も上様にしがみつくように腕に力を入れた。
「おさと・・・」 と言われ私の顔をジッと見られた。私も上様の優しいお顔をジッと見た。その優しいお顔が近付きゆっくりとキスをされた。私はその温かさと優しさに安心したのか、涙が出てきた。謝っている間は泣かないと決めていたけれど・・・今は嬉しい涙だからいいかな・・・と思った。上様は閉じている私の目にもキスをしてくださった。そして「しょっぱいな」 と言ってクスッと笑われた。上様は何度も何度も私を確かめるようにキスをされた。私はだんだんと恥ずかしくなってきた。
「上様? もういいですか?」 私はそう聞いた。上様はニヤッと笑ってから「ダメだ」とおっしゃった。
「上様、匙が到着いたしました」 そのとき、向こうの部屋から菊之助様の声がした。
「まったく・・・」 上様はそう呟かれた後「わかった。ちょっとそこで待っていてもらえ」 とおっしゃった。
「上様? お匙などに診ていただくほどではないと申しましたのに・・・」 私は上様に言った。
「急に倒れて意識をなくしておるのに、大丈夫なわけがないであろう。診てもらって、大事なければそれでいいではないか。頼むから、一度診てもらっておいてくれ」 上様はそう言って私の頭を撫でられた。
「はい、わかりました」 私はそう返事すると、「よし」 と言って頷いてから立ち上がられた。そして振り返ってから「また続きは後でな」 とニヤリとおっしゃった。私は恥ずかしくなって下を向いたままだった・・・クスッと笑われる上様の笑い声と共に襖を開けられた。
「頼んだぞ」 という声と入れ替わりに「失礼いたします」 というお匙の方の声がした。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。




